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第4章|検証ミッション

地下鉄の闇は、息を飲むほど静かだった。


静かすぎる。


銃声が一発鳴っただけで、

世界が割れた気がした。


鉄骨が落ちて、通路が塞がれる。

粉塵が舞って、視界が白く濁る。


その向こうに、気配だけが残る。


“正しい結果を成立させる”――

ラザルの声。


それは、戦闘開始の合図でもあり、

世界が変わった宣言でもあった。


アルトが息を吐き、壁に手をついた。


「……今の、見たか。

シオンのΔで弾道が逸れた」


シオンは少年を抱えて、肩で呼吸している。

胸が苦しい。

頭の奥が熱い。


――救えた。

でも、救った分だけ確定する。


救えない未来が、静かに積み上がる。


「見た。だけど……」


シオンは言葉を探す。


「私は弾道を操作したつもりはない。

“救える未来が残っただけ” だった」


ユウが鉄骨の影に身を寄せて、低く言う。


「……勝手に起こる。

それがΔだ」


ノクスが薄く笑う。


「だから検証だ。

勝手に起こるなら、勝手に起こる条件を掴め」


「強くなるんじゃない。

“扱えるようになる”」


アルトは苦い顔をした。


「……俺が一番嫌いなやつだ。

条件付け。再現性。最適化」


ノクスが肩をすくめる。


「嫌いでもやれ。

管理側はもうやってる」


その瞬間、地下の奥で金属音が響いた。


カチ、カチ、カチ。


重装備が移動している音。

装甲靴がコンクリを踏む音。

銃のマガジンが装填される音。


そして、淡々とした声。


「逃走経路を確定。

正しい回収ルートを構築する」


アルトの背筋がぞくりとした。


「……この空間、ラザルが“正しい結果”で塞いでくる」


ユウが一歩前に出る。


「なら、先に道を拾う」


アルトが即座に言う。


「待て。拾う前に確認しろ。

“拾う代償” がどこに出るか分からない」


ユウは振り返らない。


「だから今、検証する」


ユウの声には、迷いがなかった。


それは勇気じゃない。

癖だ。


拾えるなら拾う。

それだけで生きてきた。


ユウは床の瓦礫を軽く蹴った。

硬い音。

金属片。

折れた配管の破片。


普通のゴミ。


だがユウは、その中に “拾える形” を探した。


拾う前に世界が少し歪む。

空気が薄くなる。

指先が熱を持つ。


――来る。


ユウは喉を鳴らすように言った。


「……Δ:拾遺干渉リクレイム


次の瞬間。


床の隙間から、黒い筒が転がり出た。


手榴弾じゃない。

煙幕でもない。


小型のORBIT規格パック。


封鎖線をこじ開ける、起動用ブースター。


あり得ない。


でも “拾えた”。


ユウはそれを掴み、鉄骨の隙間へ投げ込んだ。


爆発は起きない。

代わりに、壁が“ずれる”。


塞がっていた鉄骨の隙間が、

人間一人分だけ開いた。


逃げ道が生まれた。


ノクスが口笛を吹く。


「いいねえ。

逃げ道生成――完成じゃん」


アルトが眉を寄せる。


「……待て。まだだ。

拾えた代償が来る」


シオンが息を呑む。


「代償……」


ユウが低く言った。


「……来るなら来い」


その瞬間だった。


少年が、急に咳き込んだ。


「っ……げほ……!」


シオンが抱き上げる。


「大丈夫!? 息は!?」


少年は涙目で震えながら言った。


「……ぼく、また……薄い……」


アルトが舌打ちした。


「……帳尻だ」


ユウが拾って道を作った。

その代償として――

少年の存在が削られた。


世界がバランスを取った。


救える未来を拾うと、

別の場所で救えない未来が増える。


ユウは唇を噛み、視線を逸らした。


「……くそ」


その瞬間、ラザルの声が近づいた。


「回収結果を、成立させる」


鉄骨の向こうに影が見える。


重装備の執行官。

機械のように正しい姿勢。

銃口がこちらを向く。


撃つ。


当たる。


正しい結果が成立する。


アルトが叫んだ。


「シオン! 今だ!」


シオンは少年を抱いたまま、喉を震わせる。


救える未来を残す。

でも救うほど、救えない未来が確定する。


それでも、言葉を捨てることはできない。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン!」


銃声。


弾は――当たらなかった。


弾道が逸れた。


だが逸れ方が、偶然ではない。


弾が逸れることで、

壁の配管に当たり、

蒸気が噴き出す。


白い蒸気が地下を埋め、

視界が奪われる。


隠れる未来が残った。


ノクスが笑う。


「おお。

シオンのΔは “守る” だけじゃないな。

戦場そのものを救える形に変える」


アルトが歯を食いしばった。


「……その分、心が削れる」


シオンは答えなかった。

答えられない。


痛いのは胸じゃない。

もっと奥だ。


そしてアルト自身も、額に汗を滲ませていた。


彼の視界に、数字の幻影がちらつく。

評価値。

優先度。

回収プロトコル。


全部が、勝手に計算されて、勝手に崩れていく。


アルトはゆっくり息を吸った。


「……俺も検証する」


ノクスが面白そうに言う。


「おっ、やるか。

“正しさ崩し”」


アルトは目を閉じて、吐き捨てる。


「……Δ:評価崩壊ゼロ・ジャッジ


その瞬間。


蒸気の向こうの銃口が、下がった。


ラザルの動きが止まる。


止まったのではない。

“止まった結果だけが成立した”ように見えた。


そして――

ラザルの声が、初めて揺れた。


「……行動選択が……成立しない……?」


シオンは息を呑む。


アルトは苦しそうに笑った。


「効いた……

“正しさが成立する土台”を壊した」


だが同時に、アルトの膝が揺れた。


判断力が削れる。

自分の行動選択すら、薄くなる。


ノクスが即座に言った。


「時間切れだ。

お前、長くやると自分が壊れるぞ」


ユウが叫ぶ。


「今のうちに通る!」


三人は鉄骨の裂け目へ飛び込む。

少年を抱えたまま、蒸気の中を走る。


背後でラザルの声が響いた。


「……是正を再演算する。

正しい結果を、再構築する」


それは撤退じゃない。

再計算だ。


追ってくる。


必ず。


シオンは走りながら、胸の奥で理解した。


Δは勝利じゃない。


“生き残る形を残す”だけ。


そしてそれは――

検証しなければ使えない。


鉄骨の裂け目を抜けた先は、

さらに狭い通路だった。


崩壊した地下鉄の旧保守路。

天井は低く、配管がむき出しで、

ところどころ水が滴り落ちている。


蒸気の白は薄れたが、空気が重い。


それでも――

追撃の音は一度途切れた。


少なくとも数分は稼げる。


シオンは立ち止まり、少年を床に下ろした。

少年の呼吸は浅い。

目は開いているが、輪郭が曖昧だ。


“存在しているのに、薄い”。


それは普通の衰弱とは違う。


アルトが壁に手をつき、荒い息で言った。


「……今ので分かった。

ユウのΔは“道を拾えた”」


「シオンのΔは“弾が逸れた”だけじゃない。

蒸気を噴き出させて、隠れる未来を作った」


ユウが短く言う。


「……アルトは敵の手を止めた」


アルトは苦しそうに笑った。


「止めたんじゃない。

“止める判断を成立させなかった”」


そしてすぐ、顔をしかめた。


「……でもそのせいで、俺の頭もぐちゃぐちゃだ。

味方の状況判断まで薄くなる」


ノクスが指を一本立てる。


「はい、検証ポイント1」


アルトが睨む。


「……何だよ」


ノクスは楽しそうに言う。


「アルトのΔは、“敵だけ”を崩すのが難しい」


「正しさを壊すってことは、

戦場の正しさも壊す」


「つまりお前が使うほど、指揮が乱れる」


アルトは黙る。


それはすでに体感している。

戦っている最中、

自分の言葉が誰にも届かないような感覚がした。


“正しい伝達”が成立しない。


次にユウが言う。


「検証ポイント2。

拾った代償が、レムに来た」


シオンが少年の肩を抱きながら頷く。


「……拾った瞬間に、彼が薄くなった」


ノクスが笑う。


「帳尻合わせだよ。

世界がバランス取るんだ」


シオンは唇を噛んだ。


救うほど、救えないが増える。


ユウのΔは

“死なない未来を拾う”能力。


だがそれは、

誰かの未来を削ることで成立する。


ユウが小さく息を吐く。


「……拾いたくない」


その言葉は、珍しかった。


ユウはいつも、

拾うことを迷わない。


拾えるなら拾う。

それが生き方だった。


だからこそ、その拒否は――

痛かった。


アルトが低く言った。


「拾いたくないなら、拾うな」


ユウが答える。


「拾わなきゃ死ぬ状況が来る」


アルトは黙った。


それも正しい。


この世界は、“選ばない”ことを許さない。


シオンは少年に視線を落とす。


「レム。あなたは……何者なの?」


少年は少しだけ笑った。


笑っているのに、泣いている。


「……ぼくね。

いつも、こうなんだ」


「いるのに、いない。

助けられても、残らない」


「だから……

ぼくのせいで、みんな困る」


シオンは首を振った。


「違う。あなたのせいじゃない」


アルトが少年の手首に、慎重に触れた。


脈が、妙だ。


速いとか遅いとかじゃない。


“脈の周期が揺らいでいる”。


存在の揺らぎ。


アルトは低く呟く。


「……この子が触媒だ」


シオンが息を呑む。


「触媒……?」


アルトは頷く。


「Δの発生源じゃない。

でも“差分”を強くする」


「この子の存在が揺らぐたび、

世界のルールが裂ける」


「裂け目ができるから、

俺たちのΔが起きやすくなる」


ユウが少年を見た。


「……だから狙われる」


ノクスが言った。


「正解。

捕まえればΔ研究が進む」


「消せば火種が消える」


「どっちにしても、管理側は都合がいい」


シオンの喉が震えた。


救うべき命が、

戦争の理由になっている。


そしてその時――


シオンは、背後の空気が変わるのを感じた。


冷える。


違う。


冷えるんじゃない。


“進行が止まる”。


時間の流れが硬くなる。


シオンの指先が痺れ、

胸の奥がざわついた。


来る。


Δが発生する。


それを感じ取った瞬間――

シオンは息を吸って宣言した。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン


次の瞬間、

頭上の配管が落ちかける。


落ちれば全員が潰れる。


だが落ちない。


落ちるはずの配管は、

最後の一本のボルトだけ残って

ギリギリで止まった。


“救える未来”が残った。


ノクスが目を細める。


「……今の、わざとだな?」


シオンは首を振った。


「わざとじゃない。

でも……感じた」


「“来る”って分かったから言った」


アルトが息を呑む。


「……宣言した方が、発動が安定する?」


ユウがぼそっと言う。


「……俺もさっき、そうだった」


ノクスが笑う。


「検証ポイント3。

“Δは自発的に使えないが、発生を感じた瞬間に宣言すると通りやすい”」


アルトは苛立つように言った。


「……まるで儀式だな」


ノクスは肩をすくめる。


「儀式じゃない。

世界に対する“確定宣言”だ」


「お前らが言うことで、

裂け目が “名前で固定” される」


「だから通る」


シオンは、胸の痛みに気づく。


Δを使うたび、

何かが確定する。


救えない未来が、確定する。


それを感じるからこそ――

宣言は恐ろしい。


宣言は、

世界に “決めさせる” 行為だ。


アルトが息を整えながら言った。


「なら俺も、今ここで確かめる」


アルトは目を閉じる。


自分の中の数字が揺れる。

世界の整合性が、ほどける。


発生しそうな瞬間が来る。


アルトは短く、言い切った。


「……Δ:評価崩壊ゼロ・ジャッジ


通路の奥に設置されていた監視センサーが、

突然スパークした。


光が瞬き、警告音が鳴りかけ――

沈黙する。


“監視が成立しない結果”が出た。


ユウが言った。


「……使えた」


アルトは苦しそうに笑った。


「使えた。

だが俺も……変になる」


その時、ノクスが顔を上げた。


「……来るぞ」


ユウも気づいた。


空気が硬い。

足音がないのに、圧が迫る。


そして暗闇の奥から、

静かな声が聞こえた。


「正しい結果は、逃げ道を許さない」


ラザル。


彼はもう、追いついている。


追撃ではない。


“当然追いつく結果”を成立させている。


アルトの顔が青ざめた。


「……ここにいるのが正しいって判断されたら

逃げられない」


シオンは少年を抱き上げる。


ユウは拳を握る。


ノクスが笑った。


「なら逆だ。

“ここにいない結果”を残せ」


ユウが息を吐き、

床の瓦礫を見た。


拾えるか。

拾えないか。


拾えば代償が来る。

でも拾わなければ死ぬ。


ユウは決めた。


喉が震え、声が落ちる。


「……Δ:拾遺干渉リクレイム


次の瞬間。


通路の壁に、扉が現れた。


いや――現れたのではない。


“ここにあった扉”を拾った。


存在していたのに、

見えていなかった扉。


そこへ、道が繋がる。


ノクスが笑う。


「いいね。

“拾う”ってそういうことだ」


シオンは少年を抱えたまま走り出す。


しかし――


少年の身体がまた、軽くなる。


存在が薄くなる。


シオンが息を呑む。


「レム……!」


少年は震えながら、

小さく笑った。


「だいじょうぶ……

ぼく、慣れてる」


それが一番痛かった。


慣れていることが、

生き残りの条件になっている。


扉の向こうへ飛び込む瞬間、

ラザルの声が背後で響いた。


「正しい結果を、成立させる」


そして――


撃たれた。


当たる弾。


逃げ道を貫く弾。


シオンは“来る”と感じた。


喉が震えた。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン!」


弾が逸れる。


逸れた弾が、天井を撃ち抜き、

落下した破片が

ラザルの視界を遮る。


逃げ切れる未来が残った。


だがシオンは、胸の奥でまた一つ感じる。


救えない未来が、確定した。


誰かが救われない。

どこかで代償が出る。


それでも――

今は生きる。


扉の先は、広い空洞だった。


地下施設。

遺物の保管庫。


壁一面に、ORBIT規格の刻印。

そして中央には、

黒く光る装置が沈んでいる。


アルトが息を呑んだ。


「……遺物核……」


ノクスが笑った。


「検証ミッションの本番だ。

ここで“Δのルール”を掴め」


「じゃないと、お前らは次で終わる」


扉の先は、地下とは思えないほど広かった。


天井の高さ。

柱の太さ。

壁を覆う金属板。


崩壊前の施設ではない。

崩壊後に作られた――遺物保管庫。


ORBIT規格の刻印が、壁一面にある。


その中央に、黒い装置が沈んでいた。


球体ではない。

塔でもない。


“核”と呼ぶには、あまりに不格好で、

あまりに現実に馴染んでいない形。


まるで、世界の一部が “抜け落ちた” 穴を

無理やり埋めたような――


違和感の塊。


アルトが息を飲む。


「……遺物核……」


ノクスはその言葉を聞き、面白そうに笑った。


「知ってるじゃん。さすがGENESISの犬」


アルトが睨む。


「俺は犬じゃない」


ノクスは肩をすくめた。


「じゃあ元犬」


ユウが短く言った。


「今はそれどうでもいい」


シオンは少年を抱いたまま、装置へ近づいた。

少年の目が、核を見た瞬間に震える。


「……やだ」


小さな声。

拒絶。


シオンは足を止めた。


「……レム?」


少年は唇を噛み、ぼそっと言う。


「これ、怖い。

ぼくの中が……抜ける」


アルトが眉を寄せる。


「……反応してる。

触媒の反応が強すぎる」


ユウが装置を見つめて低く言う。


「つまりここは――

Δが起きやすい場所だ」


ノクスが笑った。


「そう。

最高の検証場」


「そして最悪の罠でもある」


シオンが息を吸い込む。


「検証する。

でも、まず整理しないと」


アルトが頷いた。


「ルールを言語化する」


ユウは言葉にしない。

だが、視線だけで同意していた。


ノクスが壁にもたれながら言った。


「じゃあ先生役やってやるよ。

“Δ講義”」


アルトが苛立ち混じりに言う。


「ふざけるな」


ノクスは笑った。


「ふざけてない。

説明しないと死ぬからな」


シオンが静かに言った。


「お願い。

整理しよう」


ノクスは軽く頷いた。


「OK。

Δは超能力じゃない」


「世界が裂けた差分が、人間に定着した現象」


「だから――」


ノクスは指を立てる。


✅Δのルール(現場版)


① 自発的に使えない

使おうとしても出ない。


② 発生する瞬間がある

“来る”と感じる。


③ 発生を感じたら宣言すると通る

「Δ:〇〇!」と言うと

裂け目が “名前で固定” される。


④ 代償が必ず発生する

帳尻合わせ。

誰かが削れる。

どこかが壊れる。


⑤ 強くならない

できることの範囲は増えない。

精度だけが上がる。


ノクスの声が、地下に響く。


アルトは眉間に皺を寄せる。


「……それを証明しろ」


ノクスが笑った。


「今から証明するんだろ?」


ユウが装置へ近づき、床の瓦礫を拾い上げた。


金属片。

ネジ。

折れたケーブル。


拾遺干渉リクレイム」にとって、

一番分かりやすい検証素材。


アルトが止める。


「待て。

代償が出る」


ユウは言った。


「分かってる」


そして、ユウは目を閉じた。


“来る”感覚を探す。


拾える瞬間。

世界が歪む瞬間。


それを感じ取った時――

ユウは短く宣言した。


「……Δ:拾遺干渉リクレイム


次の瞬間。


ユウの掌の中に、

小さな黒いカード状の物体が落ちた。


薄い金属板。


ORBIT規格の鍵。


本来、ここにあるはずがない。


アルトが目を見開く。


「……鍵?」


ノクスが笑う。


「最高。

これで何か開く」


ユウは鍵を見つめ、低く言う。


「代償が来る」


来た。


レムが突然、咳き込む。


「……っ、げほ……!」


シオンが抱き寄せる。


「レム!」


少年の輪郭が一瞬だけ揺れた。


“消える”のではない。


“揺らぐ”。


アルトが歯を食いしばる。


「……触媒への反動が強い」


ノクスが言った。


「だからこの子は危険なんだ」


「Δが強まるほど、触媒が壊れる」


シオンが小さく震えた。


救うために検証する。

でも検証するほど、少年が削れる。


矛盾。


そしてこれこそが、世界の裂け目。


シオンは喉を震わせ、静かに宣言した。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン


少年の呼吸が、戻った。


輪郭が、わずかに固定される。


だが、シオンの胸の奥で

“救えない未来”がまた一つ確定する感覚がした。


まるで、透明な刃が刺さるみたいに。


アルトが静かに言う。


「……シオンのΔは、

“救える未来を残す”」


「つまり……

救えない未来が増えるのは、確定してる」


シオンは答えない。

答えられない。


それを口にした瞬間、壊れそうだった。


ユウが鍵を装置の端末に当てた。


カチ。


反応が走る。


遺物核の表面が、薄く光った。


ノクスが息を飲む。


「……起動した」


アルトが即座に言う。


「止めろ。

遺物核は危険だ」


ノクスが笑う。


「危険じゃない検証場なんて無い」


その瞬間、装置が音を立てた。


低い共鳴音。

空気が震える。


視界が一瞬、歪む。


壁の刻印が “別の形” に見えた。


そしてシオンは、また感じる。


来る。

裂ける。


アルトも同時に顔を上げた。


「……来るぞ。

Δの発生が――」


ノクスが目を細め、呟く。


「遺物核が裂け目を増幅してる」


「つまりここは――」


ユウが言う。


「暴発する」


次の瞬間。


施設の外壁が、轟音を立てて震えた。


上から粉塵が落ちる。

遠くで鉄が歪む音。


包囲。


アルトが即座に理解する。


「……ラザルが来た」


ノクスも舌打ちした。


「来るの早すぎだろ」


外から、低い声が響く。


「正しい結果を成立させる」


ラザル。


その声は、地下施設の壁すら貫いてくる。


さらに別の声。


冷たい声。


「例外を削除する。

逃げ道を切断する」


ヴェルナー。


2人同時。


最悪の組み合わせ。


アルトが目を見開く。


「……詰むぞ。

ラザルが“当てる”

ヴェルナーが“消す”」


「逃げても、逃げた結果ごと削除される」


ノクスが笑った。


「そうだな。詰みだ」


シオンが震える声で言った。


「じゃあ……どうする?」


ノクスは遺物核を見つめ、ゆっくり言った。


「決まってる」


「この核を使う」


アルトが叫ぶ。


「正気か!

遺物核は管理外だ!」


ノクスは肩をすくめた。


「管理外だから使えるんだよ」


「お前らのΔは、“管理外”でしか生きない」


ユウが鍵を握りしめる。


拾ったもの。

拾ってしまったもの。


逃げ道。

引き金。


「……次で分かる」


ユウが低く言った。


「俺たちがどこまで拾えるか」


アルトが歯を食いしばる。


「……俺が壊す。

“正しい回収”を壊す」


シオンは少年を抱え、息を吸った。


「私は……残す」


その瞬間、壁が爆ぜた。


外壁が破られ、光が差し込む。


回収部隊が雪崩れ込む。


そして先頭に――

黒い装甲の執行官が立っていた。


ラザル。


銃口が上がる。


当たる弾が放たれる。


シオンは“来る”と感じた。


喉が震え、宣言が落ちる。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン!」


弾は逸れる。


だが逸れた弾が、遺物核に当たった。


次の瞬間。


遺物核が、黒く光った。


――世界が、裂ける。


アルトが叫んだ。


「やばい!!」


ノクスが笑った。


「最高だ。

これが“検証の答え”だ」


裂け目が広がる。


施設の床が一瞬だけ “無い” みたいに見える。


存在しないフレーム。


存在しない通路。


そしてユウは、見えた。


拾える。


拾える道がある。


ユウは叫んだ。


「……Δ:拾遺干渉リクレイム!!」


裂け目の向こうに、道が繋がる。


誰も見たことのない逃げ道。


だがそこに入れば――

戻れる保証はない。


アルトは震える声で言った。


「……行くしかない」


シオンは少年を抱え、頷いた。


「ここで終わらせない」


ノクスが笑った。


「そうこなくちゃな」


彼らは裂け目へ飛び込む。


そして背後で、ラザルの声が響いた。


「正しい結果を――」


その声は、途中で途切れた。


裂け目が、世界を飲み込んだ。


暗闇。


無音。


そして次の瞬間――

彼らは “別の場所” に落ちた。

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