011 第二王女ーリリシア・ヴィクトリア
それは、誰が見ても一種の宗教的建築物であると理解できる異形な存在感だった。
遠目からでも明らかに他の建造物より巨大であり、この世界の文明、技術、財を集約した重要施設だということがわかる。
その外観に、タケルは王宮と少し違った雰囲気を感じたと同時に、誰かに手招きされているような、無意識に引き寄せられるような、そんな感覚になる。
「荷物もあるし、ここからだとちょっと遠いな。いつか行ってみようぜ、ジュディ」
「まあ、行ってみる程度なら付き合ってあげるけど。あまり感じのいい場所じゃないわよ? 私の中では、なんていうか、ちょっと頭のおかしい連中が出入りする場所って印象があるわね」
「不良の溜まり場的な?」
「んー、そんなんじゃないけど……。実際に見てみないと伝わらないと思う」
なにやら訳アリという雰囲気に、タケルはますます興味が湧いてくる。
不良の溜まり場なら近寄らない方が賢明だろうが、そういうわけでもなさそうだから直接この目で見てみたい。
シャルル大聖堂という異世界っぽい響きも相まって、彼を惹きつけているようだ。
「また外に出るときに誘ってくれよ。この世界をもっと見て回りたいしさ」
「はいはい。んじゃ、戻ろっか。荷物も多いし」
思ったより長時間かけて散策していたようで、タケルとジュディが王宮へと歩き出す頃には、王都のスクールに通う生徒達が帰宅する時間となっていた。
ちらほらと、それらしき服装の若者が王都の街を歩いているのが目に止まる。
生徒達はブレザースタイルの制服をしているため、見た目で学生だということがすぐにわかる。
十代半ばくらいの年齢だろうか、タケルの感覚では中学生くらいの生徒達とすれ違う際、彼ら彼女らの話を盗み聞きするつもりはなかったとはいえ、あまり気分が良いとは言えない会話が耳に入ってしまった。
「あの王女様マジで邪魔だよな。なんで王族がスクールに通ってんだ、一般人バカにしてんのかよ。しかも大して成績も良くないのウケるよな」
タケルは歩く足を止め、振り返り彼らを目で追いかけてしまう。
「それなー。剣の実技でも王女様相手に本気でやれるわけないじゃんね。怪我させたらアタシらどうなんの? 逮捕されるとか? アハハハ」
固まって体が動かなくなるタケルを他所に、ジュディは淡々と歩を進めているが、生徒達の声が耳に届いていないわけではないだろう。
おそらくスクールの生徒らは今すれ違ったメイドが王室に仕えている者とは気付いていないし、周りを気にしながら会話をするほど成熟した年齢でもない。
「第二王女だから王国のこととかどうでもいいんだろ、きっと。楽でいいよな、スクールを出ても仕事しないで税金で生きていくんだろ?」
彼らが言う王女様というのが、リリシア・ヴィクトリアであることは察することができる。
タケルにとってリリシアは、直接世話になったわけでもないし、会話を交わしたのもほんの少しだけという希薄な関係でしかない。
しかし、異世界に来て以来、これまでずっと自分が世話になっているジュディとマリィが仕えている主人であることは知っている。
そのリリシアに対して、中学生くらいの子供が陰口を言っていることが、胸をチクリと刺された感覚になったのだろう。
「タケル、行くわよ」
ジュディの冷めた呼びかけが余計にタケルの胸の内を逆撫でする――お前は気にならないのかよ、とでも言いたげな顔だ。
だが、もともとクズ人間だった者に、自ら何かの行動を起こすという選択肢はない。
20歳のタケルから見て生徒らはせいぜい15歳程度の子供。
そんなガキに対して何かを言う義理があるわけでもないが、何かを言いたい。しかし言えない。
「いいのかよ。お前の主人のことだろ」
「は、何の話?」
「いや……だって」
もじもじとして核心をつかないタケルの姿に、ジュディは眉間に皺を寄せる。
「荷物重いし、早く帰るわよ」
タケルが何を言おうとしているのか彼女も察しがついているのだろうが、リリシアの専属メイドである彼女が何かを言えるはずがない。
専属メイドの言動のせいで、スクールでの主人の立場に影響が出てしまっては言い訳もできない。
王宮内では横柄な態度を取る彼女も、一歩外に出ると場をわきまえて行動しているのだろう。
それから二人は会話なく歩き始める。
王宮を囲む塀に取り付けてある大きな門に近づいた頃、ジュディがやっと声を発した。
「何かあったのかしら。ねぇ、タケル。ちょっと様子がおかしくない?」
おかしい、と言われても普段の王宮内のことをよく知りもしないタケルは無言を続ける。
しかし言われてみると、門の前には人だかりができており、そこにいる者の服装から貴族や役人達が集まっていることがわかる。
「ジュディ、探していた! どこに行っていたんだ!」
王宮に仕える役人の男性が、帰ってきたジュディを見つけてすぐに駆け寄る。
血相を変えた表情から、只事ではないことが窺える。
ほんの少し前まで、タケルを見ると興味深く見つめていただろうが、今は彼が目に入らないほどの緊急事態であるようだ。
「リリシア様がスクールからの帰宅途中に何者かに襲撃され、連れ去られた!」
その言葉をジュディはすぐに飲み込むことができなかった。
「騎士団長と副団長が二人で跡を追っている。奇襲とは言え近衛騎士団の護衛を掻い潜っての犯行を考えると、特殊な訓練を受けている者、あるいは他国の謀略というの可能性もある……!」
少し間を開けてようやく理解が追いついたのか、ジュディは怒りを露わにして荷物を叩きつける。
せっかく調達した食料や香辛料がその場に飛び散った。
「はぁ!? 護衛の騎士団は何してたの!?」
彼女の豹変ぶりにタケルはびくりと体を震わせ、一歩後退りしてしまう。
「騎士団の数名はかなり深い傷を負っている。明らかな殺意を持っていると見て――」
「ふざけるなクソがッ! マリィはどこ!?」
役人の話を遮ってまでジュディは声を荒げる。
彼女の声に気が付いたのか、人だかりの中からメイド服の少女が顔を覗かせる。
そのメイドがマリィであるとわかったジュディが駆け寄ろうとすると、普段は自信がなさそうで声も小さなマリィが「ジュディ、待ってください!」と声を張った。
駆け寄るジュディを制し、マリィの方から近づいてくる。
かなり緊迫した様子で、タケルの姿はマリィの視界に入っていない。
「ジュディ、落ち着いて……動かないで……。たぶん、見ない方がいいと思います」
タケルが野次馬のように集まる貴族や役人の群れに目をやると、彼らの目線の先には大きな血溜まりと人が倒れている状況が確認できた。
現場はここ、王宮に入る門のすぐ目の前――あと数歩進んでいたなら安全な王宮の中だったのに。いや逆に、そういう気の緩みがあったからこそ、王女は襲われたのかもしれない。
そしてもしかすると、すぐそこに見える血溜まりは王女が流したものである可能性もある。
それがわかっているから、マリィはジュディを制したのかもしれない。
タケルは頭が真っ白になる。
え、なにこれ。異世界って楽しい世界なんじゃないの? 何も苦労することなくて、ご都合主義で、俺TUEEEってだけやって、いつの間にかハーレム作って……そうじゃないの?
ほら俺、最強の戦士じゃん。騎士団の皆さんと互角に戦えるレベルだったじゃん。
……無理。血とかフツーに見れない。怖い。
王国に危機が訪れる時、最強の戦士が現れる――リリシアが言っていた言葉がタケルの脳裏に浮かぶ。
「タケル殿、探していました! どうか我々に力を貸して下さい!」
騎士団の服装をした男性が数人、タケルを見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
ああ、やっぱりそういう展開なのね。と、タケルは震える足にグッと力を入れる。
騎士団員達の声に、周りの視線が一斉にタケルに向けられる。
「タケル君……」
マリィもようやく気付いたようだ。
タケルは思う――異世界に来て、最強の力が覚醒して、拐われた王女様を助けるなんて、そんなベタベタな展開あるかよ、怖えよ。
「タケル……私からもお願い。リリシア様を助けて」
「タケル君……お願いします。どうか、リリシア様を……」
しかも美形のメイド二人が上目遣いで助けを求めているっぽい。
今まで誰かに必要とされたことなんてないクズ人間だったけど、ここで腹括らなかったらずっとクズのままだ。
タケルは覚悟を決めて騎士団員の前に立つ。
「騎士団の皆さん、行きましょう。場所はわかってるんスか?」
「タケル殿……ッ!」
タケルの実力を認めている騎士団員は感涙する。
「振り落とされないようにしっかり掴んでいて下さい!」
タケルは持っていた荷物をジュディに渡す。
覚悟の決まった彼の顔を見て、ジュディとマリィは静かに頷いた。
騎士団員の一人がタケルを馬に乗せると、約十騎が連なって走り出す。
向かう先は――シャルル大聖堂。




