013 元騎士団長ーデイビッド・クラウン
「俺は王家直轄の近衛騎士団の騎士団長としてぇ、10年以上も王族、貴族、そして王都シャルルを守ってきた。この仕事は人々を幸せを守る素晴らしいものだと思っていたなぁ……」
その通りではないのか。なのになぜ。と、騎士団員達は息を呑む。
しかし、デイビッド・クラウンは元騎士団長――彼らの元上司ということもあり、誰も反論できないのだ。
「国王陛下や国の要人が外交のため隣国へ出向く際の護衛も務めてきたぁ……近衛騎士団の騎士団長なんだから当然だよなぁ。でもなぁ、王宮の外、王都の外を見たときにわかったんだぁ……俺が守っていた人々の幸せは、他の誰かの犠牲の上に成り立っているんだと」
デイビッドは薄ら笑いを浮かべ、騎士団員達の顔を見渡している。
お前らも気付いているだろう。と言わんばかりの顔だ。
「3年前……まだ12歳だったリリシア様が王都のスクールに通われ始め、俺も何度か護衛に就かせていただいたぁ。王族の立場でありながら、平民と分け隔てなく学び、遊び、差別も偏見もなく過ごされ、そして神のように凛々しく美しい姿を見た時に気付いたんだぁ。聖女は存在したんだとぉ……」
天を見上げ、両手を広げて何かを感じとっているのだろうか。
シャルル大聖堂の最深部――絢爛なステンドグラスからは模られた聖女がデイビッドに微笑みかけているようだった。
「このお方の立ち姿を見ろぉ。彫刻のような美しい顔ぉ、全てを包み込む優しい瞳ぃ、ここにいらっしゃる方は僅か15歳の少女かぁ? 違うよなぁ……我々が求めた聖女だぁ。可憐だぁ、美しいぃ、くかかかか」
ビクッとリリシアの体が強張る。
誰も何も言えない。
ただただ、デイビッドの演説を聞くしかない。
しかし、彼の話を理解する者はいない。それほどにぶっ飛んだ話だった。
「この国に蔓延る王族と貴族を消し去りぃ、聖女を崇め讃え統治する。それが人々の幸せだよなぁ? それが俺にはできる。この国で一番強い存在だからだぁ……。しかし、1年前、王都のスクールでこの女を見つけた時、俺は生まれて初めて怖いという感情を覚えた……。この女の圧倒的な才能と強さを見た時から考えていたんだぁ、どうやって始末するかをなぁ」
マシェリィは歯を食い縛り睨みつける。
それは王女を助けることができない己の無力さによる歯痒さだろう。
その歪んだ顔を見て、デイビッドは嬉しそうに口元を緩ませた。
「くかかかか。全部教えてやるよぉ。当時の俺は騎士団長という立場上、スクールの生徒だったお前を殺すような下手な動きはできなかった……だから、俺がお前を近衛騎士団の長に指名したぁ。文句を言う貴族連中は誰もいなかった。お前が最強だって話は王都中に知れ渡っていたんだから当然だよなぁ。お前が騎士団長になればぁ、王国のために戦った末に死んだ、という筋書きが簡単に作れるから好都合だった。そして先日、国王と王女が他国への外交に出向く際、どうしてお前が護衛に就かなかったかわかるかぁ?」
彼の意図するところがわからないマシェリィは口を開くことができない。
「団長、覚えていますか。新たに就任した団長には王族、貴族との顔合わせをしていただきたい。王宮内の造りもいち早く覚えていただきたいので、護衛は別の者に行かせましょう。と、貴女に言ったのは私です」
デイビッドの問いに副団長のジャックが答える。
「くかかかか。そういうことだぁ。王都の外に出て、何度も実戦を積みさえすれば、お前は正真正銘の最強になっただろうが……そうなる前だったから、お前はジャックに負けた――だってお前、人を殺したことないだろぉ? くかかかか。俺達は王国のために何度も何度も人を切ってきたぁ。最強であるはずのお前が負けたのは、その経験の差だ」
そこまで言い終えたデイビッドは、マシェリィから視線を逸らし、固まって動けないでいるタケルの顔を凝視した。
タケルは騎士団員達に前後左右を守られているため、心のどこかでこの状況を他人事のように俯瞰して見ていた。
どうせ自分は関係ない、なんだかんだ言っても傍観者だと思っていた――が、違う。
自分の命が狙われている。
デイビッドの目を見てすぐにそれを理解した。
「俺とジャックはこの女を殺すタイミングを見計らっていた。なのに、お前が現れたせいで俺達は計画を中断せざるを得なかった……。最強の戦士ぃ? そんな馬鹿げた話があってたまるか―――くかかかか。だが、それもジャックがお前と剣を交えてすぐに杞憂だとわかった。なぁ、最強の戦士。お前はこの女以下だぁ、ただの素人ぉ、くかかかか。ジャック――殺せ」
デイビッドの乾いた笑いと合図で、ジャックはタケルを目掛けて突っ込んだ。
瞬時に燈値を具現化させ、大剣を振りかぶる。
それは、訓練場で交わしたレプリカとは似て非なるもの――タケルの細い胴など簡単に真っ二つにしてしまうだろう。
「タケル殿を守れッ!」
騎士団員達は守りを固める。
当然だ、彼らは近衛騎士団であり、タケルは一般人。
タケルを守ることは彼らの責務である。
「ジャック副団長、どうして貴方と戦わなければならないのですかッ!」
「人々の幸せのためだ。それが力ある者に課せられた使命だろ?」
ジャックの大剣が騎士団員達の剣を軽々と砕き、破られた燈値が儚げな光の粒子となり散っていく。
天から七色の光が降り注ぐシャルル大聖堂――タケルは、ジュディが言っていたことを思い出していた。
シャルル大聖堂は頭のおかしい連中が出入りするような場所。その意味がなんとなくわかる。
元騎士団長のデイビッドも、副団長のジャックも、何かに取り憑かれている。
タケルはただ守られているだけ。
怖い。という感情に体が支配されて動くことができない。
マシェリィもタケルと同じだった。
自分は最強であると自覚しておきながら、初めて体験する命の取り合いの前ではまるで無力――やらなければ、やられる。それがわかっているのに、動けないのだ。
「……タケル、さん」
マシェリィは最後の力を振り絞り、ヴィクトリア王国近衛騎士団、騎士団長としての誇りに賭けて足を踏ん張る。
ここには元近衛騎士団の騎士団長と現役の近衛騎士団員、それに一般人のクズ・タケルしかいない。
たった一人の一般人を守れないなんて、近衛騎士団が務まるものか。
己の止血のために燈値を使っている場合ではない。剣を持て。例えそれが、僅かな期間とはいえ仲間だった者を切ることになろうとも――。
細い腰からヴッと血が吹き出す。
19歳の少女、歴代最強の騎士団長が意地を見せて立ち上がった。




