6. これからの話
翌朝。
朝食の香りで目が覚めた。
寝不足なはずなのに、食欲は素直。
身支度をして、魔法少女の服に着替える。
なんで私服を持ってこなかったんだろう。
そんなことを考えつつ、私は一階のリビングへと向かった。
テーブルにはすでに朝食が用意されていた。
野菜サラダに、焼き立てのパン。おいしそう!
「おはようございます!」
あいさつをして夕食のときと同じ席に着く。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「あっ、はい」
村長さんにちょっとウソをついてしまった。
「豊作の神に感謝を」
食事前のお祈り。
昨日もやったからね、もうわかってます。
「では、いただきます!」
まっさきに焼き立てのパンに手を伸ばす。
外はパリパリ中しっとり。おいしすぎる。
そしてサラダ。
このドレッシング、何でできてるんだろう? すごくおいしい。
ちょっと酸味がある。柑橘系かな?
朝食をほおばっていると、支度を終えた奥さんが席に着いた。
奥さんの目がちょっと赤い。
その姿を見て、昨夜のことを思い出す。
パンが喉に詰まる感じがした。
「ごちそうさまでした! おいしかったです!」
「おそまつさまでした」
朝食のお皿か片づけられ、食後のお茶が出される。
いい香り。私このお茶好き。
お茶を飲みつつ、村長さんからいろいろと話を聞いた。
野菜は村の収入源で、近くの町で販売して収入を得ている。
その町には王都支所があり、魔法使いの派遣要請はそこで行った。
王都支所というのは魔法国家が各所に設置したお役所のことで、そこでいろいろな手続きが行える。
この村から王都まではかなり遠くて、徒歩だと何十日もかかる。
なるほどなー。
村長さんの話でこれからどうすべきなのかがちょっと見えてきた。
この村からだと王都はかなり遠いって話だから、きちんとした旅の装備を揃える必要があるよね。
近くの町はそこそこ大きいみたいだし、装備はそこで買えそう。
当たり前だけど、装備を買うためにはお金が必要。
お金かぁ……どうしよう……。
お金のことで頭をいっぱいにしている私に、村長さんが尋ねてきた。
「それで、これからどちらかへ向かわれるのですか?」
――王都。
けど、今の状態では王都に向かうのは難しい。
装備もお金もない。
「目的地はあるんですけど、先立つものが色々不足していまして……」
「そうでしたか。それならこの村でお手伝いをしませんか? 部屋はそのまま使ってください。もちろん賃金もお支払いします」
えっ!?
泊めてもらって、食事までごちそうになってるのに!?
「えっと、いいんですか? お世話になりっぱなしなのに」
「もちろんですよ。労働に対価を支払うのはあたりまえです。それに、私の家は宿屋ではありません。あなたは客人なのですから、宿代はいただけませんよ」
村長さん、なんていい人なんだ。
泣きそう。泣く。
「ありがとうございます! 私、がんばります!」
村長さんや奥さんのことは気がかりだけど、私が今すぐにやれることは何もない。
ひとまずだけど、村長さんのお世話になりながら旅支度を整えよう。
それに、もっと村のことを知れば何か良い案が浮かぶかもしれないし。
うん。がんばろう。
◇
翌日。
朝食後、私は村長さんの家を出て指定された畑へと向かった。
昨日はまったく見当たらなかった村の人たちが、今日は忙しそうに働いている。
ちょっと申し訳ない気持ちになりつつ、昨日下ってきた坂道を上がる。
道沿いに流れる小川に掛かる三つ目の橋を渡った先に、その畑があった。
「すごい!」
改めて見るとすごい畑。
隅々まで手入れが行き届いた畑には、立派な野菜がたわわに実っている。
「魔法も使わずにこれだけ育てられるのか。すごいな」
ステッキも驚いている。
王都では育成魔法を利用して、室内で野菜を作るらしい。
安定して大量に収穫できるけど、味はまあまあなんだとか。
私が畑の野菜を眺めていると、畑の奥からおじいさんが現れた。
「お前さんかい? 村長さんが言っていた、畑を手伝ってくれる嬢ちゃんってのは」
作業着に麦わら帽子をかぶって、首から手ぬぐいを下げている。
おじいさんと言っても足腰はかなりしっかりした感じで、体格もいい。
「あ、はい。よろしくお願いします」
私はおじいさんに深々とお辞儀をした。
「おお、頼むよ。それじゃ作業の前に――まずは着替えんとな」
おじいさんはちょっとあきれたような顔をしている。
そう、私は魔法少女の格好のまま畑に来ていた。
さすがにこの格好じゃ農作業は無理だよね。
なんかちょっとはずかしい。
「ちょっと待っとれ」
おじいさんはそう言って一度家に戻ると、作業着を持って戻ってきた。
「ばあさんの作業着じゃが、まぁ、着られるじゃろ」
おじいさんから作業着を受け取り、畑の横にある納屋の中で着替える。
うん、サイズはぴったり。動きやすい。
「おまたせしました。まずは何をすればいいですか?」
「野菜の収穫を手伝ってくれ。おまえさんでもできるじゃろ?」
クワを振るうのはちょっときびしいかもって思ってたけど、収穫ならやれそう!
「わかりました! がんばります!」
どの野菜が収穫できるのか、ツルはどこから切ればいいのか、おじいさんからいろいろと教わりながらの収穫作業。
最初は恐る恐るだったけど、徐々に慣れてきてペースが上がる。
キュウリみたいな野菜やトマトみたいな野菜を次々とカゴに入れていく。
野菜はあっちの世界のものとはちょっと違うけど、きっとこんな感じで作られてるんだろうな。
土づくりから始めて、野菜を育てて、丁寧に収穫して……これは大変な仕事だ。
思わぬところで食育を学んでしまった。
これからはよりいっそう感謝して食べよう。うん。
そんなことを考えつつ、私は次々と野菜を収穫した。
夕方。
その後も黙々と収穫作業を行い、いくつものカゴが野菜でいっぱいになった。
そのカゴを納屋に運んで、本日の作業は終了。
がんばった! けど疲れたぁ。
「おつかれさん。明日はこれを町に売りに行くから、ついてきてくれ」
「えっ!? 町ですか!?」
思わずうれしそうな声を出してしまった。
村長さんの話にあった《町》。
行ってみたかったんだよね。
「朝早いからな、寝坊せんようにな」
「わかりました!」
「あと、これ」
おじいさんは今日収穫した野菜をカゴに山盛りにして私にくれた。
「えっ? いいんですか!?」
「なーに、野菜は売るほどあるからな。もってけ」
「ありがとうございます! おつかれさまでした!」
私は山ほどの野菜を抱えて、村長さんの家に帰った。
夕飯。
さっきおじいさんからもらった野菜を早速奥さんに調理してもらった。
とれたて野菜はおいしすぎて、また食べすぎちゃった。
奥さんの料理、本当においしいんだよね。
食事を終え、水浴びをして――
「疲れたぁ」
私はベッドに転がり込んだ。
「お前、意外と体力があるんだな」
枕に顔をうずめる私にステッキが話しかけてきた。
「コンカフェでバイトしてるからね。一日中立ちっぱなしだし、いろんな決めポーズをしなくちゃいけないし、意外と体力が必要なんだよ」
「そうなんだな」
「そうなんだよ」
コンカフェのバイトは意外とハードなのだ。
で、だ。
仰向けの姿勢に転がり天井を見上げ、これからのことを考える。
お仕事ももらえたし、寝る場所も食事もある。
私のことはなんとかなりそうになってきた。
けど、村の問題は何ひとつ解決していない。
村長さんと村の人たちとで魔物対策の話し合いはしているらしいんだけど、有効な案は出ていないらしい。
「うーん、どうすればいいのかなぁ。やっぱり今からでも魔法の練習してみようかな」
ベッドから手を伸ばしてテーブルの上のステッキを掴むと、ぶんぶんと振ってみた。
「おい、やめろ! 振っても何も出ないぞ!」
やっぱり、ただ振ったってなんにも出ないよね。
「レーナ・クシ・イオ!」
呪文を唱えてステッキを振る。
ステッキの先が光り、ビームが出る。
ビームは壁に当たると小さな音をたてて四散した。
「おいしくなる魔法は出るんだよなー」
「魔力の無駄遣いをするな!」
ステッキに怒られた。
「あれ……なんかすごく眠い……」
急に眠気に襲われる。
寝不足と疲労で疲れ切ったところに、ちょっと魔法を使ったせい?
「魔力を無駄に使うからだ。お前の魔力はまだ回復しきっていないからな」
「……そう……なんだ……」
遠のく意識の中でステッキにお説教されているような――
私はステッキを持ったまま眠りに落ちた。