001 夢のマイホーム
クズ・タケルは、慣れないどころか初めて騎馬し、ジュディと二人で王都シャルルの街をゆっくりと進んでいた。
王都に住む者達にとって、馬はそれほど珍しくない。
近衛騎士団の馬や商人の荷馬車を日常的に目にしているため、人と馬は共存する関係にあった。
石畳の街並みでは、カツカツと蹄の音がよく響いている。
しかし、不器用に騎馬するジャージ姿のタケルはかなり目立っていた。
「早くしないと日が暮れるわよ」
タケルの腕に収まるように座るジュディが、地図を見ながら退屈そうな声を出した。
「静かにしてくれよ、急いだら落ちそうなんだ」
「はぁ? そんなんで近衛騎士団やっていける?」
「知らねえよ。王女様が勝手に言い出したことだろ?」
「でもそのおかげで住む家と可愛いメイドさんが貰えたんだから」
「自分で可愛いとか言うやつが一番危ない女なんだよ」
「あぁ、そこ左! 曲がって!」
「うわっ、急に動くな! 落ちるって!」
聞く人によっては痴話喧嘩のように感じられるだろう。
二人を乗せる馬の顔も、やれやれと言っているように見える。
しばらく時間が経ち、地図と睨めっこしていたジュディの顔が明るくなった。もう少しで目的地に着くのだろう。
露店商も見かけなくなり出歩く人も少ないことから、この辺りは王都の繁華街から少し外れたところのようだ。
だいぶ馬の扱いに慣れてきた頃で、タケルにも余裕が出てきたそんな時だった。
ドンッと荷車に衝撃が加わって、二人を乗せた馬が驚いて一瞬だけ暴れ、それに驚いたタケルがバランスを崩して馬から落っこちた。
タケルの前にはジュディが座っている。落ちる瞬間、何かに捕まろうとしたタケルが彼女の腕を引っ張ったせいで二人して下に落ちたのだった。
だいたいこういうシチュエーションでは仰向けの少女に覆い被さり、際どい体勢になってしまうがお約束。
案の定、至近距離で見つめ合う格好になった二人はドギマギする。
ベタな展開すぎて、荷車を引く馬もいい加減にしてくれという呆れ顔だ。
「ど、い、て!」
顔を赤くしたジュディがタケルを引き剥がそうと腕を目一杯伸ばして抵抗する。
二人がわちゃわちゃしている時、後方で人が駆ける足音が聞こえた。
二人が音のした方を振り向くと、逃げるように走っている人物の手には麻袋が握られていた。
「あぁっ、アレお金! 強盗よタケル、早く追いかけてっ!」
どうやら強盗にあったらしい。
あの麻袋の中には、近衛騎士団に入るタケルに対して王国から支給された支度金が入っている。
「嘘だろ、マジかよオイ!」
立ち上がったタケルは強盗を追いかけて走り出す。
地面を踏み込む足先で燈値を爆発させ、その力を推進力とした超スピードであっという間に追い付いた。
命を取り合う緊迫した実践を経て、タケルは自分でも気が付かないうちに燈値の扱い方が少し上手くなっていたのだ。
その姿を見たジュディは「やっば……」と素直な感想が口から漏れた。本当に最強の戦士になってしまったんだと感心したようだ。
「俺の金返せッ!」
元々クズ人間でパチンコ三昧だったタケルにとってお金は大好物だった。
逃げる強盗の首根っこを掴むと、走っていた強盗は足が絡まって前方へコロコロと転がった。そして、すぐに体勢を取り戻すと土下座をして謝罪した。
「すみませんでしたぁっ! お金は返しますから騎士団のところに連れて行くのだけは勘弁してください!」
「と言われても……俺も一応、騎士団らしいんだけど……たぶん」
「マジですか!?」
狙った相手が最悪だったと後悔しているようだ。驚いて顔を上げた強盗は、10代半ばの少年のようだった。
「カネ返してくれたら許すけどさ。どうしてこんなことしたんだよ」
返事に困る少年を見て、何やらワケありのようだとすぐに気付いた。
「……最近、オヤジが悪いヤツにお金を巻き上げられてて……そいつが家に変な紙切れを持ってきて金返せって言うんだ……」
「だからって人の金を盗んでいい理由にはならないだろ。ていうか、話聞く限りじゃお前の親父さんが単に借金してるだけなんじゃないのか?」
「なんだよ、シャッキンって」
迷いなく言い切った少年を見て、この世界では借金という概念はないんだ、とタケルは気付いた。
「……もういいや。許してやるから行けよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
捕まらなかったことに喜び、少年は逃げるように去って行った。
お金が入った麻袋は返してもらったが、どこかスッキリしない顔でタケルは馬車まで戻った。
「アンタ、ほんとにすごいヤツだったのね!」
「ん、そうだな……」
燈値量が人並み外れていることは知っていたが、本物の近衛騎士団のような動きを見せたタケルにキラキラした目を向けている。そんなジュディに対し、タケルは歯切れの悪い返事をした。
「何かあったわけ? お金は取り返したんでしょ?」
「……いや、なんでもない。急ごうぜ、暗くなっちまう」
何かを隠しているようなタケルの態度に靄がかかったような気持ちになるジュディだったが、夕闇が迫る空を見て何も追求しなかった。
夜になる前に、二人は目的地まで辿り着くことができた。
これから自分の住まいとなる屋敷を見てタケルは絶句した。
大きすぎる屋敷と広い庭、しっかり馬小屋まで付いていて、王都で散々見かけた石造りの家とは明らかに違う。
「いやデカすぎるだろ!」
以前の持ち主はどこかの貴族だろうか。そう思わせるほど大きな屋敷だった。
「さて。とりあえず荷物を整理しましょうか、ご主人様」
「……なんでそんなに楽しそうなんだよ」
「どうせ私は使用人の仕事しかできないし、堅苦しい王宮で働くより、こういう所の方がいいに決まってるでしょ。ほら、さっさと荷物降ろさないと晩ご飯抜きになるわよ」
ぐぅ、とタケルの腹の虫が鳴く。
デイビッド・クラウンの一件があってから何も口にしていないことを思い出したようだ。
門を開けて屋敷の中に入ると、思ったよりも綺麗にしており、使用されなくなってからそんなに期間は空いていないのかもしれない。
それからは、さすが王女の専属メイドだったこともあってジュディがテキパキと荷解きを行い、二人で居間となる部屋の掃除を終わらせた。
客間となる部屋が何室もあるが、そこの掃除はとりあえず後回しだ。
「ジュディ……腹減ってもう動けねえよ」
「そろそろお腹空いてきたわね。それじゃあ、次は厨房の掃除、行くわよ」
「また掃除……」
「そんなに埃まみれじゃないからすぐ終わるわよ」
「だからなんでそんなに楽しそうなんだよ……」
ジュディの言うことに渋々従い、タケルは厨房の拭き掃除をするのだった。
濡れ雑巾で必死に磨きながら、この世界と元いた世界の違いを改めて実感することになった。
厨房では火を扱うため、炉やテーブル、内壁の大部分が耐火性に優れた石造りである。当然、電気やガスがあるはずもない。
電気やガスがないということは、夜になると基本的に真っ暗だ。明かりとなるキャンドルは、蜜蝋や植物由来の油から作られる蝋燭で、この世界においてはかなり高価な物だった。
そこで役に立つのが燈値である。
燈値は、その総量に違いがあるにしろ生まれながら万人が持っているもので、可視化したパチンコ玉程の燈値は、キャンドルと火には劣るものの僅かに発光している。
それを夜空に輝く星のように天井に浮かべれば、光の粒が部屋を優しく照らしてくれるのだ。
一般的に燈値の総量は100前後と言われる中、マリィ曰くタケルはおよそ50,000。
数値の測定方法は曖昧なもので、光の粒をどのくらい可視化することができるかが判断基準となっているようだ。
タケルがこの世界に転移した日、王女リリシアの前で約50,000もの燈値を可視化して見せたことが根拠のようである。
この世界にはシャルル大聖堂のような高い建築技術があり、そもそも王都はしっかりとした都市計画に基づいて作られた人工都市だ。水道技術も発達しており、山の上流から王都に引かれた水道が常に各家庭に供給されている程度の文明は発達している。
ある程度の住環境が整うくらいの掃除が終わった頃は、外にはもう夜空が広がっていた。
燈値という便利な能力で人工的に光を燈すことができるとはいえ、電気エネルギーのないこの世界では日の出とともに起きて働き、夜になると眠るのが基本的な生活リズムである。
すっかり暗くなってしまったので、ジュディは簡単な料理を作ってタケルに提供した。
食卓である長テーブルは、タケル一人が座るには寂しすぎるほど大きい。
メイドとしての立場があるのだろうか、ジュディは一緒に食事を摂ろうとせず、少し離れたところに立っていた。
「なにやってんだよ、一緒に食べようぜ。腹減りすぎて我慢できねぇよ」
「は? 私はメイド、アンタは主人。立場わかってる?」
ジュディが言うように、この世界では当たり前のことだった。使用する側の人間と、使用される側の人間が明確に存在している。
「だとしても一緒に食べた方が絶対美味しいって。というかお前が作ってくれたのに俺だけ一人で食べるのは申し訳ねえよ」
タケルの提案は、ジュディがこれまで培ってきた常識では考えられないことだった。
仕える主人の身の回りの世話をするのがメイドであって、主人とメイドは家族ではない。ましてや食事を共にするなんてことはあり得ない。
「ダメ。私にだってメイドとしてのプライドがあるんだから」
「なんだよ、めんどくせえな……それじゃあ、主人からの命令だ。ジュディ、一緒に食べようぜ」
食い下がるタケルに呆れた表情でジュディは溜め息を吐き「調子狂うわ……」と呟いて自分の食事を持ってきた。
それに満足したタケルは、数日ぶりに食べる食事をあっという間に平らげたのだった。




