第27章|救えない未来
境界は、静かだった。
崩れたのは監視ドームだけではない。
あの瞬間、世界のどこかが同時に欠けた。
シオンには、それが分かった。
理由はない。
数値もログもない。
ただ、胸の奥が重く沈む。
「……来た」
小さく、誰にも聞こえない声。
ユウが振り返る。
「どうした」
シオンは首を横に振った。
「まだ……確認できない」
“確認できない”という言葉を、彼は選んだ。
言ってしまえば、確定してしまう気がしたからだ。
アルトは壁にもたれ、膝に手をついている。
息が荒い。
「……俺のせいか?」
その問いは、誰にも向けられていない。
それでも、空気が固まる。
セイルが視線を逸らした。
「違う」
「原因は一人じゃない」
ユウは短く言う。
「誰のせいでもねえ」
だが、その言葉は優しさではなかった。
現実だった。
Δは、個人の責任を拒む。
世界全体で帳尻を合わせる。
それが、この歪みのルールだ。
境界外周の簡易拠点に戻ると、
ノクスから通信が入った。
映像は出ない。
音声だけだ。
「……消えた」
シオンは目を閉じる。
「どこ」
「第七ブロック」
「夜の迂回路の先だ」
ユウが舌打ちする。
「人か」
「……ああ」
ノクスの声が、いつもより低い。
「登録外の避難民」
「数は、三」
三。
シオンの喉が鳴る。
彼は数を数えないようにしてきた。
数えた瞬間、選別になるからだ。
だが今は、世界が先に数えている。
アルトが掠れた声で言う。
「……俺が壊したのは……」
「違う」
シオンは、はっきり言った。
自分でも驚くほど、強い声だった。
「あなたが壊したのは“倫理”です」
「人じゃない」
アルトは顔を上げる。
「でも……結果は……」
「結果は、私が引き受けます」
その言葉を、シオンは逃げずに言った。
胸が痛む。
痛みは、罪の形だ。
ユウが視線を向ける。
「それでいいのか」
「いいわけがない」
シオンは答えた。
「でも、そうしないと前に進めない」
沈黙。
それが、BORDER REMAINSの選択だった。
勝たない。
正しくもならない。
ただ、残す。
夜。
境界の空は、星が少ない。
光害ではない。
管理ドローンが、空を占領している。
シオンは一人、屋上に立っていた。
風が冷たい。
胸の奥に、重い塊がある。
それは消えない。
“救えない未来”が、確定した感覚。
Δ:希望収束。
救える未来だけが残る。
それは同時に、救えない未来を切り捨てる。
シオンは初めて、
自分のΔを“怖い”と思った。
優しい能力じゃない。
選別だ。
アルトが静かに近づく。
「……眠れないか」
「ええ」
アルトは柵にもたれた。
「俺は……」
「正しさを壊すことはできる」
一拍。
「でも……」
「壊した後、何を残すかが分からない」
シオンは夜を見たまま答える。
「だから、あなたが必要なんです」
「残す判断を、あなた一人に背負わせないために」
アルトは苦く笑った。
「随分な役割分担だ」
「ええ」
「でも、逃げ道はある」
その言葉に、アルトが目を向ける。
「ユウが作る」
「あなたが壊す」
「私が束ねる」
三人で一つ。
BORDER REMAINS。
アルトは小さく息を吐いた。
「……戦争になるな」
「もう、なっています」
シオンは即答した。
「ただ、まだ前線が見えていないだけ」
その時、下層から警報が鳴った。
短い。
だが、明確だ。
セイルの声が通信に割り込む。
「来てる」
「GENESIS部隊だ」
ユウの声も重なる。
「しかも……」
「Δ対応型」
シオンは目を閉じ、一瞬だけ祈る。
全員は救えない。
それでも、今は残す。
彼は小さく、宣言した。
「……Δ:希望収束」
残る未来は一本。
“次の戦場に立つ未来”。
救えなかった三人の未来を、
胸の奥に抱えたまま。




