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003 オリビアの来訪

 久しぶりに熟睡して、すっきりした顔でタケルが目を覚ますと、窓からは気持ちの良い朝日が差し込んでいた。

 昨晩、隣にいたジュディの姿はそこにはなく、掛けていた布も片付けられてなくなっていて、周りを見渡しても人の気配はしなかった。

 異世界にやって来て初めて独りぼっちを感じたタケルは、立ち上がり窓を開け、朝の心地よい風を受けながら、今まで夢でも見ていたようだと黄昏る。

 そうしていると、もはや聞き慣れた生意気そうな声が部屋に響いた。


「あ、もう起きた? ごめんタケル。朝ご飯もうちょっと待って」


 昨日までの町娘のような装いではなく、見慣れたメイド服のジュディの姿がそこにあった。

 王女オリビアを取り巻いていた、これぞ王宮のメイド、という清楚な格好をしたメイド達とは一味違った短いスカートと、芸術的な太ももの露出度を表現した黒のオーバーニーソックス――彼女曰く正装を纏い、少し慌てた様子でジュディが顔を出した。


「もうすぐパンが焼けるわ。昨日、仕込みするの忘れちゃってさ。ほんとごめん、もうちょっと待って」


 笑顔で尽くしてくれるジュディに、タケルはかける言葉を見つけるので精一杯だった。

 自分より年下の女の子が世話を焼いてくれている。それがあまりにも愛おしくて申し訳ない。

 おそらく、まだ空が暗いうちに目を覚まして朝食の準備をしてくれているのだろう。それはタケルが想像する17歳の少女の生活リズムとは掛け離れている。


「ジュディ、ごめんっ!」


「ん、どした?」


「俺、何もしてない!」


「いやいやいや、なに言ってんの。これは私の仕事だから。アンタはアンタの仕事をちゃんとやりなさいよ? 主人のアンタがしっかり仕事してくれることで、メイドの私は生活できるんだからね?」


 ジュディは下手な笑顔で答えて見せたが、彼女が言っていることはかなり真っ当なことだった。

 特別な能力があるわけでもなく、スクールで家政学を勉強したわけでもないジュディは、彼女を雇ってくれる主人がいなければ、ヴィクトリア王国で生きていくのは難しい。

 いわゆる()()()な仕事でなければ働いて金を稼ぐことはできるだろうが、これまで王宮にいた身としてはそれもハードルが高い。

 そういうことを理解しているからこそ、マリィはタケルに彼女をメイドとして雇ってくれないかとお願いしてきたし、ジュディもタケルに感謝しているのだ。


「身の回りのお世話は私に任せて、アンタはこれからのことをちゃんと考えなさい」


 そう言ってジュディは厨房へと戻る。

 タケルは申し訳ない気持ちになりながらも、これから近衛騎士団として働いていくことを改めて実感した。


 そうか、俺が頑張って働かないとジュディも困るんだな……ていうか今までバイトすらしたことないけど、いきなり仕事とか大丈夫か? あっさりクビになったりしないよな……。

 ――と、少し不安になるタケルだった。


 しばらくして、ジュディが朝食を持って現れた。

 例によって主人と一緒に食べるなんてあり得ないと言うが、タケルに説得された彼女は渋々席に着くのだった。

 二人での食事が終わり、ジュディが片付けのため厨房に行っている時、屋敷の門に付けられているドアノッカーを叩く音が響いた。


「お、さっそく王宮の役人がやってきたか」


 出迎えようと立ち上がるタケルだったが、厨房の方からジュディが走ってやってきた。


「あー、待って待って。私がお出迎えするから! 主人は中でどっしり構えてなさい!」


 慌ただしく短いスカートを揺らしながら、タケルに座って待っているよう指示してジュディは屋敷の入り口へと走って行った。


 くっそ、最悪。やっぱり昨日のうちに色々とやっておくべきだったわ……つーか、来るの早すぎなのよ。客室の掃除だって済んでないのに。

 王家直轄、近衛騎士団の副団長を支えるメイドとして、ジュディなりにタケルの地位を考えて行動しているようだ。


「ようこそお越しくださいました。主人はお待ちでございます」


 そこには黒いローブを着た役人の男が立っており、裏地が赤色であることから上院の位にある人物であることがわかる。ジュディは礼儀正しく頭を下げて客人を出迎えた。


 王宮に仕える役人達は王国の行政に携わるため、一般人と違ってその身分が一目で分かるように黒色のローブを纏っている。

 エリートと呼ばれる役人達にも階級があり、ローブの裏地が赤色の者を上院、青色の者を中院、緑色の者を下院と区別しており、王宮内での立場や発言力に影響しているようだ。


「どうぞ中へお入りください。主人はお待ちでございます」


 ジュディは丁寧に対応する。が、役人の男は少し様子がおかしい。


「ご苦労。昨日引っ越したばかりということは承知の上でだが、その……私一人ではないのだ」


 役人が後ろを振り返ると、少し遅れて絢爛豪華な馬車が一台。それを護衛する近衛騎士団の騎馬が約十騎、門の前に到着した。

 役人は困り顔でジュディを見る。おそらくは、本来この男一人で来る予定だったのだろう。馬車の中から現れた人物を見てジュディは仰天した。


「お゛っ、オリビア様ぁ!?」


 緩く巻かれた長い髪とスカートを揺らしながら、ヴィクトリア王国第一王女が馬車から降りてきた。


「ちょっと待って! 昨日引っ越したばかりなのよ? まだ王女をおもてなしできるような状態じゃないわ」


「……すまない」


 役人の男はジュディを気の毒に思うが、彼もオリビアには逆らえない。

 ――嘘でしょ、なにこれ。嫌がらせとしか思えない。なんでオリビア様がやって来んのよ!

 混乱するジュディに向かってオリビアがゆっくり歩いてくる。もう腹を括るしかない。


「……ようこそお越しくださいました」


 オリビアへ深く頭を下げる。その顔はひどく怯えていた。


「あら、貴女がここの使用人なのね。クズ・タケルはお元気で?」


 なに白々しいこと言ってんのよ、昨日会ったばかりのくせに……。


「……おかげさまで、主人は変わりありません。どうぞお入りください」


「そう。失礼するわ」


 王女をお通しする部屋の準備はできているはずもなく、とりあえず居間に迎え入れるしかない。

 ジュディに案内されて、オリビアと役人、それから近衛騎士団の団員達が屋敷の中へと入っていく。


「主人は中にお待ちでございます」


 扉を開けて、オリビア達を迎え入れる。

 まさか王女が来ているとは思いもしないタケルが座って待っていた。


「ご主人様、オリビア姫殿下がお見えになりました」


 タケルに一礼し、顔を上げたジュディが大ピンチであることを目と口パクで伝えようとするが、その前にオリビアが部屋に入ってきてしまい、タケルは驚いて立ち上がった。


「いいお部屋ね。どう、気に入ってもらえたかしら?」


「お、オリビア様!? おはようございます! あ、いや、ありがとうございます! とってもいいお屋敷を準備してもらって……じゃなくて、準備していただいて……」


 畏まるタケルに、オリビアは和やかな笑顔を見せた。

 彼にとってオリビアはメチャクチャな王女様という、あまりよくない印象だったが、自分に向けられた笑顔に胸がドキッと鳴った。

 落ち着いた大人びた顔立ちのオリビアは胸元の空いた華やかな衣装がよく似合っていて、そんな彼女の笑顔はとてつもない破壊力だ。

 タケルも男である以上、綺麗な女性に惹かれてしまうのは仕方がない。


「そんなに固くならずに、気楽にお話ししていいわよ。今日は近衛騎士団の団服を作るための採寸と任命式の日取りを確認するだけだから。そうだったわよね?」


 オリビアの隣で役人が頷いた。

 それだけのことなら王女がわざわざ出てくるな。と思いながらジュディはお茶を出す準備していた。

 王家直轄の近衛騎士団は、国王からの任命を受けてその職務に就く。その任命式を行うためにも、先ずは色々と手続きが必要とのことらしい。


「正式に近衛騎士団として王国のために働いてもらうのは少し先になるわね。任命式までお暇でしょ? だから貴方にお願いがあるのよ。聞いてもらえるかしら」


 王女からのお願いを断る人間がいるはずもないが、タケルは一応お願いの内容を聞いてみる。


「実は、アルカディア王国との国境付近に金山が見つかっていて、少し前から採掘作業は行っているんだけど、地理的な問題もあってどうやら難航しているらしいわ。そこで、わたくしが直々に作業員へ労いの声を届けに行きたいんだけど……道中、わたくしの護衛を務めてくださらない? まだ貴方は正式な騎士団ではないけれど、当然、仕事に見合った分の報酬をお渡しするわ」


 オリビアは役人に目配せして合図を送ると、役人はタケルの目の前に麻袋を差し出した。

 ドサっという重い音と麻袋の膨らみから、相当な量の貨幣が入っているようだ。

 その音を聞いて、お茶を差し出す準備をしていたジュディも振り向くほどだ。


「俺でよければもちろんオリビア様にお供します! あっ……させていただきます!」


 自分が仕事を頑張ることがジュディの生活を守ることに繋がる。そう思ったタケルはすぐに返事を出した。


「あら嬉しい。貴方がそばにいるなら心強いわ。なんといっても最強――なんでしょ?」


 好意的な返事を聞くことができたオリビアは、不敵な笑みを浮かべた。


 各国の支配者達が(ゴールド)を欲しがるのには理由がある。

 通貨発行権を持っている王は金貨を作りたい。金貨があれば、国民を動かすことができるからだ。

 すべての取引や経済活動で使用される通貨をコントロールできる権利こそが、王が王たる所以である。

 そしてそれは、ヴィクトリア王国以外のでも同じこと。ようするに、すべての王は(ゴールド)を探すことに躍起になっているのだ。

 国が保有する(ゴールド)の量が、その国の国力と言っても過言ではない、ここはそういう世界なのだ。

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