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第10章|切り離された夜

闇は、優しい。


光がないからじゃない。

見えないから、考えなくて済む。


追手の視線も、監視ドームの照明も。

正しさの圧も。


全部、闇が吸ってくれる。


――だからこそ、怖い。


闇の中では、

失ったものも見えないまま残る。


シオンは走りながら息を吸った。


喉が痛い。

胸が苦しい。


レムの手が冷たい。


ユウが先頭を走っている。


アルトは片膝を引きずりながら付いてくる。

顔色が悪い。


Δを使った反動が、抜けていない。


セイルが後方を見ている。


静かに言った。


「追ってこない」


ユウが吐き捨てる。


「追えないのか」


セイルは首を振る。


「追わない」


「回収は“確実な結果”が必要」


「ここで追えば、損耗が出る」


アルトが笑った。


「……合理」


「結局、管理だ」


シオンは足を止めそうになる。


ノクス。


あの笑い声。


「先に行け」


「取引だ」


そう言って残った。


助けなかった。


――助けられなかった。


それが違いだと、言えるだろうか。


シオンの口が震える。


「……ノクスは」


ユウが即答する。


「生きてる」


「生きてるはずだ」


根拠なんてない。


でも、ユウはそう言った。


拾う男の言葉は、

いつも“そうであってほしい”を拾ってしまう。


アルトが小さく言う。


「……希望に縋るな」


ユウが振り返らずに返す。


「縋ってねえ」


「拾ってる」


シオンの胸が痛んだ。


拾うことが、祈りになる。


この世界で、祈りは危険だ。


帳尻が来る。


代償が来る。


それでも、拾う。


それがユウだ。


通路の先に、古い扉があった。


鉄の扉。


錆びているのに、鍵が生きている。


ユウが手を伸ばした瞬間、指が止まる。


彼は一瞬だけ、空を見た。


“拾う感覚”が来た。


拾える未来が、ここにある。


ユウは短く宣言した。


「……Δ:拾遺干渉リクレイム


カチ、と音がして。


鍵が、落ちた。


本来なら、ここにないはずの鍵。


どこから来たのかは分からない。


でもそこにある。


拾った。


ユウは鍵を回し、扉を開けた。


中は空間が広い。

廃棄された地下倉庫。


セイルが端末を起動する。


「この場所」


「監視ログが薄い」


「少なくとも今は、穴だ」


アルトが息を吐いて座り込む。


「……穴」


「俺たちの居場所はいつも穴だな」


ノクスの声が脳裏を掠める。


“通れるのは道じゃない。穴だ。”


シオンは胸を押さえた。


その穴の代償として、

ノクスが切り離された。


世界が勝手に帳尻を合わせた。


“救える未来”だけを残したからだ。


シオンはゆっくりと膝をつく。


レムの目が、揺れている。


少年は言った。


「……ぼく」


「また、いない?」


シオンはすぐに首を振る。


「いる」


「ここにいる」


でもレムの輪郭は、薄い。


存在揺らぎ。


Δが常時発動している。


それは本人の意志ではない。


事故が、少年に定着した。


シオンは息を吸い、宣言する。


「……Δ:希望収束セイヴ・ライン


言った瞬間、

レムの輪郭が一瞬だけ、安定した。


消えない未来が一本残る。


でも、胸の奥が削れる。


救えない未来が確定したぶんの痛み。


シオンの視界が滲んだ。


アルトが気づき、目を伏せた。


「……その能力」


「優しい顔して、罪の蓄積だな」


シオンは声が出ない。


否定できない。


セイルが端末を差し出した。


「……解析が出た」


画面には、短いログが並んでいる。


《Δ適合個体:BORDER REMAINS》

《優先回収理由:現象連鎖の発生源》

《現象名:Δ(デルタ)》

《回収対象:三名》

《補足:第3個体(SHION)は保護優先》


ユウが眉を寄せる。


「……保護?」


アルトが低く笑う。


「“保護”は拘束だ」


「優先度が高いってだけ」


シオンは画面を見つめた。


保護優先。


つまり、シオンは壊さずに回収したい。


救える未来だけ残す能力。


それは、管理にとって都合が良い。


希望を固定できる。


未来を一本にできる。


――敵にとって最も欲しい歪み。


シオンの喉が乾く。


セイルが淡々と続ける。


「ノクスのログも出てる」


「……取引」


画面に、別ログが浮かぶ。


《夜の仲介者:NOX》

《拘束対象:非Δ適合》

《処理:情報提供/交換条項》

《回収部隊撤収理由:情報取得完了》

《次回回収予測:72時間以内》


ユウの拳が震えた。


「……くそ」


アルトが目を閉じる。


「ノクスは……俺たちを売った」


シオンが反射的に言う。


「違う!」


声が大きくなった。


シオンは口を噤む。


息を整えて、言い直す。


「……違うと思う」


「ノクスは」


「売ったんじゃなくて」


「買ったんだ」


ユウが振り返る。


「何を」


シオンは喉を鳴らしながら言った。


「時間」


「撤収理由が“情報取得完了”なら」


「ノクスは情報を渡して」


「その代わりに」


「私たちが逃げる時間を買った」


アルトが笑う。


「……同じだ」


「情報は情報だ」


「俺たちは、追われる」


セイルが短く言う。


「だが意味は違う」


「ノクスは裏切っていない」


「彼は境界の味方だ」


「ただし夜の味方ではない」


「夜は夜の利益で動く」


その言葉は、シオンの胸に落ちた。


ノクスは、味方だった。


でも味方でいる方法が、

取引しかなかった。


救済じゃなく、契約。


理想じゃなく、交換。


それが夜。


ユウが歯を噛む。


「助けに行く」


アルトが即座に否定する。


「無理だ」


「今行けば回収される」


ユウが怒鳴りかける。


「じゃあどうすんだよ!」


アルトは叫ばない。


静かに、冷たく言う。


「残す」


「……ノクスが残した時間を」


その瞬間、空気が凍った。


“残す”という言葉が、

シオンの胸に突き刺さる。


第2作のアルトは、管理の信徒だった。


だが今のアルトは、違う。


残す。


それは救うことじゃない。


壊すことでもない。


残すこと。


それが、BORDER REMAINS。


沈黙。


倉庫の奥で、金属がきしんだ。


全員が身構える。


だが敵じゃない。


扉の隙間から、影が滑り込んできた。


細い影。


静かすぎる足取り。


ユウが反射的に手を伸ばす。


だが影は敵意を見せない。


暗闇の中で、声が落ちた。


「……逃げ足だけはいいね」


女の声。


レンカ。


影移動。


夜の刺客。


ユウが目を細める。


「来るな」


レンカは笑わない。


「来たくて来たんじゃない」


「ノクスの伝言」


シオンの喉が震える。


「ノクス……生きてるの?」


レンカは一瞬だけ目を伏せた。


そして言う。


「生きてる」


「……ただし」


「次に会う時は、同じ顔じゃないかも」


シオンの胸が痛む。


拘束。


回収。


取引。


夜は、削られる。


レンカは短く言った。


「ノクスが言ってた」


「“Δは武器じゃない”」


「“武器にされた瞬間、終わりだ”」


アルトが低く呟く。


「……だから俺たちは逃げる」


レンカが首を振る。


「逃げるだけじゃ足りない」


「GENESISは」


「Δを制度化する」


「捕まえるんじゃない」


「世界に組み込む」


シオンは息を吸った。


第9章で見た言葉が蘇る。


回収命令。


優先度SSS。


そして――


保護優先。


管理は、Δを“新しい秩序”にしたい。


レンカが最後に言った。


「ノクスは時間を買った」


「でも時間には期限がある」


「72時間」


「その間に」


「“Δを理解する場所”へ行け」


セイルが即答する。


「……軌道遺物区画」


ユウが眉を寄せる。


「上か」


セイルが頷く。


「ORBITの遺物は危険だが」


「Δを測る材料になる」


アルトが笑った。


「最悪の答えだな」


シオンは目を閉じた。


失ったものは戻らない。


でも、残された時間はある。


ノクスが切り離された夜の中で、

それでも残したものがある。


それを無駄にしたら、

本当に裏切ることになる。


シオンは息を吸い、短く宣言した。


「……残す」


ユウが頷く。


「拾う」


アルトが笑う。


「崩す」


セイルが淡々と続ける。


「行く」


レンカは影に溶けながら、最後に言った。


「戦争が始まる前に」


「逃げ道を作れ」

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