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第13章|代償の位置

逃げた。


生き残った。


けれど、逃げ切ったわけじゃない。


軌道遺物区画の裏側、崩れた連絡橋の下。

そこにある半地下の空洞へ滑り込んだ瞬間。


ユウは床に拳を叩きつけた。


「……くそっ」


音が、鈍く響く。


シオンは息を整えながら壁に背を預けた。

心臓が痛いほど速い。


アルトは座り込んだまま、目が焦点を結ばない。

反動で、判断が薄くなる。


セイルは端末の画面を見つめている。

顔色が悪い。


レムは、静かだ。

静かすぎる。


静かにしていないと、自分が薄れるのが分かるのだろう。


その沈黙が、怖かった。


シオンがレムの肩に手を置く。


「大丈夫」


レムは頷いたが、目が揺れている。


大丈夫ではない。


――それを全員が知っている。


ユウが息を吐き出した。


「拾った」


「助かった」


「でも――」


その先が言えない。


代償が来た。


来たから。


助かった事実が、重い。


アルトが掠れた声で言った。


「……さっきの」


「遺物が暴れた」


「拾遺干渉の代償が」


「ORBITに返った可能性が高い」


ユウが唾を吐く。


「俺が……遺物を壊したのか?」


セイルは首を振った。


「壊した、ではない」


「裂け目を広げた」


「遺物区画はもともと“穴”だ」


「そこへ帳尻が来た」


シオンは目を閉じた。


助かった代わりに、世界の裂け目が大きくなった。


それは“誰かが死ぬ”より軽いのか?


軽いわけがない。


ただ、見えないだけだ。


見えないから、許されるわけじゃない。


アルトが頭を押さえる。


「……判断が戻らない」


シオンが近寄ろうとする。


だがユウが手で止めた。


「今は触るな」


シオンが息を呑む。


触るな。


救うな。


それが正しいと分かる。


でも、それは痛い。


ユウの言葉は冷たいんじゃない。


正しいから怖い。


アルトが苦笑いする。


「……俺は」


「味方の指揮すら壊す」


「これが代償か」


シオンは思い出す。


第2作のアルトは、確信に満ちていた。


合理は人を救う。

管理は正しい。


今のアルトは違う。


彼の正しさは、もう武器にならない。


武器にした瞬間、壊れる。


それがZERO JUDGE。


“正しさが成立する土台”を壊す。


だからアルト自身の土台も削れる。


シオンは震える声で言った。


「……でも助かった」


アルトは静かに笑った。


「助かった」


「その“助かった”が」


「次の誰かの死になる」


「それが帳尻だ」


ユウが歯を噛む。


「だから嫌なんだ」


「拾うのが」


その言葉が、シオンの胸を刺した。


拾うことは優しさじゃない。

救うことも善じゃない。


残すことも正義じゃない。


ただ、そうするしかない。


そうするしかない人間が、

この世界で生き残ってしまった。


セイルが端末の画面を切り替えた。


「ログが出てる」


シオンが覗き込む。


黒い画面に、青白い文字。


《軌道遺物区画:異常反応》

《遺物塔:同期暴走》

《周辺に“存在しないフレーム”発生》

《観測不能領域:拡大》

《Δ現象:連鎖》


シオンの背筋が冷たくなる。


存在しないフレーム。


第3作で布石だった現象。


監視ログに残るはずのない一瞬。


今は、残っている。


しかも“連鎖”。


アルトが息を吐く。


「……最悪だ」


「証拠が増えた」


「Δが“現象”から“事件”になる」


ユウが立ち上がる。


「俺のせいで戦争が進んだってのか」


シオンが咄嗟に言う。


「違う!」


だが違わない。


ユウが拾った瞬間、裂け目が広がった。


それが証拠になる。


証拠になれば、回収が進む。


回収が進めば、兵器化が進む。


兵器化が進めば、戦争になる。


この世界はもう、どこにも戻れない。


シオンは言葉を飲み込み、別の形で言った。


「……あなたのせいじゃない」


「あなたのΔが悪いんじゃない」


「世界が、壊れてる」


ユウは笑った。


「世界が壊れてるから」


「俺らが生きてる」


その言葉は、正しい。


そして残酷だった。


セイルが床に金属片を置いた。


割れた板の破片。


彼は一つ拾い上げ、指で弾く。


キン、と音がする。


だが、その音が途中で途切れた。


消えた。


シオンの眉が寄る。


「音が……」


セイルは淡々と言う。


「Δは音も壊す」


「空間も壊す」


「時間も壊す」


アルトが呟く。


「……世界の差分」


セイルが頷く。


「差分は、必ず“帳尻”を取る」


シオンが息を吸い、問いを投げる。


「じゃあ」


「帳尻は、完全にランダム?」


ユウが答えそうになる。


「分かんねえ」


だがセイルが先に言った。


「ランダムじゃない」


その一言で、空気が変わった。


シオンは固まる。


「……どういうこと?」


セイルは画面を示す。


「代償は」


「“歪みがある場所”に返りやすい」


ユウが眉を寄せる。


「歪み?」


アルトがすぐ理解した。


「穴だ」


「管理が届かない場所」


「もともと綻んでる場所」


セイルが頷く。


「拾遺干渉の代償がORBITに返ったのは」


「ORBITが裂け目だから」


「SAVE LINEの代償がシオンに返るのは」


「シオンが選別を引き受けるから」


「ZERO JUDGEの代償がアルトに返るのは」


「アルトが判断の土台を壊すから」


シオンの喉が震えた。


――つまり。


Δはただの事故じゃない。


事故だけど、

戻り方には法則がある。


差分は、綻びに流れ込む。


歪みは、歪みに吸われる。


この法則が分かれば、戦い方が変わる。


ユウが低く言った。


「代償を」


「俺たちが選べるってことか?」


セイルは首を振った。


「選べない」


「でも」


「寄せることはできる」


その言葉が、シオンの背中を冷たくした。


寄せる。


つまり。


代償を“よりマシな場所”へ押し付ける。


それは戦術になる。


そして戦術になるということは、

誰かを犠牲にする意思を持つということだ。


シオンの胸が痛む。


救うほど、罪が積もる。


そしていずれ、精神が臨界に達する。


SAVE LINEの爆弾。


第4作の終盤の火種が、今ここにある。


その時。


上から、微かな振動。


遠くの金属音。


――足音じゃない。


重い回転音。


空洞の外で、何かが動いている。


セイルが端末を見て、顔色を変えた。


「……来た」


アルトが目を細める。


「ラザルじゃない」


ユウが唾を飲む。


「別口か」


端末の表示。


《接近:例外切除官 WERNER》

《目的:Δ現象の削除》

《処理:存在しない扱い》

《到達予測:2分》


シオンの指が震えた。


例外切除。


“異常を存在しない扱いで消す”。


それはΔ対策に最強。


ユウの拾う未来も、

アルトの崩す判断も、

シオンの残す希望も。


存在しない扱いにされたら終わる。


シオンが息を吸った。


「……消される」


アルトが静かに言った。


「いや」


「消される前に」


「残す」


ユウが笑った。


「拾う」


セイルが淡々と続ける。


「同期する」


そしてシオンは、短く宣言する。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン


救える未来を一本に絞る。


逃げ道じゃない。


戦い方を一本に絞る。


選択肢を捨てる。


その罪を引き受けてでも。


この世界に、残すために。

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