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第12章|検証開始――“拾う”の代償

風が止んだ。


軌道遺物区画は、いつも風が鳴っている。

鉄骨の隙間を抜ける音。

崩れた建物の骨が軋む音。


それが、止んだ。


静かすぎる静けさは、襲撃の前兆だ。


セイルが端末を見たまま言う。


「四分」


「追跡ログは確実にこっちを指してる」


アルトが短く返した。


「……一致したんだ」


「監視ログに残ったΔの証拠で」


ユウが舌打ちする。


「つまりノクスの取引は」


「時間を買っただけで」


「もう売られてんだな」


シオンが首を振る。


「売ったんじゃない」


「時間を残した」


「……それだけでも十分すごい」


言いながら、胸が痛んだ。


“十分”なんて言葉は、残酷だ。


助けられなかった現実を、正当化する言葉になる。


でも今は、立ち止まれない。


シオンは遺物区画の地図を見上げる。


逃げ道は少ない。


ここは“穴”だ。

管理が入りにくい代わりに、逃げにくい。


ユウが周囲を見渡す。


「……拾えるものは多い」


「だから嫌だ」


アルトが目を細める。


「嫌?」


ユウの声が低くなる。


「拾うってのは」


「便利じゃねえ」


「拾えた分だけ」


「どっかで死ぬ」


シオンが息を呑む。


代償。


ユウのΔは、“死なない未来”を拾う。


その代わり、世界が帳尻を合わせる。


死を押し付ける。


どこかへ。


誰かへ。


ユウはそれを知っている。


だから、拾いたくない。


拾うほど、自分が誰かを殺す。


自覚がなくても。


アルトが静かに言った。


「それでも使うしかない」


「逃げる道を作るために」


ユウは笑った。


「だから嫌なんだよ」


セイルが金属片を拾い上げる。


透明と黒が混じった板。


歪んだ鏡みたいに、空を映している。


「検証は続ける」


「戦闘の中で」


シオンが眉を寄せる。


「そんな……」


セイルは淡々と告げた。


「今から来るのは」


「是正執行官:ラザル」


「彼のΔは」


「正しい結果を強制する」


アルトの顔が硬くなる。


「……Δ:是正執行コレクション・ストライク


「当たる」


「壊れる」


「止まる」


「全部が“確定”する」


ユウが低く唸る。


「つまり避けられねえ」


シオンは喉が乾いた。


確定する攻撃。


それは、世界のルールを敵が握るということだ。


Δは世界の差分。


だがラザルは、その差分で世界を“正しく”する。


正しさを武器にする。


管理の最終形だ。


セイルが言った。


「だから」


「ユウのΔが必要になる」


ユウが顔を上げる。


「拾うことで」


「確定を外す」


アルトが頷く。


「正しい結果の“前提”を崩す」


「もしくは」


「撃たれる前に逃げ道を拾う」


シオンの胸の奥で、理解が繋がった。


BORDER REMAINSのΔは、戦闘力じゃない。


“結果の形”を変える。


死なない結果。


当たらない判断。


救える未来。


それが揃うと、確定が崩れる。


――ただし、代償が来る。


遠くで金属が鳴った。


鉄骨が踏まれる重さ。


人間じゃない。


重装備だ。


セイルが端末を閉じる。


「来る」


ユウが弾倉を握る。


アルトが息を吸う。


シオンはレムの肩を抱いた。


レムが小さく呟く。


「……ぼく、また」


「いなくなる?」


シオンは首を振った。


「いなくならない」


「絶対に」


そう言った瞬間、胸が痛んだ。


“絶対”は、管理の言葉だ。


でもシオンは言ってしまった。


言わなければ、レムは崩れる。


救える未来を残すために、

嘘の絶対を言う。


その罪が積もる。


――SAVE LINE。


希望収束。


救うほど、救えない未来が確定する。


シオンは息を吸い、短く宣言した。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン


空気がわずかに軽くなる。


レムの輪郭が、保たれる。


その代わり、シオンの心臓が重くなる。


救えない未来が一つ、静かに閉じた。


瓦礫の隙間から、影が現れた。


黒い装甲。


肩に刻まれた白い文字。


《CORRECTION》


全角のように見える表示が、逆に冷たい。


男が歩いてきた。


ゆっくり。

確実。

迷いがない。


ラザルだ。


そしてその背後に、GENESISの回収部隊が続く。


銃口は上がっていない。


まだ撃たない。


“正しい結果”が必要だからだ。


ラザルの声が響く。


「BORDER REMAINS」


「回収命令に基づき」


「拘束する」


ユウが唾を吐いた。


「拘束=保護、だろ」


ラザルは否定しない。


「保護だ」


「お前たちは危険だ」


「危険である以上」


「管理されるべきだ」


アルトが一歩前に出る。


「……管理は壊れる」


ラザルの視線がアルトを捉える。


「評価管制官・アルト」


「お前の異常は最優先」


「世界の正しさを崩す」


「それは許されない」


アルトが小さく笑う。


「許されないから存在する」


空気が張り詰めた。


ラザルが手を上げる。


「拘束」


その瞬間、回収部隊の銃口が揃った。


一斉射。


避けられない距離。


確定する弾道。


シオンの背筋が凍る。


ユウが、動いた。


“拾える感覚”が来た。


来てしまった。


ユウは短く言った。


「……Δ:拾遺干渉リクレイム


その瞬間。


床の瓦礫が崩れた。


ほんの数センチ。


しかし、それで十分だった。


回収部隊の足が滑る。


銃口の角度がズレる。


弾道がズレる。


シオンの頬を掠め、鉄骨に刺さった。


死なない未来が拾われた。


だが――


代償が来る。


ユウの背後で、金属片が跳ねた。


セイルが置いた検証用の板。


それが、割れた。


割れた瞬間、遺物塔が唸り声を上げる。


青白い光が暴れる。


セイルの顔色が変わった。


「……やばい」


「遺物が反応した」


アルトが叫ぶ。


「拾う代償が」


「遺物側に返ったのか!」


ユウが歯を食いしばる。


「俺は……何を拾った!?」


拾ったのは弾道をずらす未来。


拾った代償は、遺物区画の“裂け目”を広げた。


シオンの視界が揺れる。


空気が裂ける感覚。


そして――


ラザルが、笑った。


「今のだ」


「それがΔだ」


「証拠が揃った」


ラザルが一歩踏み込む。


彼の手が上がる。


「……Δ:是正執行コレクション・ストライク


世界が冷たく固まった。


撃つべき弾は撃たれる。

当たるべき場所に当たる。

壊れるべきものは壊れる。


確定。


ラザルの銃口が、シオンに向いた。


逃げられない。


シオンの呼吸が止まる。


アルトが動いた。


狙える感覚じゃない。


暴発だ。


でもやるしかない。


アルトは短く宣言する。


「……Δ:評価崩壊ゼロ・ジャッジ


その瞬間、回収部隊の照準端末が沈黙した。


画面がエラーで埋まる。


ロックオンが成立しない。


“当てる判断”に至らない。


ラザルの弾は撃たれた。


しかし――


弾道の“確定”が揺れた。


確定する前提が崩れた。


弾が、ほんの僅かに逸れる。


シオンの耳元を裂き、鉄骨を抉った。


助かった。


だがアルトが膝をつく。


息が荒い。


判断力が落ちる代償。


シオンは叫びそうになった。


だが叫ばない。


叫びは、心を焦がす。


シオンは歯を食いしばって宣言する。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン


次の瞬間。


ユウの足元の瓦礫が、一本の道に繋がった。


逃げ道。


細い通路。


救える未来が一本だけ残る。


ユウがアルトの腕を掴む。


「行くぞ!」


セイルがレムを抱える。


シオンが最後に振り返る。


ラザルは追ってこない。


追わないんじゃない。


追えない。


アルトのΔが、判断を壊している。


だが、それも長くは続かない。


ラザルは確定を持っている。


確定は、時間をかければ戻る。


この逃走は“勝利”じゃない。


また帳尻が来る。


それでも今は生きる。


生きて、残す。


BORDER REMAINSは、そういうチームだ。


シオンは息を吸い、心の中で呟いた。


――ノクス。


あなたが買った時間を、無駄にしない。

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