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第02話 父の与太話

「ミツル、いつまでも起きていちゃダメよ。明日は早いんだから」


 母は自分の息子がまだ寝てないことに釘を刺し、台所に立って夕飯の跡片付けを始めた。水道水がシンクを叩く音が聞こえる。


「わかってるよ」


 大震災から明日でちょうど四年経つ。眠れない俺は、リビングのソファーに座ってテレビを見ていた。

 目の前のテレビでは、その四年という時間の経過を前に、有識者が被災地の現状を語る番組が放送されている。チャンネルを変えても、当時の津波の映像だとか、鎮魂や追悼を行うようなものしかやっていない。正直うんざりする。


 各局示し合わせたかのように、毎年毎年過去を掘り返し、明日という日をめがけて、傷口をえぐるような映像が流す。被災者がどういう気持ちで見ているかなんて、視聴率が取れれば知ったことではないんだろう。


 映像と共に忘れかけていた記憶が呼び起され、気持ちが沈む。未だに癒えることのない心の傷。あの日から止まったままの時間。


 こんなものばかり見ていても見ていても寝れないな。と唯一、全く関係のない番組を放送していたチャンネルを見つけた。父の帰宅を知らせるチャイムが鳴ったのは、そんな時だった。


 リビングに入ってきた父は、「ただいまー」と一言。いつものように、上司との食事に行っていたことを感じさせない足取りで荷物を置き、ソファーに座る俺の隣に腰かけた。


「おかえりなさい。今日は早かったのね。お仕事のお話はどうだったの。本社の人が来るっていうことだったじゃない」


 母は台拭きでテーブルを拭きながら父に話かけた。


「まあ大体想像通りだよ。五年も経って本社が落ち着いたから、また海外に行ってくれないかと打診された。


 断る理由のないから、その方向で進めて欲しいと快諾したよ。


 すっかり今の生活に慣れちゃったからなあ。少し気が重たいけど、海外回るは嫌ではないし、お母さんとミツルは俺がいない方が気が楽だろ」と、皮肉交じりに笑顔を見せる。


「そうかもしれないわね」


 母は喜びを頬に浮かべる。


「なんだ、母さんと違ってお前は嬉しくないのか」


 父は俺に向かってそう言うと、「コーヒーを入れて欲しい」と、母に一言声をかけた。

「いや、ほら。明日はさ…」


 と言葉につまる俺。


「…まあそうか。そうだな。」


 そうして二人して沈黙し、ぼーっとテレビを見ていると、母がコーヒーを手にやってきた。


「ミツルにはもう言ったけど明日は早いんだから、お父さんも早く寝るのよ。

 ヒカリちゃんはもういないけどね。星川さん、ミツルと会えるの楽しみにしているんだから。

 先に寝てるわね。」


 ヒカリ。星川光莉(ほしかわひかり)は、前まで住んでいたマンションの隣に住んでいた幼馴染だ。


 今はもういない。


 余計なことをいう母に、「ああ、大丈夫だ、早く寝るよ」と、父はけだるけに手を振った。


 リビングを立ち去る母を横目に、父はカップを手に取り、一口啜った。


「ミツル、何年か前、オーストラリアの出張帰りに、お前にやったやつ覚えているか」


「うん」


「成人式を終えたわけだし、一つの節目として昔話をしよう」


 口元からカップを離し、思い出したかのように父は語りだした。


「あの、首飾り?ネックレスかな。

 いつも、ああいったお土産は衝動買いしちゃうんだが、あれだけはちょっと、変わった経緯で手に入れたものなんだ。」


 父は思い出したかのように頷いて、ニヤリと笑った。


「当時、売店に入ってしばらく、お土産を見ていた俺は、突然一人の店員らしき婆さんに呼び止められた。

 日本人ってのは無知でカモにしやすいからな、別に声をかけられること自体は珍しくないんだ。例に漏れず、俺もそのタイプだしな。

 すると婆さんがはこう言ったんだ。


『我らアボリジニは皆、同じ夢を見る。夢で我らは常につながり続けている。死ねば皆、夢に還り、生を得るものもまた、夢から生まれる。あなたの傍にいる子供たちからは、その夢に繋がる運命を感じる。これを持って行くと良いだろう』って。


 急にそんなこと言われたもんだから、うろ覚えだけどな。そういう感じの話をされた。さらに懐から何かを取り出して、俺に握らせたんだ。

 握った手を開くと、そこには値札のつけられてないネックレスが二つ。

 いきなりのことで唖然としていたら、いつの間にかその婆さんはどこかに消えてしまってた。

 近くの店員にそのことを話しても、そんな婆さんのことは知らぬ存ぜぬで、狐につままれた気持ちになったよ」


 俺はそうだったのかと思い出していた。父がネックレスを買ってきたと知った時、確かに不思議に思っていた。こういうものを選ぶセンスがあったのかと。


 一息ついた父は、天井を仰いだ。


「別に信心深くなれっていう話じゃないぞ。俺は神様仏様はあんまり信じてないからな。

 でも、あの時の不思議な出来事は妙に俺の記憶に引っかかった。

 夢だとか繋がりだとか。もしかしたら何か意味のあるものなんじゃないかと。そう思ったから俺は、そのネックレスを近しい子供、お前とあの子の二人にあげたんだ」


 父は俺に顔を向けた。俺も反射で父を見た。


「幸いにも、あの子はまだ見つかってない。生きている、なんて非現実的なことも言わない。

 でも、あの奇妙な婆さんとネックレス、それをお前たちにあげたことは、偶然ではないと思っている。あの変わった婆さんの言葉も気になったしな。

 個人的に調べたら、ドリーミングっていう土着の考え方がオーストラリアの先住民にはあるらしい。

 根拠はないんだけど、今もお前とヒカリちゃんは、何かの縁で繋がっている。あの日からずっと、そう思っているんだ」


 父が目を落とす。


「ま、急にこんな話をされてもって感じだと思う。気休め程度だけど、元気出せよって、それだけ言いたかったんだ。冴えない顔してるしな」


 それは父なりの気遣いだったのかもしれない。不器用なりに俺を励まそうと思っているのだ。


「…ありがとう」と、ぎこちなくお礼を言った。


「俺はシャワー浴びたら、すぐに寝るぞ。明日は五時くらいに出るから、寝坊しないように、お前も早めに寝るんだぞー」


 そう言って立ち上がった父は、浴室へと消えていった。

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