表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/24

第18章|残された判断

アルトがいない。


それだけで、世界が変わった。


穴の空間は静かだった。

だが静けさが怖い。


音がないのではなく、

“判断がない”。


アルトのΔ――評価崩壊ゼロ・ジャッジが抜けたことで、

この場所はまた“正しく戻り始める”。


それは希望じゃない。


正しさが戻るほど、

GENESISが戻ってくる。


ユウは瓦礫の上に座り込んでいた。


肩の傷は浅くない。

血が止まっても、熱が残っている。


それでもユウは痛みを表に出さなかった。


出したところで、世界は助けてくれない。


セイルが遺物片を握りしめたまま、動かない。


握りすぎて指が白い。


レムはシオンのそばに寄り、膝を抱えている。


そしてシオンは――


立っているのに、立てていない。


足の裏が床についている感覚が薄い。


SAVE LINEの代償が、胸に積もっていく。


救えない未来が確定した。


その未来に、アルトは落ちた。


それを救えなかった。


それはシオンにとって、敗北より重い。


「……おい」


ユウが静かに言った。


「泣くなよ」


シオンは顔を上げない。


泣いてない。


泣く余裕がない。


代わりに喉が詰まって、息ができないだけだ。


シオンは掠れた声で返す。


「……泣いてない」


ユウは鼻で笑った。


「じゃあ顔上げろ」


シオンは顔を上げる。


ユウの目が、鋭かった。


怒りじゃない。


責めでもない。


ただ、現場の目。


“今、動くべきか”を測る目だ。


ユウが言った。


「アルトは生きてる」


「向こうがそう言った」


シオンは小さく頷く。


ラザルが言った。


回収優先。


生存確認。


ヴェルナーが言った。


回収後、削除する。


つまりアルトは今――


“回収対象”として生きている。


それは救いじゃない。


牢獄の予告だ。


シオンは息を吸う。


「取り返さないと」


ユウは即答した。


「当たり前だ」


セイルが口を開く。


「でも今は無理だ」


「歪みが広がった」


「穴の出口が安定してない」


ユウが舌打ちする。


「だからって見捨てるのかよ」


セイルの目が冷える。


「見捨てない」


「生き残るために引くんだ」


ユウが立ち上がる。


傷が痛むはずなのに、まるで無視した。


「生き残るため?」


「生き残ったら何なんだよ」


「アルトがいなきゃ」


「俺らはただの逃げ回るだけの集団だ」


シオンの胸が痛んだ。


ユウの言葉は乱暴だけど、正しい。


BORDER REMAINSは三人で一つ。


ユウが拾い、

アルトが崩し、

シオンが残す。


どれか一つ欠けたら、勝ち方が成立しない。


ユウの拳が震える。


「俺は、拾ってきた」


「何百回も拾ってきた」


「でも拾うだけじゃ、いつか終わる」


「アルトはそれを知ってた」


「だから俺らは組んだんだろ!」


セイルが低く言った。


「分かってる」


「でも今戻ったら」


「アルトだけじゃなく全員消える」


その言葉に、シオンの背筋が凍った。


消える。


それは比喩じゃない。


ヴェルナーの削除だ。


存在が消える。


記録が消える。


“救われた未来”が消える。


ユウは唾を吐くように言った。


「じゃあどうすんだよ」


「待つのか?」


「祈るのか?」


「そんなの、俺らじゃねえだろ」


シオンはその場で息を吸い、短く言った。


「検証を続ける」


二人が視線を向ける。


シオンは続けた。


「今のままじゃ」


「アルトを取り返せない」


「ラザルに勝てない」


「ヴェルナーに消される」


「だから」


「Δを扱える形にする」


ユウが目を細める。


「強くなるのか?」


シオンは首を振る。


「強くならない」


「でも“使い方”は増える」


「救える線を増やす」


セイルが小さく頷いた。


「……それが現実的だ」


ユウは沈黙した。


拳を握ったまま。


怒りが消えない。


でもユウは現場の人間だ。


不可能に突っ込んで、仲間ごと死ぬのが一番嫌いだ。


だからユウは、唇を噛む。


「……分かった」


「検証だ」


「その代わり」


「絶対に取り返す」


シオンは頷く。


「絶対に」


その言葉は誓いじゃない。


“未来の線”としての宣言だ。


検証ポイントは次だった。


ORBIT穴の内部に散っている、別の遺物反応。


セイルが案内する。


「次は」


「アルトのΔに近い反応がある」


シオンは目を細める。


「評価崩壊?」


セイルが頷く。


「正確には」


「管理ログに干渉する“ノイズの起点”」


アルトが落ちた裂け目と繋がっている可能性がある。


そこに何かがあるなら――


取り返す鍵になる。


ユウが歩き出す。


「行くぞ」


レムも立ち上がった。


だがレムはふらつく。


体が薄い。


存在が揺らぐ。


シオンは咄嗟に支える。


レムが小さく笑った。


「……だいじょうぶ」


「ぼく、いつもこんな感じ」


その言葉が痛かった。


“いつもいないことになってる”子供。


それを正常にしてはいけない。


シオンは静かに言う。


「大丈夫じゃない」


レムは首を傾げる。


「でも、ぼく」


「いるって言われるほうが」


「こわい」


シオンの喉が詰まる。


登録されれば消える。


存在を確定されれば、壊れる。


だからレムは“曖昧”でしか生きられない。


それは世界の罪だ。


反応地点に着く。


そこには――


端末があった。


壊れたGENESIS端末。


それも普通の端末じゃない。


監査用。


観測用。


そして、古い記録が残っている。


アルトが昔使っていた型と同じだ。


シオンが息を吸う。


「アルト……」


ユウが端末を拾い上げる。


拾った瞬間。


ユウの背中がざわついた。


拾える感覚。


嫌な予感。


だが逃げない。


ユウは短く宣言する。


「……Δ:拾遺干渉リクレイム


端末の画面が、一瞬だけ光った。


消えたはずのログが、復元される。


いや、復元じゃない。


“残っていたことになった”。


あり得ない結果。


拾った瞬間だけ状況が有利に変わる。


シオンは息を呑む。


画面には、文字列が並んだ。


《回収対象:AZ3-BDR-002》

《位置:ORBIT裂け目下層》

《回収担当:LAZAR》

《削除準備:WERNER》

《処理時刻:――》


最後の時刻だけが読めない。


ノイズで潰れている。


未来が曖昧だ。


まだ確定していない。


シオンの胸が熱くなる。


まだ救える。


救える未来が残っている。


だが同時に、怖かった。


救える未来が残るほど、

救えない未来が“後で”確定する。


セイルが低く言った。


「……急がないと」


ユウが頷く。


「急ぐ」


「でも突っ込まねえ」


シオンは端末を見つめ、短く呟く。


「取り返すルートを拾う」


その言葉に、ユウが笑った。


「そうだ」


「拾え」


「拾えねえなら」


「俺が拾う」


ユウの手の中で端末が震えた。


その震えが、次の予感を連れてくる。


背後の空気が、また消えた。


来る。


削除が来る。


ヴェルナーか?


それとも――


別の敵か。


その瞬間。


レムが小さく言った。


「……選べない」


シオンが振り向く。


「え?」


レムは震える声で呟く。


「ここ」


「未来が、選べない」


それは、シオンのSAVE LINEにとって最悪の言葉だった。


未来が選べない。


つまり――


救える線が消される。


そこに現れたのは、影だった。


黒い衣装。


笑い声。


クロウ。


夜の伝令。


そして、選択肢強奪オプション・スティールの使い手。


クロウは口元だけ笑って言った。


「やあ」


「未来を拾う人たち」


「いいもの持ってるね」


ユウが即座に構える。


「お前……敵か」


クロウは肩をすくめた。


「敵じゃない」


「でも味方でもない」


「夜は夜だ」


シオンの目が細くなる。


NIGHTが動き出した。


Δは商品になる。


レンカの言葉が刺さる。


クロウが言った。


「取引しよう」


「そのログ」


「俺に寄こせ」


ユウが吐き捨てる。


「断る」


クロウは笑う。


「断るなら」


「逃げ道を奪うだけ」


その瞬間。


空間が“狭く”なった。


通路が塞がる。


出口が見えなくなる。


未来が減る。


まるでラザルとは別方向の圧。


クロウのΔが発動している。


シオンは息を吸い、短く宣言した。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン


未来の線が一本だけ残る。


だがその一本は。


“取引する未来”だ。


シオンの顔が青ざめる。


救える未来が取引に固定される。


これは――


救済の形をした拘束。


第3作で味わった痛みが、再び来た。


ユウが歯を食いしばる。


「……ふざけんな」


セイルが低く言った。


「シオン」


「これは取引しないと」


「全員消える可能性がある」


シオンの胸が裂ける。


また選別だ。


また一本の線だ。


アルトを救う未来と、

今ここで死なない未来。


どちらを残す?


シオンは震えながら、短く呟く。


「……残す判断」


それがこの章の題名だった。


残す。


残すために選ぶ。


救えない未来を確定させながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ