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第15章|穴へ退く

走る。


逃げる。


それだけなのに、足が重い。


空洞の出口へ向かう通路は狭く、瓦礫だらけで、息が詰まる。

だがそれ以上に――


“存在が重い”。


ヴェルナーの領域から抜けきれていない。


削られる感覚が背中に貼りついている。


ユウが先頭で道を切る。

セイルがレムを抱えて続く。

アルトはシオンが肩を貸している。


アルトの呼吸が荒い。


判断が戻らない。


それでも彼は、目だけは前を見ていた。


逃げながら、壊すべきものを探している。


逃げながら、残すべきものを探している。


――それがアルトだった。


ユウが吐き捨てる。


「くそ……!」


「逃げたって感じがしねえ!」


シオンも同じだった。


逃げているのに、逃げた実感がない。


足を動かしているのに、距離が縮まらない。


景色が“更新されない”。


それは、削除の感覚。


逃げたことが成立しない。


逃げるという行為が、世界に認められない。


ヴェルナーは背後にいる。


追ってくる。


だが――足音がしない。


気配がない。


追跡ログもない。


“追ってこない追跡”だ。


それが最悪だった。


セイルが歯を食いしばった。


「……ここで止まる」


ユウが振り返る。


「は?」


セイルは静かに言った。


「このまま逃げても」


「逃げが成立しない」


「消される」


シオンの喉が乾いた。


「じゃあ……どうするの?」


セイルは端末を取り出し、割れた金属片を掌に乗せる。


黒と透明の混じった、遺物の破片。


光を吸っているように見える。


「ORBITは穴だ」


「裂け目だ」


「ここならΔは成立する」


アルトが掠れ声で言った。


「成立するだけじゃない」


「増幅する」


セイルが頷く。


「だから」


「この穴へ退く」


ユウが唾を飲む。


「……退くって」


「戦う場所を選ぶってことか」


セイルが淡々と返す。


「生き残る場所を選ぶ」


その言葉は、BORDER REMAINSそのものだった。


戦わない。


でも逃げない。


残すために、“場所”を拾う。


通路の先に、鉄骨で塞がれた壁がある。


出口のはずなのに塞がっている。


ユウが舌打ちした。


「……封鎖か」


シオンの背筋が凍る。


封鎖。


管理の正しさで閉じた壁。


でもここは管理区域じゃない。


それなのに閉じている。


――“閉じたこと”が、成立している。


ヴェルナーだ。


存在を消す代わりに、

世界に“例外”を作る。


例外を作り、それを削除する。


矛盾の連鎖。


アルトが息を吸う。


「……閉じた未来だ」


「救える線が消された」


シオンは拳を握る。


このままなら詰みだ。


SAVE LINEが通らない。


RECLAIMも拾えない。


ZERO JUDGEも効かない。


その瞬間。


セイルが短く宣言した。


「……Δ:軌道同期オービット・シンク


静かだった空気が、一瞬だけ震える。


それは爆発じゃない。


“正解”が引かれた感覚。


遺物の破片が光り、壁の隙間に吸い込まれるように滑った。


そして――


壁の鉄骨が、外れた。


鍵でも、爆薬でもない。


ただ、外れた。


“外れる未来”が、最短で成立した。


ユウが目を見開く。


「今の……」


セイルが淡々と息を吐く。


「成功ログを引いた」


「外れる結果を、即座に引く」


シオンは理解した。


軌道同期。


遺物が動作するとき、

正しい結果を時間差なく引き当てる。


だから戦闘が強い。


だが弱点は、人間側が壊れる。


同期が深まるほど、肉体が先に破れる。


セイルの手が、震えていた。


彼はそれを見せないように握りしめる。


「行くぞ」


セイルがそう言い、進む。


その瞬間だった。


背後の空気が、消えた。


音が消える。


空間が沈む。


そして、通路の中に――


ヴェルナーが立っていた。


いつの間に。


どうやって。


そんな問いは意味がない。


存在しない移動で来たのだ。


ヴェルナーの目が、セイルを見た。


「……ORBIT RELIC」


「遺物とΔの融合は危険だ」


セイルが返す。


「危険なのは」


「お前たちだ」


ヴェルナーは淡々と告げる。


「処理する」


その瞬間。


通路の先、出口が“消える”。


いや、出口が消えたんじゃない。


出口が“存在しない扱い”になった。


通路の先が壁になる。


さっき開いたはずの場所が、閉じている。


逃げ道が奪われた。


クロウのΔみたいだ、とシオンは思った。


選択肢強奪。


だがこれはΔですらない。


削除の処理。


現象が成立しない。


――詰みだ。


シオンの喉が鳴る。


救える未来が、ない。


SAVE LINEが通らない。


そう思った瞬間。


レムが、小さく言った。


「……ここ」


「ここ、ぼく」


「いないことになってる」


シオンの背中が冷たくなった。


レムは、存在揺らぎ。


登録されると消える。


つまり――


“存在しない”が本質。


ヴェルナーが与える削除と、性質が近すぎる。


重なれば消失。


でも逆に言えば。


削除の中で、レムだけは“馴染む”。


レムの目が、妙に澄んでいた。


「……ぼくなら」


「通れる」


セイルが息を呑む。


「レム」


ユウが叫ぶ。


「やめろ!」


レムが笑った。


それは子供の笑顔じゃない。


世界の穴の笑いだ。


「大丈夫」


「ぼく、いつも」


「いないことになってるから」


その言葉は、残酷だった。


存在しない扱いに慣れた子供。


それは救われた未来じゃない。


壊された未来だ。


シオンの胸が裂ける。


だがここで助けなければ、本当に消える。


シオンは短く宣言する。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン


その瞬間。


未来の線が一本だけ残った。


細い。


薄い。


ほとんど消えそう。


それは“レムが通る未来”だった。


シオンは歯を噛む。


救える未来がそれしかない。


つまり、救えない未来が確定した。


――選別だ。


シオンはレムを抱きしめたい衝動を殺し、言った。


「行け」


レムは頷く。


そして、出口の壁に触れた。


壁の表面が波打つ。


レムの腕が、沈む。


そこに穴が開いた。


存在しない壁。


存在しない穴。


矛盾が重なって、通路が生まれた。


ユウが叫ぶ。


「今だ!」


セイルが一気に走る。


ユウがアルトを担ぐ。


シオンが最後に飛び込む。


その瞬間――


背後でヴェルナーの声が響いた。


「処理対象の一部が」


「削除を突破した」


初めて、彼の声に苛立ちが混じった。


“正しく処理できない”誤差。


BORDER REMAINSは誤差だ。


誤差は削除されるべきだ。


だからヴェルナーは追う。


追って、存在を消す。


出口の穴を抜けた瞬間。


外の空気が変わった。


冷たさが消え、風が戻る。


ORBITの穴。


裂け目の空間。


ここではΔが息をする。


セイルが息を吐いた。


「……ここだ」


「ここなら」


「削除が効きにくい」


アルトが掠れた声で言う。


「でも代償は増える」


ユウが笑った。


「増やすしかねえだろ」


シオンは胸を押さえた。


救えた。


だが救えた未来は一本だけで、

救えない未来が確定した。


そして、その確定はシオンに積もっていく。


シオンは短く呟いた。


「……残す」


残すために。


次は逃げじゃない。


ここからは検証だ。


Δを、扱うための戦い。

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