1. 進めない話
「今日もダメそうだね」
カフェでベイクドチーズケーキみたいなケーキをつつきつつ、午後のティータイムを楽しむ私。
といっても、好きで楽しんでるわけじゃない。まあ、ケーキはおいしいけど。
王都へと続く街道の途中にある宿場町。
私はその町にあるカフェにいた。
本当は、この先の峠を二つほど越えれば王都が見えるはずだった。
けど原因不明の嵐によって、私たちはこの宿場町に足止めされていた。
「この先の街道が嵐になってるなんてね……。こっちは晴れてるのに」
そう。宿場町の上空は雲ひとつない青空。
なのに街道を進んだ先、山道に差し掛かるあたりから猛烈な嵐になっている、らしい。
『らしい』というのは、私が自分で見てきたわけじゃないから。
けど実際、全身ずぶ濡れで町に戻ってきた人を何人も見た。
それに宿泊している部屋の窓から山の方を見ると、真っ黒な雲の渦が見える。
私がこの町に着いてから今日で三日目。
嵐なんてすぐに治まるだろうと思ってたんだけど、数日経っても一向に治まる気配がない。
仕方がないから毎日カフェでケーキをつつきつつ、嵐が治まるのを待っているというわけ。
「お客さんだいぶ減ったよね。昨日までは満席だったのに」
なんて、お客さんが減った理由はわかっている。
昨日くらいから、先に進むのを諦めて街道を引き返す人が増えたから。
「私たちはどうしよっか?」
「そうだな……」
ため息をつくステッキ。
この宿場町、王都とあちこちの町を結ぶ街道の中継地点になっている。
連日多くの人や荷物が往来する町だから、宿はもちろんのこと、レストランやカフェ、おみやげやさんまでいろいろある。
私はお店を覗いてるだけでも楽しいから暇はしてないんだけど……ステッキは今までにないくらい落ち込んでいた。
それはそうだよね。王都のすぐ近くまで来てるのに進めないんだもん。
「今日で三日目だし、私たちも引き返そっか? 王都に行ける道って他にもあるんでしょ?」
「別の道はある。遠回りにはなるがな……。お前が言うように、いつ治まるかもわからない嵐を待つよりは、次の行動に移したほうがいいかもしれないな」
そうと決まれば――
鞄から地図を取り出し、テーブルに広げる。
私とステッキがその地図を覗き込む。
「この町が、ここでしょ? ここまで戻ると分かれ道があるから……回り道は、こっち?」
地図上の道を指でなぞって確認する。
「その道だな。何日かは多くかかることになるが、やむを得ないだろう」
「分かれ道までは歩いて半日くらいかな? その道を曲がってしばらく進めば……あった! ここが次の宿場町だね!」
道もわかりやすいし、これなら大丈夫そう!
心なしかステッキもちょっと元気になってきたみたいだし、明日からまた張り切って王都を目指しちゃうよ!
◇
お昼過ぎに町を出てから半日。
私は日が暮れかけて薄暗くなった街道をとぼとぼと歩いていた。
夕暮れ時、私たち以外に街道を行き来する人の姿はない。
「つかれたぁ……おなかへったぁ……。おっかしいな、地図だとこの辺に宿場町があるはずなんだけどなー」
次の宿場町までは単純な道だと思って、完全に油断してた。
もっと早く町を出ればよかった。このままだと野宿になっちゃうよ。
一応野宿できる装備はあるけど、できればふかふかのベッドで眠りたい。
「どうしよう。ここからだと前の町に引き返すこともできないし……」
「今夜は野宿するしかないだろうな。お前が寝ている間は俺が見張るから安心しろ」
腰のステッキはすでに野宿モード。
仕方ない、今夜は野宿にするかー。
だけど、今いるのはうっそうとした森の中。
陽の光もあんまり入らないし、野営できそうな広場もない。
私はひらけた場所を求めて、もう少し先に進むことにした。
「ん? あれ?」
しばらく進んだあたりで、違和感を感じた私。
鞄から地図を取り出すと、ランタンで照らして道を確認した。
「やっぱり。地図だと一本道だよね?」
目の前の道は左右二手に分かれている。
「どっちだろう? 地図に描かれた道の感じだと……左? でも右の方が道幅が広いし……」
地図と道を何度も見比べる。
うーん。
「地図の道は左に曲がってる感じだから、左に行ってみよっか」
道はそこまで広くはないけど、荷車くらいは十分通れる広さ。
あまり利用されていないのか、轍が雑草で消えかけている。
ランタンで足元を照らしつつ、薄暗い道を慎重に進む。
「こっちの道でよかったのかなー」
ちょっと不安になり始めたその時、遠くにぼんやりと明かりらしきものが見えた。
「明かりだ! 宿場町かも!」
不安だった私の心にぽっと明かりが灯り、つい速足になる。
木の根っこにつまづきそうになりつつ小走りで道を進むと、やがて目の前がぱっと開けた。
上がった呼吸を整えつつ、辺りを見渡す。
けどすっかり日は暮れて、暗くてよく見えない。
暗闇に向けてランタンをかざす。
けど、ランタンの灯りでは自分の周囲しか照らせなかった。
「うーん、良く見えないなー」
目を凝らしながらランタンを上下させていたそのとき、ふいに月を覆っていた雲がはけた。
辺りがぼんやりと月明かりに照らされる。
「……」
突然目の前に現れた光景に言葉を失い、ランタンをかざしていた腕がゆっくりと下がる。
「地図に載っていた町ではなさそうだな」
「そうだよね……宿場町がこんなぼろぼろなわけないよね……」
崩れたゲート、朽ちた柵。
ぽつぽつと建っている家は扉や窓が壊れ、屋根の一部が崩れている。
月が再び雲に隠れ、辺りは再びランタンの灯りだけになった。
「……あれ? そういえば、さっき見えてた明かりは?」
全身から一気に冷汗が噴き出す。
自分の血の気が引く音が聞こえ、呼吸が荒くなる。
『この場所から離れなくちゃ!』
直感でそう感じた私は、恐怖で棒になった足を何とか引きずって後ずさりした。
と、かかとが石にひっかかり、姿勢を崩して後ろへと倒れ込む。
とっさに受け身を取ったものの、手に持っていたランタンを放り投げてしまい、辺りは真っ暗になった。
「もぉ!」
お尻の痛みと恐怖で感情がごちゃごちゃになる。
「おちつけ! 炎の魔法を使うんだ!」
そっか!
尻もちをついたまま、腰からステッキを外して片手で構える。
「オノホ・ルモス!」
ステッキの先に小さな炎が灯り、辺りがぼんやりと明るくなった。
同時に、灯りに照らされた少女の顔が暗闇に浮かび上がった。
「うわぁぁぁぁ!」
私の叫び声に驚いた鳥たちが、木々の中から一斉に飛び立った。
少女の顔から逃げるように、ステッキを構えたままずりずりと後ずさる。
少女の顔がじわじわと近づいてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
恐怖でうまく呼吸ができない。
腰を抜かし、池の鯉のように口をパクパクしている私に、少女が話しかけてきた。
「だいじょうぶ?」
とても心配そうに私の顔を覗き込む少女。
その優しい表情に、少し落ち着きを取り戻す。
「だ、大丈夫……急にあなたが現れたからびっくりしちゃって……」
暗闇から現れた少女は、小学生くらいの女の子だった。
ワンピースを着て、腰にはエプロン。
青い髪を左右で分けた三つ編みは、肩に当たるくらい長さ。
そしてブラウンの小さな瞳は、不思議そうに私を見つめていた。
こんな小さな女の子の前で……なんだかちょっとはずかしい。
けど、なんで女のことがこんなところにひとりでいるの? しかもこんな時間に?
……まさか、幽霊とかじゃないよね。
恐る恐る少女の足元に目をやる。足は――うん、ちゃんとある。
そうだよね! 幽霊なんているわけないよね!
ということは、迷子かな?
「どうしてこんなところにいるの? それもこんな時間に」
私の質問に首を傾げる少女。
そして――
「えっと、それは……わたしが幽霊だから?」




