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002 ひとつ屋根の下

 幼い頃からメイドとして王宮に仕えてきたジュディは、同じ境遇だったマリィだけが一緒に食事を摂る相手だった。

 もうかれこれ10年以上の間、マリィ以外の人間と食事を共にしたことがなかったジュディにとって、タケルとの食事は新鮮で、少し恥ずかしいものだった。


 自分の食事はあっという間に済ませたくせに、ジュディが食べ終わるまで他愛もない話をしながら席を立とうとしないタケルは、王宮にやって来る貴族の客人とは明らかに違う。そんな彼がジュディには不思議で仕方がない。


 クズ・タケルはヴィクトリア王国の貴族ではない。

 しかし、いきなり王宮の裏庭に現れたかと思うと莫大な燈値(トーチ)の量を王女リリシアに見せつけ、近衛騎士団の騎士団長が瀕死の状態になるまで戦った相手を無傷で倒した。

 その実績もあって、王女オリビアから王家直轄である近衛騎士団の副団長に任命され屋敷まで与えられている。

 貴族ではないにしろ、普通に考えてエリート中のエリート、あっという間に上級国民へ駆け上がったのだ。


 本来、王宮に仕えているメイドはスクールの専門教育課程で家政学を頭と体に叩き込んだエリート達――だがジュディとマリィは違う。彼女らは何も持たないただの使用人にすぎない。

 それなのに、同じ目線で自分と会話をするタケルはこの世界の常識や価値観と違いすぎて、ジュディは彼のことを少し怖いとさえ思った。


 掃除をしていない寝室で寝ることは気が引けるため、食事を終えた二人は王宮から持ってきた家財道具の中から綺麗な布を取り出して、とりあえず今日は居間となる部屋で寝ることにした。


「ご飯は一緒に食べたけど、一緒に寝ようなんて馬鹿なことは、さすがに言わないわよね?」


 部屋は暗く、今はもう窓から入ってくる月明かりだけが唯一の光源だ。その薄明かりの中で、ちょっとだけタケルを睨みながらジュディが言った。


「おい言葉に気をつけろジュディ。俺の倫理がぶっ壊れたらどうする」


「きっも。これからアンタと二人で生活してたら何されるか心配だわ」


「うそうそ。冗談だから安心しろって。ていうかお前も寝る準備しろよ。明日、王宮から役人とやらが来るんだろ?」


 王宮を出る前に、王女リリシアから告げられたことをタケルは思い出していた。

 王家直轄の近衛騎士団とは言っても、就任にあたっては色々と手続きがあるようだった。それでさっそく明日には役人がここを訪れるそうだ。


「だーかーら。私はメイド、アンタは主人。主人が起きてるのにメイドの私が眠れるわけないでしょ」


「そんな決まりがあるのか?」


「決まりっていうか、常識でしょ」


「この世界の常識めんどくせぇな」


 タケルは自分の中の当たり前とヴィクトリア王国での当たり前にギャップがあることを改めて実感する。

 どう考えても異世界、そもそも燈値(トーチ)なんていう魔法みたいな物があるのだから異世界に間違いないのだが、この身分制度のような感じがタケルはなんとも馴染めずにいた。


「……んじゃ、そのままでいいから何か話そうぜ。まだ知らないことばっかりだからさ、色々教えてくれよ」


「え゛っ、早く寝なさいよ……。じゃないと私も寝れないじゃない」


「ほらな。そうなるだろ? だからお前も寝る準備してさ、どっちかが寝落ちするまで話そうって」


 タケルの感覚では何も不思議なことはない。例えば学校の修学旅行や仲の良い友人との旅先で、雑魚寝してどうでもいい話をしながら寝落ちするなんてことはよくあることだ。

 だがジュディにとってそれは不可解な行為だ。主人が休んだ後で今日の仕事を終わらせ、また明日の仕事に備えて眠る。それが当然で、そうでない睡眠を考えたことすらなかった。


「……アンタ、ほんと変わってる」


 ジュディは根負けしたのか、体にかける布を持ってきて眉間に皺を寄せながらタケルの隣で横になった。

 広い部屋の中、手を伸ばせば届く距離に二人並んでいる。


「……いや、さすがに近くね?」


「えぇっ!? 私なんか間違ってる!? てゆーかアンタの言ってることが難しすぎるのよ!」


 慌てて飛び起きるジュディの顔は、月明かりがなくとも赤くなっていることがわかるほど動揺していた。

 タケルは優しく笑って「まあいいや」と言った。


「精神的に参ってた俺を慰めてくれた時よりは離れてるから大丈夫だろ」


「この状況て言うことそれ!? んで、何が大丈夫なのよ!?」


「いいから、いいから。早く休もうぜ。目を閉じて話してりゃあ、知らないうちに寝落ちするさ」


「……はぁ。わかったわよ」


 折れたジュディは再び横になる。しかし、ここは王宮内と違ってたった二人しかおらず、他人の目から完全に遮断された空間だ。

 ジュディには少しばかりの恐怖心が残っていた。

 恐る恐るタケルの方を振り向くと、彼は仰向けの状態で普通に目を閉じていた。

 その姿を見て、安心と少しの拍子抜けの両方を感じ、ジュディも静かに目を閉じた。

 そして暗闇の中、二人は穏やかに話し始める。


「……人生って不思議だよな。まさかこんなでっかいお屋敷に住むことになるなんて思いもしなかった」


「私だってそうよ。アンタがやって来て、一気に生活が変わったわ。変なヤツだと思ってたのに、近衛騎士団の副団長になっちゃった」


「近衛騎士団って、基本的に何すんの? 俺まったく知らないんだけど」


「んー、簡単に言うと王家と王国を守るってのが仕事って感じ。やってることは結構いっぱいあるわね。国王陛下や王女の護衛とか、王都の巡回とか。悪いヤツがいたら捕まえたりとかね」


「王家の人ってのは、リリシア様とか、あのオリビアっていう王女様の他にもいるわけ?」


「そうね。アンタは知らないかもだけど、ヴィクトリア王国の王家はね、国王陛下のローゼン様と第一王女のオリビア様、第二王女のリリシア様……。それに陛下の弟で王国議会のジョセフ議長とご夫人のアンネ様、長男のグロリア様と次男のベロニカ様。とりあえず今の王家の要人はこの人達かな」


「ふーん。その中だと俺はまだ二人しか知らないな」


「そういえば、国王陛下がリリシア様を守ってくれたお礼を言いたいって仰っていたから、お会いする機会はあるんじゃない? そう考えると、アンタって本当にすごいわよね。普通の人が聞いたら腰抜かすようなことやってるって自覚ある?」


「俺も薄々気付いていたけど、やっぱりそういうことだよな」


「そもそも近衛騎士団がヴィクトリア王国側の中から選ばれた超優秀な人達なんだから。その中で騎士団長まで上り詰めた相手をド素人が無傷で倒したなんて意味わかんないし、その上いきなり副団長に任命されてお屋敷までもらって……客室も沢山あるし、厨房も広かったから、最低でも3人はメイドが必要ね」


 ジュディは話しているうちに、どうやってこの屋敷を運営していくかが楽しみになってきたようだ。


「まずはスクールに行ってみて求人を出さないといけないわね。副団長の支度金であんなに貰えるだから、3人くらい余裕で雇えると思うわ。お金の管理は私がやるからアンタは何も心配しなくていいわよ。明日から忙しくなるわね、タケル」


 眠るどころか目が冴えてきたジュディは、瞑っていた目を開き、体を横にしてタケルの方を向く。


「……寝てるし」


 深い呼吸に合わせてリズムよく上下するタケルの胸を見て、一人だけテンションが上がっていたことが急に恥ずかしくなる。

 心の中で「ほんと、よく頑張ってるわ……お疲れ様」とタケルを労い、ジュディも静かに目を閉じるのだった。

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