008 近衛騎士団副団長ージャック・カエサル
たった今、燈値の使い方を覚えた程度で近衛騎士団を相手にできるか未知数だが、タケル、ジュディ、マリィの三人は満足した様子で一休み。
腰掛けて三人仲良くお茶を飲んでいたところ、ナイスタイミングで近衛騎士団達がタケルの部屋を訪れた。
「何度もすみませんタケルさん。どうしても貴方と剣を交えてみたくて」
近衛騎士団達を見たマリィはすぐに立ち上がって一歩引いた位置で俯きがちに直立した。
さすがは王宮に仕えるメイドさん。
しかし、ジュディは席を立とうともしないどころか、騎士団長マシェリィ・スカーレットがタケルに詰め寄ってくるのを見て「近衛騎士団って案外お暇なのねぇ」と嫌味たっぷりな文句を吐いた。
「おかげさまでヴィクトリア王国は平安ですね。陛下とルルシア様は先日から外交のため隣国をご訪問されていますし、リリシア様も今日はスクールをお休みになられています。なので、ちょっとタケルさんに我々の稽古をつけていただきたいと思ったんですよ」
マシェリィはにっこりと笑みを返すが、真紅の瞳はまったく笑っていない。
早く自分の力を試したいと息巻いているようだ。
「タケル殿、近くに騎士団の訓練場があります。景色も綺麗ですし、そこまで少し歩きませんか?」
副団長ジャック・カエサルが40代の大人の余裕という雰囲気でタケルを手招きする。
実のところ、タケルは意外と楽観的だった。
ジュディとマリィのおかげで燈値をなんとなく扱えるようになったし、まさにチートと呼べる莫大な燈値量が自分に備わっていることも自覚している。
加えて、わかりやすい能力覚醒イベントが来たもんだから、むしろワクワクしているみたいだ。
しかも騎士団長はモデルさんみたいな超絶美人となれば、彼に誘いを断る理由もない。
「いいッスよ、行きましょう。マシェリィさん!」
「本当ですか? ありがとうございます。あ、私のことは気楽にマシェリィと呼んでください」
目が細くなるほどのすっごい笑顔でマシェリィは喜んだ。
モデルさん(のような人)から呼び捨てで名前を呼んでくださいという申し出に、タケルもめちゃくちゃ喜んだ。
「お、おう……。それじゃあマシェリィ、行こうか」
「はい。行きましょう、タケルさん」
美人に対してデレデレと鼻の下を伸ばすタケルを見て、ジュディは「きっっっっしょ」と顔を歪ませ、隅の方にちょこんと立っているマリィは小さく恥ずかしそうに笑いを堪えていた。
それから、ジュディの「いってらー」とマリィの「いってらっしゃいませ」の言葉を背に、タケルと騎士団達は林の中にある訓練場へと向かっていった。
驚くことに、その訓練場も王宮を囲む塀の内側に位置していて、いったいどれだけ広大な造りになっているのだろうかと想像力を膨らませる。
人の手が入っていない純粋な自然という感じの訓練場には、小鳥や兎などの小動物がちらほら見える。
ここまで歩く途中、タケルは騎士団員からの質問攻めをくらい、ちょっと疲れた様子だった。
同じ衣装で体格が良くて歯が真っ白な平均年齢40歳を超えるオジサマ達に、「タケル殿がいた世界はどんな感じですか?」「タケル殿、パチンコとは何ですか?」「タケル殿、ハーレムとは何ですか?」「タケル殿」「タケル殿」「タケル殿」と、目と歯をキラキラ輝かせて質問してくる様はある種の恐怖だったかもしれない。
タケルの立場では彼らは異世界人だが、彼らの立場ではタケルが異世界人なのだから、興味がない方がおかしい。
マシェリィが「さて、誰から相手をしてもらおうか」と騎士団員達を集めて話し合いを始めたので、タケルはぼそりと「ジャンケンでよくね?」と呟いた。
その瞬間、騎士団全員が一斉にタケルの顔を見る。
「ジャンケン……とは?」
「……知らねぇのかよ」
面倒と思いながら、かなり年上の騎士団員達にジャンケンの勝ち、負け、あいこ、について説明する。
「うぉぉぉ! 天才だ!」
平等に一人を選ぶ画期的な方法に感動し、ジャンケンを始める十数人の姿を見て、マジかよこのオッサン達……と少し呆れる。案の定、延々にあいこを繰り返している。
「あの、そんな人数でやったら一生決まらないッスよ……最初は二人とか三人に分かれてやった方が効率よくないッスか?」
「うぉぉぉ! 天才だ!」
オッサン達が一生懸命ジャンケンをしている。
ヴィクトリア王国において、近衛騎士団はエリート中のエリートである。
非常にシュールな光景の末、最終的に勝ち残ったのは副団長のジャック・カエサルだった。
なんとも表現し難い歓喜の叫びを上げているが、ただジャンケンに勝っただけである。
「タケル殿、ひとつお手合わせ願います」
言うより早く、ジャックは大剣を構える。
燈値を具現化させる速度、隙のない剣の構え、相手を圧倒する眼力、巨大な獣さえも真っ二つにしてしまいそうな凶暴な大剣、どれをとっても超一流。
さすがは20代後半から10年以上に渡り近衛騎士団の幹部を務める英雄だ。副団長の看板は伊達じゃないことが伝わってくる。
「ひとつだけ聞いていいッスか?」
「おや、タケル殿どうされました?」
「……それ本物じゃないッスよね?」
「はっはっは。心配なされるなタケル殿、これは訓練です。真剣なわけがないでしょう」
ジャック・カエサルは大剣で自分の肩をトントンと叩く。
どうやらレプリカで間違いないようだが、彼は近衛騎士団の中でもゴリゴリの武闘派、真剣ではないから大丈夫。ということにはならない。
しかしタケルも多少なりとも燈値の使い方を覚えているし、自分は最強の戦士で、これはよくある覚醒イベントだと思い込んでいる。
タケルが剣を構えたところで、「では……」とジャックは集中する。
ズンッ!
地面を踏み込む威力がとても人間とは思えない。
ジャック・カエサルは一歩踏み込んだかと思うと、一気にタケルとの距離を詰めて大剣を振る。
手加減など有りはしない。というよりも全力だ。
なぜなら彼は、タケルが自分よりも強者だと思っているのだから。
「うわ、あっぶねぇ……ッ!」
ギリギリのところで燈値の壁が大剣を防ぐ。
ワンテンポ遅かったなら、タケルの胸骨は粉砕されていたかもしれないし、さらに真剣であったなら、今頃は胴が繋がっていなかっただろう。
しかし、防ぐことができた。
次は実践でも通用すると確信したタケルが踏み込んで剣を振る。が、無駄の多い素人の動きのそのもので、ジャックの大剣で軽々と防がれてしまう――同時にタケルの剣を防いだ大剣は薄氷が割れるように光の粒子となって消え去った。
俺、意外とやれるじゃん。という感想のタケル。
なるほどそういうことか。という感想のジャック。
周りを取り囲む騎士団員たちから「おぉ……!」と驚きの声が上がり、マシェリィは「そこまで!」と二人を制した。
「タケルさん、さすがです。剣も盾も、練り上げられた燈値の密度が桁違いのようですね」
マシェリィが言うには、ジャック副団長の剣を受けて燈値が割れないほどの盾と、いとも簡単に彼の大剣を砕いた剣は、素晴らしいの一言に尽きるとのことだ。
「マシェリィ団長、我々の常識に囚われた戦法は通じないということがわかりました」
「そうですね。しかし、瞬時にその判断ができるのはさすがです、ジャック副団長」
近衛騎士団達は、驚きと感心の両方が入り混じる表情でタケルを見つめていた。
うわー。やっぱ俺、最強の戦士じゃん。別に大したことしていないつもりなのに、騎士団員の皆さんめっちゃ驚いてるんだけど。と、調子に乗ったタケルは「よーし、次はマシェリィ。やってみるか」と騎士団長を指名した。
「ええ。ジャック副団長との稽古を見て、早く剣を交えたくて仕方がありませんでした」
近衛騎士団歴代最強の呼び声高いマシェリィの金色に輝く美しい髪の下では真紅の瞳が燃えている。
マシェリィ・スカーレットはこれまでの人生で負けたことがない。
最強の戦士を前にして、自分の力を試したいという究極の欲求が込み上げてきていた。




