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004 騎士団に入るための準備

 王女オリビアが屋敷の外に出て行ったことを確認したジュディは「あのさぁ……」とタケルに圧をかけて近寄る。にっこりと笑っている顔が逆に恐怖である。


「アンタ正気ぃ!? せっかく近衛騎士団の身分をいただいたのに一歩間違ってたらクビだったわよ! いえ、それどころじゃないわ。アンタと私、二人仲良く牢獄行きか国外追放よ!」


 ほぼゼロ距離まで詰め寄ってジュディは説教を始める。

 ジュディの頭頂部はタケルの顎の位置くらいにあるため、身長差的に真上を見上げる形で喚きまくっている。


「だってさ……」


「だって、じゃないバカ! 奇跡的にお咎め無しだったから助かっただけなのよ!? オリビア様はヴィクトリア王国の第一王女、立場わかってるぅ!? オリビア様が女王として即位されて実権を握られるのはそう遠い未来じゃないの。そうなったら、あの方のご機嫌次第で王国にいる全員の立場がひっくり返るかもしれないの! だからみんなオリビア様のご機嫌を損なわないように気を遣ってやってるの! わかる!?」


 両手の人差し指で耳を塞ぎながら少しずつ後退りするタケルを逃さないよう、ジュディも少しずつ前進する。


「これからさぁ! メイドとしてしっかりアンタを支えて、たくさん人が集まる立派なお屋敷にしようって考えてたの! 近衛騎士団の副団長がどれだけ凄いかわかってる!? 今この王国の一般人の中で上から二番目の身分なの! 貴族だって、王家の血筋がある人よりも近衛騎士団として王家をお支えした功績でその地位を与えられた人がほとんどなの! アンタは貴族になれる、そういう立場にいるの!」


 タケルの胸を拳で何度も叩く。感情的になりすぎたのか、タケルを見上げるジュディの顔は紅潮しており、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「私がどれだけ気を遣って対応してたかわかるぅ!? それなのにさぁ!」


 どんどん前進してくるジュディに押されてついにタケルは尻もちをついてしまう。

 ジュディは倒れたタケルに馬乗りになり、それでも叩くことをやめない。


「ほんと怖かったんだから……」


「……ごめん」


 喚き疲れたのか、息を荒くして下を向いてしまうジュディのことを、タケルは真正面から抱きしめた。


「……ちょっ!? いやっ……なにしてんのよバカ!」


「ジュディ、ごめん!」


「謝っても許すかボケ! てゆーか離せ!」


 暴れるジュディを黙らせるように強く抱き寄せる。


「これからのこと、お前がそんなにちゃんと考えてくれてたなんて……俺、何も知らないから、お前に迷惑かけてしまうかもしれない。でも、ちゃんと仕事頑張るから! だから俺のことを支えてくれ!」


 この世界での常識に乏しいタケルにとって、彼女のサポートは必須だろう。それがわかっているから、ジュディへの感謝が止まらないのだ。


「言われなくても支えるわよ! アンタは主人で私はメイドなんだから!」


「ありがとう……お前と出会えていなかったら、今ごろ野垂れ死んでたと思う」


 心からの感謝であることが伝わったのか、ジュディは落ち着きを取り戻して大人しくタケルの腕の中にすっぽりと収まった。

 気付かないうちに二人はお互いを必要としており、不思議な信頼関係が築かれていた。


「……あの、すまない。そろそろ話しかけてもよいか?」


 王宮の役人が遠慮がちな声で言った。

 この空間にもう一人いたことをタケルとジュディはすっかり忘れていたのだ。

 役人の男は、自分は一体なにを見せられているんだ……と困惑している様子だ。

 そりゃそうだろう。彼にはスクールに通っている子供がいるが、その子と同じ年齢くらいの若い男女の痴話喧嘩なんて見るに耐えない。

 完全に二人の世界に入り込んでいたタケルとジュディは慌てて立ち上がり直立し、恥ずかさで顔が真っ赤に染まった。


「あははは……騎士団に入る手続きッスよね(完全に忘れてた)」


「……始めてもよいか?」


「そりゃもう、どうぞどうぞ! よろしくお願いします!」


 タケルは作り笑いをしながら肘でジュディの脇腹を突く。お前のせいで恥ずかしい思いしただろ、とでも言いたげだ。負けじとジュディも肘で突き返した。

 役人の男はその様子を見て、こんな浮ついた若造に近衛騎士団の副団長を任せて大丈夫なのだろうかと不安になる。 


「……その前に、個人的な興味で聞くのは申し訳ないが、二人は主人と使用人という関係ではないのか?」


 タケル達は役人の言っている意味がよくわからない様子だ。


「少し前に王宮内で噂になっていた最強の戦士、それがタケル殿だということは知っている。拐われたリリシア様を無傷で救った英雄ということもだ」


 男は次にジュディに目線を移す。


「そのタケル殿のところにどうして君がいるんだ。君はリリシア様のメイドだろう? 君がどういう者なのか、タケル殿は知っているのか?」


 役人の男はジュディの素性をよく知っているような口ぶりだ。

 当然と言えば当然だが、幼いジュディとマリィが王宮で働くことになったのが約10年ほど前で、その時には既に彼は王宮の役人として公務に就いていた。彼女らの異質さを知らないはずがないのだ。


「そんなの関係ないじゃないでしょ? 今の私はタケルのメイドとしてこのお屋敷を守るのが仕事なの」


 少し苛立った口調でジュディが答えると、役人の男もそれ以上追求することはなかった。

 二人の会話が気になるタケルだったが、深入りしない方がよいと直感で判断したようだ。


「そうか。すまなかったな、余計なことを聞いて。ではタケル殿、いろいろと書類を作る必要があるため、しばらく時間をいただくがよろしいか?」


 特に用事があるわけでもないし、この手続きを経なければ騎士団として活動できないのだから、タケルは無言で首を縦に振った。


「座ってもよいだろうか。立ったままでは文字が書きにくい」


「あ、すみませーん。気が利かなくてぇ」


 ジュディはわざとらしくワントーン高い声で受け応えをする。役人の男を敵視しているみたいだ。

 感情を逆撫でするようなジュディの態度だが、役人の男も自分の子どもと同世代の彼女に逆上するほど愚かではない。大人の余裕というものが感じられる。


「ははは、どうやら私は嫌われてしまったようだな」


「あの、すみません……!」


「いや、タケル殿が気にすることではないさ。悪いのは私の方だ。では、いくつか質問するので素直に答えてほしい」


 それからは延々と質問が続く。


「まずは名前からだ」


 そこから? と思いながらタケルが答えると、男は質問の答えを丁寧に書き記していく。


「クズ・タケル……です」「年齢は」「20」「家族構成は?」「えっと、俺とジュディの二人です」「これまでの経歴……は、どう書けばよいか難しいな」


 本来なら、何歳でスクールに通い始め、初等、中等、高等教育課程を何歳で修了して、専門教育課程では何を学んだか等を聞く質問だが、タケルに関してはスクールに通ってすらいないので役人も困った様子だ。


「タケル殿は何というか国から、ここヴィクトリア王国へやって来られたのか」


「国? あー、そりゃあニッポンってとこッスね」


「……ニッポン。聞いたこともない国だ。えっと、まあいいか。では、次に身元保証人……これも難しいな」


「なんすか、身元保証人って」


「ん、そうだな……公務に就く以上、王宮へ出入りすることになる。王族と貴族以外が王宮内へ入るためには身元保証人が必要と決まっている。万が一、王族や貴族に害を為した場合、その者はもちろんそうだが、身元保証人となったものも同じ罰を受ける、そういう制度。要するに人質だ。人質といっても実際に身柄を確保するわけではないがな」


「大事な人が人質に取られてたら王宮内で悪い事できないだろうってことッスか?」


「理解が早くて助かる。なので、身元保証人には親や子、夫や妻など関係の深い者を差し出してもらわないと意味がないんだが……」


 これまた困ったことに、タケルにはそのどれにも該当する人物がいない。


「気にすることはない。こういう理由もあって、タケル殿が公務に就くことについては王国議会できちんと審議されていたはずだ。まあ、それもオリビア様の一声で意味のない時間になってしまったようだが……」


「俺には親も子も夫も妻もいないッスけど……」


 そもそも異世界から現れた者が公務に就くことを想定していないのだから仕方がないが、オリビアに振り回されている王宮の役人が少し可哀想に思える。


「アンタには私がいるじゃない」


 主人と客人が仕事の話をしているので、礼儀正しく隅の方で静かに立っていたジュディだったが、堪らずに口を挟んでしまった。


「まあな……というか俺にはお前しかいないけど」


 その言葉を聞いたジュディはドヤ顔で役人の男を見て「だそうよ、お役人さん」と得意げに鼻を鳴らした。

 男はジュディを見て頷く。


「わかっている。公務に就く者との関係をどう書けばよいかを考えているのだ……」


「使用人、じゃ駄目なんスか?」


「それで身元保証人として機能するだろうか。オリビア様が推薦人なのでどうとでもなるのだが……王宮に仕える者として、こういう書類はしっかり作っておきたい。何事もルールはある。例外はあってはならない。まあ、職業病と思ってくれ」


 王宮に仕える役人。しかもローブの裏地が赤色である上院の役人だ。真面目で規律を重んじるお堅い性格というのがよく伝わってくる。


「それじゃあ、どういう関係なら身元保証人になれるんスか?」


「そうだな。親子や夫婦以外、他に親族もないとなれば……婚約者とかだろうか」


 役人の男は話を続ける。


「私の勘違いだったら本当に申し訳ないが、君たちは()()()()関係ではないのか? なんというか、主人と使用人という間柄にも見えないが……」


「……」


 タケルとジュディは絶句したままお互いの顔を見て、少し身構える。そんなこと、考えたこともなかったに違いない。


「……でも、そう書くしかないんスよね?」


「ちょっと待って! 本気で言ってる!?」


 タケルの元に駆け寄りジュディが騒ぎ出す。


「だって、じゃないと騎士団になれないんだぜ? そしたら俺もお前も困るじゃん」


「そうだけどぉ!? わかってるわよそんなこと! でもその書類、リリシア様とかオリビア様も見るんでしょ!?」


「当たり前だ。近衛騎士団は王家直轄、王族の方は全員目を通される」


 役人の男は淡々と答える。ジュディは納得がいかないようだ。顔を左右に振りながら足をバタバタさせている。

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