005 近衛騎士団の仕事
役人の男は困った顔でタケルに助けを求める。早く仕事を終わらせたいのに、ジュディがワーワーと叫んでいるからだ。
こうなった彼女を落ち着かせるのは骨が折れる、とタケルは首を横に振った。
「ちょっとお役人さん、大事な書類に嘘書いていいわけ!? 婚約者だなんて、あり得ない! 私とタケルは主人と使用人、ただそれだけ!」
彼女が言うことも一理ある。規律を重んじる真面目な役人が虚偽の記載をするとは思えない。
「真実か嘘か、それは人間には確かめようがないことだ。それこそ神のような存在がいないとわからないな。それに、私視点では二人は仲睦まじい関係に見えるが?」
「はいぃ!? 本人の私が違うって言ってんの! 本気で婚約者って書くつもり!?」
埒が明かないと判断した男は、黙って書類にペンを入れる。
「ちょっと、なに無視して書いてんの! タケルも何か言いなさいよ!」
「……いや、俺はお前に苦労かけないように騎士団として働けるならどうでもいいけど」
「どうでも……!? あー、はいはい。わかったわ。じゃあ勝手にしたら!?」
ついにジュディは開き直ったようで、わざとらしく大きな音を立てて椅子に座った。主人の客人がいるというのに、行儀悪く脚を組み、不満そうに頬杖をついている。
その態度を見て、タケルは役人の男に申し訳ない顔を向けた。
「では身元保証人になる者のことについて、いくつか質問に答えてもらおう。まずは名前から」
また同じやりとりが始まった。
こういう聞き取りによって公文書が作られている背景を考えると、ヴィクトリア王国ではタケルの中の常識とは違って戸籍制度や住民票などを整備するまでの文明はないことがわかる。
身元保証人になるジュディが不貞腐れたような口調で答える。
「ジュディ」「年齢は?」「……17」「家族構成」「双子の妹が一人」「妹の名前と年齢は?」「知ってるでしょ……」「本人からの聞き取りが規則だ」「ちっ。マリィ、17歳」「これまでの経歴は?」「6歳から王宮でリリシア様の使用人を務めていたわ。今はタケルの使用人」
ジュディと役人のやりとりを聞きながら、タケルは初めて知ることがいくつかあった。
顔や背格好が似ているとは思っていたが、ジュディとマリィは双子の姉妹だったようだ。それに家族と呼べる者はその他にいないという事実も初耳だった。
そういう状況で、本来であればスクールに通う年頃である6歳から王宮に務めている二人には、やはり何かの秘密がありそうだ。
役人の男は書類を書き終わると、次は別の書類と巻き尺を取り出した。
「よし。ではタケル殿、近衛騎士団の団服を仕立てるために採寸をさせてもらってよろしいか?」
役人はタケルの背丈や肩幅、脚や腕の長さなどを測り、またそれを書類に書き記していく。
「十日もあれば団服とコートが出来上がるだろう。その後で正式に就任式が執り行われる手筈になっているが……先ほどのオリビア様のお話では、その前に護衛の仕事があるだろうが、詳細は後日伝える。これはその報酬だ。金貨50枚が入っている。受け取ってくれ」
そう言って、今なおテーブルに置かれていた麻袋をタケルの方へ差し出した。
「き、金貨50枚!?」
その金額にジュディの目の色が変わる。
ヴィクトリア王国における流通貨幣には金貨、銀貨、銅貨の三種類が存在しており、その価値は銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚となっている。
しかし銅貨や銀貨はその性質上、経年によって酸化し表面が黒ずんでしまうが、金貨は変わらない永遠の輝き保っていることから、富の保存という意味合いが強く経済取引に用いられることは少ない。そういう理由もあって、基本的には銀貨と銅貨の二種類が流通しているようだ。
「……金貨50枚って、タケルにどんな仕事させる気!?」
金貨50枚の価値を理解しているジュディが噛み付く。
ちなみに、近衛騎士団の副団長の支度金として王国から渡された給金が銀貨100枚だ。
「オリビア様が仰ったとおり、国境付近にある金山までの護衛だ。その報酬の額については……うーん、オリビア様のお考えは私もよくわからん」
例えば主食である小麦の場合、一人分のパンを作る量が銅貨1枚程度だ。一ヶ月、三十日で換算すると銅貨30枚つまり銀貨3枚となる。
希少である塩や香辛料などが一人あたり三十日分で銀貨5枚ほど、その他諸々の副菜や生活雑貨などを入れても一人あたり銀貨10枚つまり金貨1枚あれば一ヶ月を楽に暮らすことができる。
そのことを考えても、一つの仕事で金貨50枚は破格であることがわかるだろう。
「……メチャクチャね。あのお姫様は」
ジュディが疲れたようにテーブルに項垂れたのを見て、今のうちに自分の仕事を進めようと役人が話を続ける。
「さて、次に移ってよいだろうか」
「まだやることあるんスか?」
「王都シャルルと近衛騎士団についての説明だ。タケル殿はあまりご存じないだろう? 知っていたとしても、説明はしないといけない決まりだがな」
長い話になるのだろう。役人は少し早口で説明を始めた。
「王都シャルルは、今や人口一万人を超える巨大都市だ。近衛騎士団は王族や貴族を護衛するだけでなく、王都の治安を守ることが最大の使命でもある」
「その辺はなんとなく知ってます」
「うむ。騎士団員には自分の持ち場があって、王都シャルルを西区、中央区、東区と三つに区分けしている。近衛騎士団はそれぞれ第一分団、第二分団、第三分団の三つの分団から構成されている」
「それは……知らなかったッス。あ、でもさっきの人が第一分団に所属してるって……」
「そうだ。ここは王都の西区に位置するから、オリビア様の護衛に就いていた者は第一分団の騎士団員だろう。各分団はおおよそ50人程度で組織している。そして三つの分団を束ねるのが、これから近衛騎士団の副団長になるタケル殿と、団長のマシェリィ殿ということになる」
「……改めて考えるとすごい立場ッスね」
「もちろんだ。近衛騎士団は言ってみれば、ヴィクトリア王国におけるその世代の頂点に君臨する者の集まりだからな」
タケルは自分が置かれている状況を再確認するとともに、団長のマシェリィがいかに凄い存在であったのかを思い知らされた。
「それから、既に騎士団の役職を降りた御意見番も存在する。彼らはこれまでの王国に尽くした経験と知識を現役の騎士団に引き継ぐことが仕事だ。タケル殿も王宮内で何人かとは会っていると思うが、覚えていないかも知れないな」
タケルが王宮の裏庭に転移した際、マシェリィと一緒にいた幹部達――歯が真っ白なゴリゴリの騎士団の幹部達の中に御意見番もいたようだが、さすがに覚えていないようだ。
「今後の仕事については就任式の後に詳しく説明があるだろう。まずはオリビア様の護衛が何事もなく終わることを祈る」
ここでようやく仕事が終わった役人は席を立つ。
項垂れていたジュディも、さすがに主人の客人がお帰りになるとなってはしっかりと礼儀を尽くさないといけない。
扉を開け、門まで見送りに出て行った。




