青い瞳
ちょっとずつ短めのエピソードを連ねていこうと思います!
改札を抜けた瞬間から、もう嫌だった。
ホームに着く前から、警笛の音がうるさくて頭に響く。
帰りたい、でも乗りたくない。
何度頭の中で繰り返しても状況は変わらない。
駅のベンチに腰を下ろして、上原うえははスマホをいじるふりをして、ただ次の電車を待っていた。
肩が痛い、首も痛い。ついでに胃も痛い。
しかめっ面でコンクリートの壁を見上げていると、突然視界に白いワンピースが映った。
更に目線を上げると、青い目と、いたずらっ子みたいな笑みがあった。耳の小さなピアスが、光を乱反射させてキラキラしている。
………誰?
「うえは!うえはだよね!?」
大きな声に、私は慌てて周りを気にする。視線が、集まっている気がする。
それもそう。目の前の女の子は白人で背が高く、目鼻立ちもくっきりしている。それに白いワンピースは丈は長めだが肩が丸出し。その上美形とくれば、他人の視線も集めてしまうというもの。
その時、私の中に、昔の記憶がチラついた。青い瞳に、キラキラした星のピアス。やたら私に懐いてた女の子。でも、名前が思い出せない。
「あたしだよ!ジュナ!忘れた?」
目の前の子、ジュナが私の目を覗き込んでくる。私はびっくりして、反射的に目を逸らした。
ジュナ…確かにそんな名前だった気もする。
「ごめん、いつの話だろ?」
私が言うと、ジュナはあからさまにガッカリして見せた。
「保育園!あたし、うえはのこと好きだったんだけど!あ、今も好き!てかオトナになったね!?」
いや、情報量多いな。
私は疲れ切った頭で考えることもできず、とりあえずこの場を乗り切ろうと考えた。
「あー、ごめん、今疲れてて。今度連絡してくれる?」
「え!せっかく会えたのに?疲れたなら助けてあげる!あ、電車来たよ!」
ゴォー、と電車の音が近づいてくる。私は大きな声を出す気力も無く、ジュナに引っ張られながら電車に乗った。
そして、なんとジュナは、家まで着いてきた。
「…男なら通報してるが?」
私が住んでいるのは、マンションの三階。その入り口で、私はジュナを見ている。
「女だからおっけーだねー!」
そ、そうかも。
私はジュナの迫力に負け、自分の部屋に彼女を招き入れた。人を招けるくらいの綺麗さは保っている、はず。
いや、そんなことは無かった。テーブルに昨日一昨日の夕食の跡がある。スーパーで買ったお惣菜を、そのままパックで頂いた跡が。
「うえは、ここに住んでるの?いいにおーい!」
いい匂い?なにが?
そんな疑問を聞く気力もなく、そして何故かジュナを追い出す気にもなれず、私は冷蔵庫からビールの缶を取り出す。
「うち、なんもないよ。近所にコンビニあるし」
ビールの缶を開けると、プシッと音がした。
「ビールなんか飲むようになったんだぁ」
そりゃ、保育園児の記憶とはだいぶ違うでしょうよ。私はビールをぐいっと飲み、のどの奥を通っていく感覚を楽しんだ。
「あぁ…終わった…一週間」
ビールを片手に、部屋に置いた座椅子へ腰掛ける。ふとジュナが目に入り、声を掛ける。
「好きに座っていいよ」
「ん!ありがと〜」
そう言いながら、彼女は部屋を歩き回って、時に変な動きをしていた。何をしているのかと思えば、突然「カシャッ」とシャッター音が聞こえた。
「え」
私の口から出たのは、本当に意味不明な時に出る、無意味な単音。
ジュナは重厚で本格的なカメラを手に、すごく嬉しそう。
「いい画が撮れたよ!見る?」
そう言いながら、ジュナは隣に座ってきてカメラのモニターを私の目の前に出してきた。まだ見るって言ってないのに。
モニターには、疲れ切った社会人が写っていた。
「これが…私…」
「うん!疲れた感じがセクシーでしょ?」
「え、どういう理屈」
身の危険を感じて、ジュナから体を離す。そしたら離した以上にくっついてきた。
「好きな人の弱ってる姿ってセクシーじゃない?」
「………」
だめだ、この子は危ない子かもしれない。悪いが出ていってもらうことにしよう。
「そういう気持ちがあるなら、帰ってくれる?」
「わーん!ま、仕方ないか」
ジュナはサッと立ち上がる。この切り替えの早さ。
「また来るね!」
彼女は私の返事も待たず、部屋を出ていった。いきなり静かになった空間で、私はぽつんと取り残された気分になる。
なんだったんだろう…。
彼女は一時の嵐みたいだった。もしかしたら仕事に疲れすぎて見た幻かもしれない。
うん。そういうことにしよう。
私は静かな部屋で、次のビール缶に手をかけた。




