8. 報告した話
「別件で近くまできたから様子を見に来たのよ……って、大丈夫? それに、その子は?」
町の入り口。
私は完全に体力を使い果たし、地面に倒れそうになっていた。
「……すみません……報告は……後でも……いいですか? この子のことも……そのとき……」
後でレストランで会う約束をしてカールラさんと別れ、最後の力を振り絞って宿へと向かった。
宿に戻ると、まずは、もう一部屋借りる手続きをした。
瑠璃とメアリが泊まる部屋。
私の部屋に瑠璃を泊めるつもりだったんだけど、メアリが人のフリをしているからね。
宿泊の手続きを終え、私と瑠璃とで荷物を部屋に運び込む。
一番きつかったのが、金貨の詰まった箱の運搬。
この宿、部屋が全部二階にあるんだよね。二人でなんとか運び込んだけど、途中で階段から転げ落ちそうになったりして、本当に大変だった。
あとは荷車を宿のおじさんに返して、汗だくだからお風呂でさっぱりして――
私と瑠璃は、急いでカールラさんと待ち合わせをしているレストランへと向かった。
宿から少し離れたところにあるレストラン。
食事というよりは、お酒をメインとしたお店。
お店に入ると、カールラさんが一番奥の席から私たちに手を振っているのが見えた。
「すみません、おまたせしました」
私と瑠璃は急いで席に座った。
お風呂に入ってたらちょっと遅くなっちゃった。
「慌てなくても大丈夫よ。私も今来たところだから。さて、食事をしながらお話しましょう」
先に注文を済ませていたらしく、次々と料理が運ばれてくる。
カールラさんの前にグラスが置かれ、店員の持つボトルから飴色のお酒が注がれる。
「さあ! 二人とも遠慮しないで食べて!」
そう言うと、カールラさんはいきなりグラスの半分を空けた。
「いただきます!」
今日はヘトヘトでおなかもペコペコ!
私は速攻でピザみたいな料理に手を伸ばした。
瑠璃は遠慮気味にガレットみたいな料理をお皿に取った。
「廃墟の調査報告を聞きたいんだけど、その前に、その子は?」
カールラさんの言葉に、私の横で緊張しながら料理を食べていた瑠璃が少しビクンとなる。
やっぱり、まずはそこからだよね。
さっき町の入り口で会ったときにも紹介してないし。
カールラさんにはごまかしは効かないだろうし、正直に話そう。
「実は、この子が廃墟の魔女だったんです」
瑠璃の食事をする手が止まる。
「え? そうなの!?」
カールラさんが目を丸くする。
「はじめまして。乃神瑠璃って言います」
少し怯えたような声で自己紹介をする瑠璃。
「はじめまして。廃墟の魔女さん」
カールラさんがちょっといじわるそうに返す。
あれ? 前に会ったときはこんなキャラじゃなかった気がするんだけど。
もしかして、もう酔ってる?
「ごめんなさい、冗談よ。私はカールラ。よろしくね、ルリちゃん」
カールラさんの表情が優しくなる。
「よろしくお願いします。カールラさん」
その表情に、瑠璃も少しほっとした表情になった。
「改めて、廃墟の調査報告を聞かせてもらえるかしら」
「はい。廃墟についてですが――」
私はこの数日の出来事を報告した。
瑠璃には魔力があり、ティアラがこっちの世界に連れてきた。
到着した先が廃墟だった。
お金がなくて困り、廃墟でお店を開いた。
魔法は使ったけど、町の人たちに危害は加えていない。
料金は金貨2枚。
町の人たちは瑠璃のステージパフォーマンスを喜んでいた。
私の報告を真剣な表情で聞くカールラさん、
「なるほどね、わかったわ」
そう言ってお酒をひと口含む。
「と、なると――まずは〝ルリちゃんが無許可で廃墟に住んでいた件〟だけど、これはお咎めはなしね。だってティアラがお願いして連れてきたわけだからね。逆に、ごめんなさいね」
「あ、いえ、ありがとうございます」
瑠璃がほっとした表情で頭を下げる。
廃墟に住んでた件はお咎めなし! よかった!
カールラさんが続ける。
「あとは、マホロちゃんの報告を聞く限り事件性もなさそうだし、『廃墟の件はこれで終り』としたいところなんだけど……ちょっと面倒なことがあってね……」
「面倒なこと、ですか?」
カールラさんの言葉に思わず聞き返す。
廃墟で事件があったわけでもないし、瑠璃のお店に来た人もみんな楽しそうだったし。
面倒なことってなんだろう?
「王都支所に苦情がきたのよ。『旦那が廃墟でお金を使いこんでる』っていう苦情がね」
あー! お金の件か!
酒場で『お小遣いが足りない』っていうお客さんの会話、何度も聞いた!
もしかして、旦那さんが家族に内緒でお金をたくさん使ったってこと?
一度の入店で金貨2枚だもんね……5回行けば金貨10枚。
こっそり使うにしてはちょっと大きい額だよね。
けど、すぐに疑問が浮かぶ。
「何で王都支所に廃墟の苦情が来るんですか?」
お金を使い込んだっていう『相談』ならわかるけど、なんで『苦情』?
旦那さんが勝手にお金を使ってるんだから、国は関係ないよね。
「あの廃墟、持ち主がいなくなって、今は国の管理下にあるのよ。だから王都支所に苦情がきたのよ。ルリちゃんのお店を〝国営〟だと思ったのかもしれないわね」
カールラさんの眉間にしわが寄る。明らかに面倒くさそう。
「ごめんなさい……」
瑠璃が小声で謝り、食事の手が止まる。
その目には、うっすらと涙が滲んでいる。
「瑠璃は王都を救うために来たんです! 勝手なことを言っているのはわかります! けど、なんとかなりませんか!?」
私は語気を強め、カールラさんに迫った。
「お金が絡むことだしね。どうしたものかしらね……」
食事の場が沈黙に包まれる。
すると、うつむいた瑠璃の頭の上で突然ティアラが憤り始めた。
「ルリはきちんと働いて対価を得たのですよ? まーったく問題ありませんわ! そもそも――」
「お前は黙っていろ!」
ステッキが強い言葉でティアラを制止する。
「二人とも、落ち着いて!」
私は慌てて二人をなだめた。
テーブルがさらに重い空気に包まれる。
「……あの……お金は返します」
うつむいたままの瑠璃が小声で言った。
「返金するのはいいんだけど、誰がお客さんだったのかわかるの?」
カールラさんが冷静に返す。
「それはわかります。これです」
瑠璃がポシェットからカードのようなものを取り出すと、それを私とカールラさんに渡した。
カードには《ミルリーの館》と書かれている。
裏はスタンプ欄になっている。
なにこれ? 会員カード?
「お店に来てくれたお客さんにこのカードを渡していたんです。スタンプが貯まると色々な特典があるんです」
見ると、カードには色々な特典の説明が書いてある。
スタンプ5個で握手。
スタンプ10個でおしゃべりタイム。
スタンプ15個であなただけの手作りクッキー。
スタンプ20個で――
すごい! これは集めたくなる!
カールラさんはカードの表や裏を何度も見返している。
「たしかにこれなら来店の証拠になるわね。マホロちゃんにもお願いされちゃったし、いいわ、こちらで返金の処理を請け負いましょう」
「お手数をおかけしてしまい申し訳ありません。よろしくおねがいします」
瑠璃が深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
続けて私も頭を下げた。
返金の方法は――
金貨300枚をカールラさんに預けて、そこから返金する。
返金希望者は会員カードと引き換えに『スタンプ数×金貨2枚』を返金してもらえる。
返金の期間を設けて、残った金貨は瑠璃のものとなる。
ということになった。
なんとか解決しそう。よかった!
カールラさんが突然パンッと手を叩き、
「はいっ! 廃墟の話はこれでおしまいっ!」
そう言うと、店員に向けて手を挙げた。
「すみませーん、お酒のお代わりくださーい!」
ちょっとおどけた感じでお酒を注文するカールラさん。
きっと、責任を感じている瑠璃に気を使ってくれてるんだろうな。
それから私たちは食事をしながらいろいろな話で盛り上がった。
私がカールラさんと一緒に解決した事件の話とか、瑠璃がこっちの世界でびっくりした話とか。
食べて飲んで笑って、いつしか瑠璃にも笑顔が戻っていた。
と、そうだ! 報告がもうひとつあったのを思い出した!
「あの、もうひとつ報告しなくちゃいけないことがありました」
「え? らに?」
カールラさん、ちょっと呂律がまわらなくなってきている。
「廃墟の地下室にオートマタがいて、実は、それを連れてきてるんです」
「あー、オーロラタ。ちかのやつ? いいわ、あげる」
「えっ!? いいんですか!?」
そんな簡単に貰っていいの?
「いいんですか? 高価な魔道具なんじゃ!?」
「いーのいーの。どうせまりょくがないとうごかないんだから。たーだーしっ! かわいがってあげてねっ!」
おちゃめなカールラさんの言葉に、
「ありがとうございます! 大切にします!」
瑠璃が弾んだ声でお礼を言った。
やっぱりカールラさんだ。
事件の解決だけじゃなくて、それに関わった人たちまで何とかしようとしてくれる。
今もかなり酔った感じだけど、きっと色々と考えてるんだろうな。
「すみましぇーん! お酒おかわりー!」
あれ? 考えてるんだよね?
酔いがさめてから『あげるって言ったけどやっぱりダメ』とかなしですからね!
――それからも食事会は続き、レストランが閉店時間になり、お開きとなった。
「それらまたねー」
レストランの前でカールラさんを見送る。
ちゃんと宿に戻れるのかな?
左右に揺れて歩くカールラさんの後ろ姿を見て、少し心配になる。
前に会ったときはもっとクールな感じだったのに。
「さてと、私たちも宿に戻ろうか」
そう言って歩き出そうとしたとき、
「先輩! 今回は本当に色々とありがとうございました!」
瑠璃が勢いよく私に頭を下げた。
勢いでティアラが落ちかける。
ティアラを右手で押さえたまま、なおも頭を下げ続ける瑠璃。
「本当に気にしないで! ほら、頭をあげて。ティアラも落ちちゃうから」
私に促されて頭をあげる瑠璃。
両手でティアラの位置を少し直す。
「私も瑠璃に会えて嬉しかったし、なにより怪我とかがなくて本当によかったって思ってるんだよ」
「先輩……」
瑠璃は勢いよく私の胸に飛び込み、顔をうずめた。
私はその背中をそっと抱きしめた。




