005 二人のメイドージュディ&マリィ
クズ・タケルが意識を取り戻して初めに目にしたのは、王女リリシア・ヴィクトリアの専属メイドと呼ばれていた二人だった。
気の強そうな方がジュディで、気の弱そうな方がマリィである。
なにこの状況。なんでメイドさんがいるんだ? メイドさんを雇えるくらいの超金持ちになったんだっけ?
いやいやいやいや、俺だぞ? 金持ちになるわけないだろ。
ということは夢か? あんま考えたことなかったけど、夢に出るくらい、メイドさんとか好きなタイプだったのか。
ていうか頭は痛いし体は重すぎて動かない。本当に夢なのか? もしかして金縛り? この可愛いメイドさんって、もしかして幽霊!?
「あ、マリィ見て。コイツ起きてる」
「……ジュディ、どうしましょう。お水……飲ませた方が……」
マリィ、ジュディ? なんか聴き覚えがある名前だよなあ……。
豪華な寝具に横たわっていたタケルは二人の名前を聞いて、今の自分の状況と気を失っていたことを思い出し、咄嗟に飛び起きろうとする――が体は思うように動かなかった。
メイドの二人は両極端で、冷ややかな目とツンとした態度で見るジュディと、心配そうな目とか細い声のマリィ。
どのくらい気を失っていたのかわからないが、外からはまだ陽射しが差し込んでいるのだから、そう長い間ではないのだろう。
「ジュディとマリィ……だっけ。俺、どれくらい寝てた?」
「丸三日よ」
「丸三日……です」
「三日ぁ!? うそ、マジ!?」
衝撃の事実を知った勢いで、先ほどは思うように動かなかったタケルの体は反射的に飛び起きることができた。
じっと手のひらを見て、握っては開く動作を繰り返す。
なんともない。あの光の粒が出てくることもない。
よし。と意気込み、今いる部屋を見渡した。
果たして部屋、と呼んでよいのか戸惑うほどの広さに、ここが異世界であることを改めて実感した。
「うるっさい。てゆーか元気じゃん」
「ずっと思ってたけど、キミなんか当たり強くない!?」
「そういう性格」
「王宮のメイドさんなのに!?」
「私達はリリシア様のメイド! 王宮のメイドじゃないわ。だからリリシア様の客人であるアンタは私の客人でもあるのよ――あ、そういえば。アンタずっと寝てたんだから、ちゃんと水分補給した方がいいわよ」
ジュディは急に思い出したように、テーブルの上にある金属製のウォーターポットから水を注ぎ、そのグラスをタケルに手渡した。
「体がびっくりしないように、ゆっくり飲みなさいよ」
不意の気遣いに、タケルは少し頭を下げてグラスを受け取った。
その様子を見ていたマリィは、水を用意したのは自分なのに……という、メイドの仕事を奪われてやや残念そうな顔をした。
タケルが水を飲めたことを確認したジュディはメイド服のスカートを翻し、高級そうな衣装棚から純白のタオルを取り出してほいっと投げる。
それを上手くキャッチしたタケルに向かって「それ持って顔でも洗ってきたら?」と言い放った。
「あ、その前にアンタ歳いくつ?」
「20ドンピシャ。キミは?」
「ぴちぴちの17。てゆーかジュディでいいわよ。私もタケルって呼ぶから」
「なになに? 急に距離縮めてくるじゃん」
「は、死ね」
口は悪いが、根はいい奴という感じが伝わってくるのか、タケルはジュディに気を許しているようだ。
まじまじと彼女を見てみると、体の線はかなり細く、脚は蹴ったら折れそうなほどである。
しかし、かなり短めなスカートと膝上まで隠れる長い漆黒のソックスの隙間から覗いている白い太ももは非常に健康的だ。
タケルは自己中心的に、異世界モノといえばやっぱコレだよな。主人公は特に何もしなくても勝手に好感度爆上がりだろ? そんでハーレム作ってヨロシクやるだけなんだろ? とでも考えているようだった。
「メイドと言えばやっぱオーバーニーだよな」
「きっっっっっしょ」
人間が蔑みを表現できる最上級、レベルMAXの顔をされてしまい、タケルは「お約束が違うじゃないか!」と心の中で叫んだ。
「さっさと風呂行ってこい!」
それでも不思議なことに、なんとなく馬が合うことをお互いにわかり合っているような雰囲気だった。
そんな二人のやりとりを見ながら、口数の少ないマリィは恥ずかしそうに小さく笑っていた。
マリィは、声をかけるタイミングを見計らっているのか、目を泳がせながらタケルに近づき「……浴室まで案内します」と小さく言った。
「……あ、どうもッス」
タケルとマリィは付き合いたての初々しいカップル、または初対面なのに二人きりになってしまった男女のような距離感である。
実際のところ、出会って三日が経っているとはいえ、タケルはそのほとんどの時間で気を失っていたのだから、事実上はほとんど初対面、会話もそれほどしていない。
サバサバしているジュディと違い、人見知りっぽいマリィとの会話は気を遣っているみたいだ。
そして、ジュディの「いってらー」というやる気のない見送りを背に、タケルとマリィは部屋を後にした。
俯きながら前を歩くマリィに連れられて、この広大な宮殿の廊下を歩く途中のことである。
気さくなジュディと違って少し話しかけにくいマリィだが、無言でいる方がつらいと感じたタケルは意を決して話しかけてみた。
「マリィ……だっけか。俺が三日も寝ている間、世話を焼いてくれてたんだろ? ありがとうな」
「……仕事です」
「そっか……(会話続かねえ)」
王宮内には多くの人が出入りしている。
慌ただしく大量の書類を運んでいる者や激しく討論している者、王宮内の要人の警護を行っている者、そして絢爛な衣装を纏った貴族達。
彼ら彼女らの行動、振る舞い、顔色を見て、王宮には二種の人間が存在することをタケルは理解してしまう。
異世界といっても世知辛いものだ。スクールを卒業して公務に就くエリートと、そのエリートを使用する権力者という構造は変わらないのか――そしておそらく、この宮殿の外には一般人というか平民というか、そんな人間がたくさんいるんだろうな、と。
「やっぱ王宮ってだけあって、すっごい人だな」
「……今日は議会がある日ですから、多くのお役人がお見えになっているのです」
「へぇ。議会とかあるんだな……いや、そりゃそうか。王国ってんだから、国の政治は王がやってるってことだよな?」
「……そうですね。正確には、王国議会がヴィクトリア王国のすべてを決めています」
「ふーん。なんとなく異世界のことわかってきたぜ。というか……なんか俺、めっちゃ見られてない?」
タケルは彼ら彼女らから向けられる好奇の眼差しに少し違和感を覚える。
王宮での忙しい仕事中だろうに、手を休めてでもタケルの顔を見ようとしているのを感じたからだ。
「……それは、タケル君が最強の戦士だからじゃないでしょうか?」
不意のタケル君という呼ばれ方に心臓が跳ねる。
マリィの容姿は髪型から背格好までジュディとよく似ており、違うところは気が弱そうなお淑やかな顔つきくらいだ。
そんなスレンダーで美形のメイドさんから名前を呼ばれたことが彼の心臓を鷲掴みにしてしまった。
「おおお俺ってやっぱ最強の戦士なのかな?! あの光の粒いっぱい出せたし?!」
わかりやすく動揺し、声は若干裏返っている。
「……あの時は皆さん驚かれていました。一般的に100前後が人の持つ燈値の総量と言われている中で、あくまで推測ですが、タケル君の燈値はおよそ50,000。最強の戦士と呼んでも違和感ないでしょう」
「……は? ご、ごまん?」
「……はい。規格外というか意味不明というか……。しかし噂はすぐに宮殿内に広がりますので、皆さんは最強の戦士がどういう人か気になって仕方がないのでしょう」
タケルは感じていた視線の理由を知ったと同時に、丸三日気を失っていた以上の衝撃を突き付けられた。
燈値というものをよく理解していないが、とにかく魔法の源というか、聞き慣れた言葉でいうところのマナやMPのようなものだろう――で、100が一般的という中での50,000だ。つまり一般人500人分の力が備わっている、らしい。
なるほどね、わかったわかった。能力覚醒イベントってやつだろコレ。と、ニヤケ顔が止まらないタケルだった。




