015 闘いの代償
ヴィクトリア王国、第二王女リリシア・ヴィクトリアを連れ去った犯人――王家直轄の近衛騎士団、元騎士団長であるデイビッド・クラウンは絶命した。
異世界から現れた最強の戦士クズ・タケルの圧倒的な燈値によって葬られたのだ。
デイビッドの手先として暗躍していた現職の近衛騎士団、副団長ジャック・カエサルは、同じく現職の騎士団長であるマシェリィ・スカーレットとの戦闘に敗れ、身柄を拘束された。
元騎士団長デイビッド、現副団長ジャック。
ヴィクトリア王家直轄の近衛騎士団として長年に亘り公務に就いていた二人は王国の英雄として広く認知されている存在だった。
それが故に、彼らが王女リリシアを誘拐し、未遂に終わったといえ王族や貴族を滅ぼす計画を企てていたという事実は、あの場にいた近衛騎士団から報告を受けた宮中の役人達にとってあまりにも衝撃的なものだった。
デイビッドの亡骸は近衛騎士団によって回収され、王宮に勤める者へ引き渡されたが、その後どうなったかを知る者はいない。
身柄を拘束されたジャックは王都シャルルの外、ヴィクトリア王国の僻地にある牢獄に収容されたようだ。
近衛騎士団からは3名の死亡者を出すこととなったが、何はともあれ、誘拐された第二王女リリシアは無傷で帰還することができた。
しかし彼女は一国の王女である以前にまだ15歳の少女――誘拐された恐怖や目の前でマシェリィが血を流しながら闘っていた恐怖、目の前でデイビッドが命を絶ったという恐怖から、その顔に正気は宿っていない状況だった。
それでもなお、王族として気品ある姿で宮殿内を歩く姿に多くの人は感動を覚えるのだった。
騎士団長マシェリィは、ジャックとの戦闘であまりにも多くの血を流し過ぎていた。
彼女自身と騎士団員達の燈値で止血を行ったことでなんとか命を繋ぎ止めることができたが、今は王宮内の医務室で静かに眠っている。
たった半日程度の間に近衛騎士団を束ねる団長と副団長を失ったことは、今後のヴィクトリア王国にとって大きな問題となるだろう。
王宮に勤める役人や貴族達、そして政治を司る王国議会はこの事実を国民に広がる前に何とか対処しようと慌しい日々を送っている。
一連の騒動から数日が過ぎた。
タケルはというと、目の前で騎士団員の一人が殺されたこと、マシェリィが血だらけになって戦っていたこと、そして自らの手でデイビッドの命を奪ったことが悪夢となって魘され続けていた。
シャルル大聖堂の中にいた時の、やらなければやられるという緊張の糸が解けた今、それまでの現実が一気に襲いかかってきたのだ。
「タケル、いつまでそうやってるつもり?」
ベッドで小さく縮こまり、何日も食事を摂っていないタケルにメイドのジュディが声をかける。
その隣ではマリィが心配そうに彼を見つめている。
人の死というものに慣れていないどころか、これまでの人生で自分が誰かを殺めることなど想像したこともないはずだ。
異世界に転移し、最強の戦士ともてはやされ、気楽に過ごせるとばかり思っていた矢先の出来事に心が追い付いていない。
「タケル君……ずっとこの調子ですね。国賊を討ち取った英雄として、国王陛下が感謝をお伝えしたいと仰っているのに……」
マリィはどうしていいか分からず、ジュディに目線を配った。
昨日、外交から国王と第一王女が外交から帰国した。
不在中に起こった事の顛末を聞いた国王から、ジュディとマリィはタケルと会って話がしたいから連れて来て欲しいと頼まれていたようだ。
それなのにこの有り様で、二人はかなり焦っていた。
このヴィクトリア王国で最も地位の高い存在からの頼まれ事を遂行できずに約一日が経過しようとしていたからだ。
「マリィ。アンタちょっと部屋から出て行ってくれる? 私が何とかするから」
「……大丈夫でしょうか。相当塞ぎ込んでしまっているみたいですから……無理に起こすよりも、今はそっとしておいてあげた方がタケル君のためだと思います……」
「わかってる。いいから、早く出て行って」
「……乱暴はダメですよ、ジュディ」
そう言い残して、マリィは心配そうな目をタケルに向けたまま追い出されるように部屋から出て行った。
マリィの足音が聞こえなくなってことを確認したジュディは、少し不機嫌そうな目でタケルを見る。
「はぁ、まったく困ったやつだわ……ねぇ、タケル。起きてるんでしょ。話、聞こえてるんでしょ。アンタはリリシア様とヴィクトリア王国を守った英雄、それでいいじゃない。何も思い悩む必要ないわ」
タケルからの返事はない。
「王国を脅かす存在は排除する。アンタは当たり前のことをやっただけ。悪いのは近衛騎士団の元騎士団長と副団長。アンタは正義を行っただけ、そうでしょ?」
やはりタケルからの返事はない。
「……まったくもう。メイド服に変な折り目とか付いたら責任とりなさいよ」
そう言って、ジュディはベッドで小さくなるタケルを後ろから優しく抱きしめた。
母親が子供を寝かしつけるような、泣いている子供を慰めるような、そんな無償の愛にも似た行動だった。
ベッドに横になった二人はしばらく無言のまま時間が流れ、そしてジュディが囁いた。
「……よく頑張ったねタケル。ありがとう……リリシア様を守ってくれて。タケルはすごいね。だって、タケルがいなかったら、もっと多くの人が辛い思いをしていたと思う。その苦しみをタケルが引き受けてくれたんだね。本当に、ありがとう……」
タケルの体は震えていており、目に見えない何かに脅えているようだった。
ジュディの優しさに触れたタケルは、ついに口を開くことができた。
「……あの時の感覚が手から消えないんだ。ジュディ……俺、人殺しになっちまった……」
タケルの中に恐怖があるのだと察したジュディは、その恐怖から守るように、少しだけ強く抱きしめた。
細く小さな彼女の体から温もりが伝わり、これまで押し込めていたタケルの感情を解放させる。
気が付けば目からは大粒の涙が溢れ出ていた。
「タケルが思っていることを教えてくれてありがとう。怖かったよね……ゆっくり休んでいいよ。元気になったら、また一緒に買い物しよう」
「……目を閉じると、人を殺した光景がいつまでも浮かんできて……怖いんだ……手にはまだ感触も残ってる。人を殺した感触が……」
「……うん。辛いよね」
「……殺すつもりはなかったんだ。でも、だって、マシェリィは傷だらけで倒れてて、騎士団の人も刺されて……。俺はずっと守ってもらってばっかりで……」
「ねえ、タケル。泣いていいよ。思いっきり。私しかいないから、気にしないで。辛いときは、泣かないと」
ここは異世界――この一件は、ここはそういう世界なのだとタケルに初めて思い知らせた出来事となった。
タケルはジュディの優しさに包まれながら、いつの間にか我慢できずに唸り声を上げて泣いていた。
タケルが落ち着きを取り戻すまで、ジュディはずっと無言で彼を強く抱きしめ続けた。




