表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

第19章|夜の値札

通路が狭い。


出口が遠い。


空気が重い。


クロウの笑顔だけが、軽い。


「取引しよう」


その声は優しい。

親切そうにさえ聞こえる。


でも優しさは、刃だ。


NIGHTの優しさはいつも、買い取るためにある。


ユウが端末を握り直した。


「寄こせって言ったな」


クロウは頷く。


「そう」


「そのログは、命の値札だ」


「君らの命も」


「アルトの命も」


シオンの背中が冷たくなる。


命の値札。


それは比喩じゃない。


世界が本当にそうなってしまった。


管理の時代は数値だった。


生存率。評価値。スコア。


でも今は――


Δだ。


Δは数値じゃない。


例外だ。


だから値札になる。


クロウは指を鳴らした。


その瞬間、影が動く。


周囲の暗がりから、黒い影が複数現れた。


NIGHT UNIONの連中。


顔は見えない。


目だけが光る。


銃口が揃う。


ユウは吐き捨てる。


「……囲みやがった」


クロウは肩をすくめた。


「怖がるなよ」


「これは“交渉”だ」


シオンが前に出る。


声を落として言った。


「交渉なら」


「条件を言ってください」


クロウが笑う。


「真面目だね」


「だから好きだよ、監査官」


その言葉がシオンを刺す。


評価されるのが怖い。


好かれるのが怖い。


好かれた瞬間に、値段がつく。


クロウが言った。


「条件は簡単」


「そのログを渡す」


「代わりに」


「アルトの位置を教えてやる」


シオンは息を呑む。


位置。


取り返せる可能性が跳ねる。


でも――


ユウが即座に吐き捨てた。


「いらねえ」


クロウが目を細める。


「いらない?」


「仲間だろ」


ユウは歯を食いしばった。


「仲間だからだ」


「取引で救ったら」


「次も取引になる」


「それが一番嫌なんだよ」


クロウは楽しそうに笑った。


「いいね」


「その怒り、好きだ」


「でも君は」


「怒りながらでも、拾うんだろ?」


ユウの手が震えた。


拾う。


救う。


残す。


その全部がNIGHTにとって商品だ。


シオンは胸を押さえる。


この状況が、もう終わってる。


第3作の“救済が制度になる”と同じ。


救済が取引になる。


それは未来を潰す。


セイルが低く言った。


「クロウ」


「一つ聞く」


クロウは首を傾げる。


「なに?」


セイルの目が鋭い。


「なぜ今ここにいる」


「偶然じゃない」


クロウの笑みが薄くなる。


一瞬だけ。


「偶然じゃないよ」


「君らがΔを見せたからだ」


「穴で戦った」


「正しい結果に抗った」


「そして――」


「アルトが落ちた」


その言葉で、シオンの喉が鳴った。


NIGHTは知っている。


情報の闇。


監視の隙間。


そこで生きている連中だ。


クロウは続ける。


「世界が理解したんだよ」


「Δは“価値”になる」


「だから夜が来た」


シオンは言った。


「……夜は味方じゃない」


クロウは頷いた。


「もちろん」


「夜は味方じゃない」


「でも敵にもならない」


「だって夜は」


「買える側だから」


ユウが吐き捨てる。


「買わせねえ」


クロウは肩をすくめる。


「買わせないなら」


「奪うだけ」


その瞬間、空間がさらに狭まった。


出口が消えた。


壁が増えた。


道が塞がる。


選択肢強奪オプション・スティール


逃げ道を奪う能力。


ユウは舌打ちする。


「……やっぱ敵だろ」


クロウは笑った。


「敵じゃない」


「取引が成立しないなら」


「取引の場を作るだけ」


シオンの背筋が凍る。


“取引の場を作る”。


それは戦闘じゃない。


生活を壊す力だ。


シオンは息を吸った。


未来が一本だけ残っている。


SAVE LINEが選んだ未来。


それは――


“取引する未来”。


拒否できない。


拒否したら全員消える。


そういう線だけが残されている。


この能力は恐ろしい。


希望を残す力なのに。


希望が残るほど、選択肢が削られる。


シオンは短く宣言した。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン


それでも、線を太くする。


一本しか残せないなら、

その一本の中で“最善”を選ぶ。


クロウを倒す未来。


殺す未来。


封じる未来。


それは残らない。


残るのは――


交渉する未来。


シオンは覚悟を決めた。


「条件を変更してください」


クロウが笑う。


「ほら」


「君は分かってる」


ユウが低く言った。


「シオン……」


シオンはユウを見ない。


見たら折れる。


シオンは続ける。


「ログは渡しません」


クロウが眉を上げる。


「じゃあ何を渡す?」


シオンは震える声を抑えた。


「“価値”を渡します」


クロウが目を細める。


「価値?」


シオンは言った。


「あなたが欲しいのは」


「Δの情報です」


「Δの市場です」


「その市場に」


「NIGHTが先に入る権利が欲しい」


クロウは黙った。


空気が静かになる。


セイルが小さく息を吸う。


ユウが舌打ちする。


シオンはさらに言葉を続けた。


「私は監査官です」


「観測と記録が仕事です」


「私が“Δの体系”を掴めば」


「NIGHTはそれを先に買える」


クロウがゆっくり笑った。


「なるほど」


「君自身が商品だ」


シオンの胃が沈む。


でもこれしかない。


ログを渡せば、アルトは売られる。


ログを渡さなければ、今ここで死ぬ。


だから自分を担保にする。


救える未来の線を残すための選別。


シオンは短く言う。


「条件」


「アルトの位置を教えてください」


クロウが指を鳴らした。


影が一歩引く。


圧が少し緩む。


「いいよ」


「アルトは」


「裂け目の下層――」


「でも正確には違う」


シオンが息を呑む。


「違う?」


クロウが笑った。


「回収って言っただろ?」


「GENESISは回収した」


「だからアルトは」


「もう穴の中じゃない」


シオンの血が冷える。


回収された。


つまり――


GENESISの施設へ移された。


削除の準備が始まる。


クロウは続ける。


「持っていかれた先は」


「監視区画」


「監視ドームに繋がる収容ラインだ」


セイルが呟く。


「……SURVEILLANCE DOME」


ユウの目が燃える。


「行く」


クロウが笑った。


「当然」


「行け」


「君らが動けば」


「価値が上がる」


シオンが震える。


NIGHTは勝ってる。


情報も市場も持ってる。


そして自分は、交渉で未来を残した。


でもそれは拘束に近い。


第3作と同じ。


救済は、管理された瞬間に拘束へ変わる。


今度は夜だ。


救済は取引された瞬間に鎖へ変わる。


クロウが最後に言った。


「取引成立」


「君らの次の動き」


「全部、夜が見てる」


その言葉と同時に、通路が広がった。


出口が戻る。


逃げ道が返された。


選択肢を奪っていた手が、

選択肢を与えるふりをする。


それが恐ろしい。


ユウが吐き捨てた。


「……二度と会うな」


クロウは笑った。


「会うよ」


「戦争になったらね」


そして影が溶けた。


NIGHTの連中も消える。


残ったのは、冷えた空気と、値札の感覚。


自分たちはもう“買われる側”に乗った。


シオンは膝をつきそうになる。


セイルが肩を支えた。


「大丈夫?」


シオンは首を振る。


大丈夫じゃない。


でも大丈夫と言うしかない。


ユウが言った。


「帰るぞ」


「穴を出る」


「アルトを取り返しに行く」


シオンは立ち上がり、短く呟く。


「……残す」


残すために、奪い返す。


その矛盾を抱えて進むしかない。


レムが小さく言った。


「アルトさん」


「消えない?」


シオンは答えられない。


でも答えないと、レムが壊れる。


シオンは震える声で言った。


「消えさせない」


「絶対に」


それは誓いじゃない。


SAVE LINEの宣言だ。


未来の線を、これから奪い返すという宣言。


そしてその線の先に、戦争がある。


Δはもう隠れない。


Δは値札になった。


戦争は始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ