7. 町に行く話
翌朝、私は寝坊せずに畑にいた。
家を出るとき、『町へ行くのにさすがにその格好では……』ということで、奥さんが服を貸してくれた。
しかもお昼にとお弁当まで持たせてくれて――
かわいい花柄のワンピースに、手にはお弁当の入った小さなカゴ。
見た目は完全にピクニック状態。
少しして、おじいさん――ではなくて、筋肉質で長身の男性が荷車を引いて現れた。
「寝坊せずにきたか」
「お、おはようございます」
おじいさんが来ると思い込んでいたから、挨拶がちょっとぎこちなくなってしまった。
「おはよう。昨日はおやじが世話になったな」
あー、おじいさんの息子さんか!
たしかに、顔がちょっと似てる。
「今日は野菜を町へ売りに行く。野菜のカゴを荷車に載せたらすぐ出発だ。手伝ってくれ」
「わかりました!」
服が汚れないように作業用のエプロンをして、私は納屋から荷車へ次々と野菜のカゴを移した。
「よしっ、これで全部だな。それじゃ行くか、と、その前にこれを。アミュレットだ」
息子さんがペンダントのようなものを渡してきた。
チェーンの先に小さなクリスタルのような緑色の石が付いている。
とってもきれい。
「忘れずに首から下げておいてくれ。お守りだ。なくすなよ」
言われた通り、私はアミュレットを首から下げた。
聞くと、これは魔物除けのアミュレットなんだそう。
村と町とを行き来するとき、道中で魔物に襲われないために必ず身に着ける必要があるんだって。
大変高価なもので、この村には3個しかないらしい。
そんな高価なもの、絶対になくせない!
「かなり高レベルの魔道具だな。装備した者の周囲に魔物除けの結界が張られる仕組みのようだ」
腰に付けたステッキがアミュレットについて教えてくれた。
「へー、これって魔道具なんだ。で、魔道具ってなに?」
「魔道具というのはだな――」
魔道具は《あらかじめ魔力が込められた魔道具》と《使用者の魔力を使う魔道具》がある。
魔力が込められた魔道具は、魔法使いじゃない人でも魔法を使ったみたいな効果を得ることができる。
このアミュレットは前者。あらかじめ魔力が込められてるやつ。
ちなみにステッキは後者らしい。
けどちょっと特殊で、内部に蓄えた魔力で自由に動けるけど、魔法の発動には使用者の魔力が必要なんだって。
「それじゃ行くぞ。お前は荷台に乗れ」
息子さんが荷車を引く準備をする。
「荷台に乗ってていいんですか? 後ろから押すとか」
「なーに、この程度の荷物なら俺一人で十分だ。ついでに荷台の野菜が落ちないように見張っててくれ」
「わかりました」
私は荷台によじ登ると、野菜カゴの隙間に座り込んだ。
「乗りました!」
息子さんに声をかけると、荷車がゆっくりと動き出した。
舗装されていない道を荷車が進む。
荷台に乗った私は、野菜が落ちないように見張る係をがんばっていた。
とはいっても、カゴは深いからまず落ちないんだけど。
「町まではどのくらいかかるんですか?」
「そうだな、このペースなら昼前には到着するだろう」
息子さん、かなりガタイがいい。
野菜と私を乗せた荷車を軽々と引いていく。
本当は荷車を引く家畜がいたんだけど、例の魔物に襲われて――
だから今は息子さんが荷車を引いて町に野菜を運んでるんだって。これはなかなか大変だ。
魔物も家畜もなんとかしないと。
荷車が小高い丘の上に差し掛かる。
私はふと荷台の上から周りの景色へと視線を移した。
そこには丘陵が広がっていて、さらにその先には広大な森が見える。
「なんか、すごいところにきちゃったな……」
なんて独り言を言っていると、大木の下で荷車が止まった。
「よし、ここらで休憩するか」
道の側にある大木の陰。
町に向かうときは、いつもここで休憩してるんだって。
お腹が減ってたから、奥さんが持たせてくれたお弁当を広げる。
お昼にはまだちょっと早いけど、朝食も早かったしね。いいよね。
「いっぱいあるんで、よかったらどうぞ」
「お、わるいな」
奥さんが作ってくれたお弁当。
細かく刻んだ野菜をドレッシングで和えたものがパンに挟まっている。
サンドイッチみたいな料理。
「ん! おいしい!」
「うまいな」
結構量があったのに、二人であっという間にたいらげてしまった。
お弁当タイムが終わり、そのまま草の上に横になる。
お腹いっぱい……あ、寝そう……。
「よし! そろそろ行くか!」
息子さんの声に、ハッと目が覚める。
ちょっと寝ぼけた頭でお弁当を片付け、よいしょと荷台に乗る。
そして、私たちは再び町を目指した。
◇
遠くに大きな壁が見える。
あれが町の外観らしい。
へー、もっと普通っぽい町を想像していたけど、とっても頑丈そう。
町に近づくにつれ、道が徐々に混み始めた。
私たちと同じく町へ向かう人たちが他の道から合流してきている。
大きな荷物を背負った人や、ロバみたいな動物に荷車を引かせている人。子連れの人もいる。
ちょっと混雑した道をさらに進み、私たちは町の入り口へ到着した。
入り口は門になっていて、数名の番兵が立っていた。
門には長蛇の列。
息子さんが言うには、町に入るためには番兵の許可がいるらしい。
私たちも行列の最後尾に並ぶ。
しばらくして、私たちの番。
「見ての通りだ、俺たちは野菜を売りに来た」
息子さんが親指で荷車をさす。
荷台の野菜カゴと、その隙間に挟まる私をじろじろと見る番兵。
番兵と目が合いそうになり、つい目を逸らす。
やがて、
「うむ。よし、通れ」
番兵のぶっきらぼうな許可を合図に、再び荷車が動き出す。
薄暗い門をくぐり抜けたその先は、石畳の続く目抜き通りになっていた。
「わぁ!」
思わず声が出た。
たくさんの人、すごい活気!
通りに沿って石造りの大きな建物が並び、露店も出ている。
露店では食べ物や雑貨、あとは何だろう? あっちの世界では見ないようなものも色々と売られている。
なにこれ!? お祭りみたい! 楽しい!
荷台の上からあちこちキョロキョロ。完全におのぼりさん状態。
「あんまり荷台で騒ぐな。落ちるぞ」
息子さんに注意されて、荷台にちょこんと正座する私。
うー、いろいろ見たい。気になる。
荷車は目抜き通りをしばらく進み、やがて左折して少し細い路地に入る。
そこを少し進んだ先に目的地はあった。
「ついたぞ。村でやってる店だ」
村が経営しているお店。
あっちの世界で言うところのアンテナショップみたいなやつ。
店舗は結構広くて、野菜を売る販売所と、野菜料理が食べられる食堂の2店舗で営業していた。
息子さんの話によると、店員もみんな村出身なんだそう。
店を見上げていると、中からエプロンをした若い女性店員が出てきた。
「おつかれさま!」
「野菜を持ってきたぞ。さあ、荷台から下ろすのを手伝ってくれ」
私は荷台から飛び降りると、女性店員さんと一緒に荷台の野菜を店に運び入れた。
私が野菜が山盛りに入ったカゴを懸命に運んでいると――
「俺は買い出しに行ってくる。夕方には戻るから、お前はそれまで店の手伝いをしててくれ」
そう言って、息子さんは店を出て行った。
◇
販売所には所狭しとおいしそうな野菜が並び、食堂からは料理のいい香りが漂ってきている。
なんだけど――
「お客さん、あんまりいないね」
ステッキと小声で会話。
「そうだな、今は町に活気がある時間帯だと思うんだが」
息子さんに言われた通り、私はエプロンを着けて販売所のお手伝いをしていた。
気合を入れてお店に出たものの、仕事といえば、たまに野菜を買いに来るお客さんの相手をする程度。
正直、ちょっと暇だった。
「あの、毎日こんな感じなんですか?」
あの女性店員さんに尋ねる。
「ええ、いつもこんな感じよ。お客さん、今日はちょっと多いくらいかも」
えっ!? そうなの!?
びっくりした声を出しそうになった。
あまり失礼のないように会話を続ける。
「そうなんですね。村の野菜、すっごくおいしいのに。もっとお客さんがきてもよさそうな……」
「そうなのよねー。新鮮さと味にはかなり自信があるんだけどねー」
ちょっと他人事というか、たぶん、現状に慣れてしまった感じの返答。
うーん。
野菜のおいしさを知ってもらえれば、もっといっぱいお客さんがくると思うんだけど。
販売所がこんな感じだと、食堂の方はどうなっているんだろう?
ちょっと見てみたい。
「あの、私、食堂のお手伝いをしてきてもいいですか?」
女性店員さんにお願いしてみる。
「ええ、いいわよ。販売所は私一人でも大丈夫だから」
「ありがとうございます」
私は食堂へと向かった。