003 もしかして異世界?
九頭武尊は鳥居の外に出たかと思うと、どういうわけか異世界に迷い込んでしまっていた。
正確に言うと、まだ彼はここが異世界であることに気が付いていない。
「めっちゃスタイルいいッスね! アニメか何かのコスプレすか?」
鼻息を荒くして一国の王女に対してギリギリアウトな発言をぶっ放しつつ、今なお彼女らをインフルエンサーの類と思い込んでいるクズは、興味本位で騒ぎ立てる野次馬よろしくハイテンションで距離を詰めた。
リリシアやマシェリィは戸惑いの表情ながらも、彼が最強の戦士である可能性を頭の中で必死に模索していた。
二人を取り巻く騎士団の幹部らも同様である。
聞き馴染みのないアニメやコスプレという単語がより一層頭を悩ませているようだ。
うそ、うそっ!? え、本当に? 本当に最強の戦士が現れたっていうの!?
変わった服装……戦士、には見えないけど大丈夫かしら。
というかちょっと待って。誰も何も言わないじゃない。まずは私が声掛けるべき?
いつまでも最強の戦士(かもしれない男)をそっちのけにしたままでは申し訳ない。そう思った王女が声を発した。
「ようこそいらっしゃいました。私はヴィクトリア王国第二王女、リリシア・ヴィクトリアと申しますわ。あなた、お名前は?」
リリシアは長いスカートの裾を掴み、軽く膝を曲げて挨拶を交わす。
わずか15歳ばかりの少女とは信じ難い気品ある振る舞いだったが、九頭武尊は彼女が王女であるなど微塵にも思っていない。
「へぇー、世界観すごいッスね。何のキャラですか?」
普通、自分が異世界に迷い込んでいるなんてことは思考の及ばない範囲なので、リリシアの言葉はアニメか何かの登場人物のセリフと捉えているのだろう。
幼子のように純粋な瞳をしているこの男、血眼になりながらパチンコ台と睨めっこをしてまだ一時間も経っていないのだから驚きだ。
「キャラ……?」
またも飛び出す聞き馴染みのない言葉に王女が困っていると察したマシェリィは、さすが超絶エリートと言った具合に冷静に言葉を紡ぐ。
「申し遅れました。私はヴィクトリア王家直轄の近衛騎士団。騎士団長のマシェリィ・スカーレット。後ろの者達もヴィクトリア王家に心臓を捧げる誇り高き騎士団員です。宜しければ、お名前を教えていただけないでしょうか」
会話が噛み合わず次の言葉に詰まっていた王女は、「マシェリィ、よくやったわ!」と心の中で呟いた。
「俺は九頭武尊って言うんですけど……というか皆さんどこから来たんすか? 俺ぼーっとしてたのか、帰り道わからなくなったんすよ、あははは。この辺にこんなでっかい公園ありましたっけ?」
公園と呼ぶには王宮の裏庭は立派すぎる気もするが、そんなことにはお構いなしに、王女は口を開いた。
「クズ・タケル。珍しいお名前ね。ここは王宮の裏庭――王国に危機が訪れる時、太陽が登る東方の地より、最強の戦士があの門を通って現れるという伝説のとおり、今ここにあなたが現れた……これって何かのご縁だと思うの。あなたのことをたくさん教えてちょうだい。お茶でも飲みましょうか、ねえマシェリィ。騎士団の皆様もご一緒にどうぞ」
王女の誘いを受けて、マシェリィは副団長のジャック・カエサルに目を配った。
彼は20代後半から10年以上も近衛騎士団の幹部を務める英雄だ。高貴で上品で優雅であることが求められる近衛騎士団の装いをもってしても、その鍛え抜かれた体がわかるゴリゴリの武闘派だった。
そんなジャック・カエサルは、長年王家直轄の近衛騎士団に属しているため王宮で働くのメイド達とも馴染みが深く「では、私がジュディにお伝えしてきましょう」と言うや否や、白銀のコートを翻して宮殿内に去って行った。
「あの……話が見えないんスけど?」
「さあさあ、クズ・タケル。お茶にしましょう」
歩き出す王女と騎士団長。二人を見た騎士団幹部の男達はすぐにタケルの背後に回って無言の威圧感で王宮へと押し進めるため、自分の意思とは関係なく勝手に足が動き出してしまう。
「え、え、え。どっか連れて行かれるの!? ちょっと、何このオッサン達、怖いんだけど!?」
クズ・タケルの叫び声も虚しく、気が付けば王宮の一室で豪華な長テーブルに座らせられていた。
しかしその頃には、何やら不思議な事態に巻き込まれていることを薄々感じ始めてきたようだ。
戸惑いながら周りを見渡していると、紅茶(らしき飲み物)と焼き菓子を持った二人のメイドが室内に入ってきた。
こういう場所に仕えるメイドさんというのは、お淑やかで凛々しいお姉様、あるいは聖母のような寛大さと包容力のある女性だとタケルは思っていたが、そうではなかった。
一人は生意気で気の強そうな小娘、もう一人は自信がなく気弱そうな小娘。
両極端な二人だが、髪型や背格好などはよく似ており、姉妹と言われても不思議ではない。
王室に仕えているのだから、はたして彼女らもスクールを卒業したエリートなのだろうか。
「どーぞ」
気の強そうな方のメイドが、客人をもてなすとは到底思えない声色と態度でカップを置き、タケルの顔を横目でギロリと睨みつけた。
「……ど、どうも」
困ったような怯えたような具合で顔を引き攣らせるタケルを見ると、気の強そうな方のメイドは勝ち誇ったようにドヤ顔をしてみせた。
ドヤ顔のまま、握手を求めるかのように手のひらを差し出したかと思うと、そこに小さな光の粒が現れる。
その光の粒がティーカップの回りをくるくる動き、輝きとともに消えたかと思うと、テーブルを飾る花の装飾へと姿を変えた。
あー、はいはい。なるほどねー。やっぱそういうことかー。とタケルの思考が回転する。
言葉を失うタケルを見て、気の強そうな方のメイドはより一層とドヤ顔をしてみせた。
「気にしないでね、クズ・タケル。ジュディとマリィは私専属のメイドだから、フランクにやってもらっているの」
長テーブルで一番偉い人が座るだろうポジションを陣取るリリシアが微笑みかけた。
フランクってどういう意味だっけ? どっちがジュディでどっちがマリィ? などと思いながら、ついにタケルの思考は核心に迫った。
――これ、異世界ってやつじゃね?




