5. 魔女の話
「キンカ2マイニナリマス」
ステッキを構えたままきょとんとする私。
「え? 金貨2枚?」
思わず聞き返す。
「ハイ。キンカ2マイニナリマス」
彼女が繰り返す。
もしかして町の人たちが言っていた『お金が必要』って、これのこと?
私はよくわからないまま財布から金貨を2枚取り出すと、彼女が突き出している右手にそっと置いた。
「アリガトウゴザイマス。ドウゾ、オハイリクダサイ」
彼女は金貨を受け取ると、私を廃墟内へと誘った。
「お、おじゃまします」
私は慎重な足取りで玄関の扉をくぐった。
開放感のある広いエントランス。正面に大きな階段があって、二階まで吹き抜けになっている。
天井には大きなシャンデリア。床には真っ赤な絨毯が敷かれ、正面の階段と左右の廊下へと伸びていた。
想像していたよりもずっときれい。
「コチラデス」
彼女が左の廊下へと進んでいく。
口をぽかんと開けてエントランスを見渡していた私は、慌てて彼女の後を追った。
廊下を進む彼女と私。
窓からは噴水が見える。反対の壁には鮮やかに描かれた絵画が飾られている。
窓の外や絵画を交互に眺めながら歩く私に、ステッキが小声で話しかけてきた。
「この人形だが、こいつはオートマタだな」
「オートマタ?」
オートマタって、昔作られた機械人形だよね。楽器を弾いたり踊ったりするやつ。
だとすると、目の前にいる彼女はかなり高性能だよね。喋ったり案内したり、それに集金までできるし。
「そのオートマタが、なんで廃墟で接客をしてるの?」
「オートマタは魔道具だ。魔力を源にして動く。そして、魔力を注入した者の指示を実行する」
「ということは、魔女が魔力を注入して接客をさせてるってこと?」
「おそらくな」
私の前を凛とした姿勢で歩く彼女。
なんで魔女は彼女に接客をさせてるんだろう? メイド服を着てるってことは、もともとはこのお屋敷でメイドとして働いてたのかな。
彼女のことを考えながら、後ろをついて歩く。
やがて、私たちは廊下の突き当たりにある扉の前に着いた。
「コチラノヘヤデス。オスキナセキニ、オスワリクダサイ」
彼女はそう言い残し、今来た廊下を戻っていった。
「入っても大丈夫だよね? 罠とかないよね?」
「もし罠があるなら町の連中が負傷しているだろう」
「それはそうか」
私はドアノブに手をかけると、ゆっくりと扉を開いた。
少し開いた扉から部屋の中を覗き込む。
そこは、学校の教室くらいの大きさの部屋だった。角部屋らしく、左と奥の壁に窓がある。床は高級そうな青い絨毯が敷かれている。
部屋の右側には一段高くなったステージのような場所。左側には奥から順にテーブル席が4つ置かれている。それぞれの席にはステージを見渡せるように椅子が二脚ずつ置かれている。
天井からは小さめのシャンデリアがいくつか吊り下がっていて、明かりが灯されていた。
部屋の中には誰もいない。
私は慎重に部屋の中へと入った。
「俺が窓から覗いた部屋だな」
そっか、この部屋だったんだ。
改めて部屋を見回す。
まあまあキレイではあるけど、やっぱり廃墟って感じの部屋。壁紙があちこちはがれ、床の絨毯もくすんでいる。
けど、カビのような匂いはない。
さてと、
「『お好きな席に』って言ってたよね」
どこにしようかな……よし、ここにしよう。
私は部屋の入り口に一番近い席に座った。ここなら何かあったときにもすぐに部屋から脱出できるしね。
「で、席に座ったのはいいけど、あとは?」
「好きな席に座れとは言われたが、それ以上の指示はなかったな」
ちょこんと椅子に座り、キョロキョロと部屋の中を見る。
とくに何かが起こる感じはない。
しばらくして、扉の向こうから彼女の声がした。
「コチラノヘヤデス。オスキナセキニ、オスワリクダサイ」
他の人が来た!?
なんとなく正しい姿勢で椅子に座り直す。
扉が開き、ひとりの男性が部屋に入ってきた。
その男性は私の席の前を通ると、空いている席に座った。その後も数人の男性が部屋に入ってきては席に座る。
そして、部屋の中は私を含めて5人になった。
みんな黙ってステージを見つめている。
何とも言えない空気が部屋を包む。
「この空気、結構つらいんだけど」
ヒソヒソ声でステッキに話しかける。
「だが待つしかないだろう」
そのとき、扉をノックする音が部屋に響いた。
ゆっくりと扉が開くと、ワゴンを押しながらオートマタの彼女が部屋に入ってきた。ワゴンにはクッキーとお茶のセットが乗っている。
彼女は奥の席から順に回り、クッキーを出し、お茶を淹れていく。
最後に私の席。
私の前にクッキーと淹れたてのお茶が置かれた。
「ドウゾ、オメシアガリクダサイ」
「あ、ありがとう」
彼女はお辞儀をすると、ワゴンを押して部屋から出て行った。
私の前でお茶がとてもいい香りを立てている。
「なんかお茶が出てきた。これ、飲んでも大丈夫かな」
「大丈夫じゃないか?」
ステッキに言われ、他の席を見る。
男性たちは当たり前のようにクッキーを食べて、お茶を飲んでいる。
みんな平気そう。そしておいしそう。
……私も食べてみようかな。
クッキーを一枚手に取ると、ちょっとかじってみる。
「うん、おいしい。なんか知ってる味みたいでホッとする」
続いて紅茶をひと口飲む。
「おいしい! 彼女、お茶を淹れるの上手だよ」
気が付けば、私は廃墟でお茶を楽しんでいた。
もしかして、ここって廃墟がテーマの喫茶店なんじゃないの?
クッキーを食べながらそんなことを考えていたそのとき、突然大音量で音楽が流れ始めた!
「うわっ!?」
突然のことに声をあげて飛び上がる私。食べていたクッキーを落としそうになる。
続いて部屋の扉が勢いよく開き、女の子が飛び込んできた!
その子はそのままステージに飛び乗ると、左手を腰に当て、右手で敬礼のようなポーズを決めた。
同時にその子にスポットライトが当たる。
「みんなーっ! おっまたせーっ!」
薄青いレースのような布でできた、プリンセスのような衣装を着た小柄の女の子。
スカートは少し短めで、本物のドレスというよりはプリンセスをモチーフにした感じ。
ダークブラウンのさらさらロングヘアーで、頭には綺麗なティアラを乗せている。
小顔でパッチリした瞳。
すっごくカワイイ。
って、ん?
「うおーっ!」
「まってたー!」
「かわいい!」
さっきまでおとなしくお茶をしていた男性たちが一斉に立ち上がり、歓声をあげた!
「うわっ!?」
その豹変ぶりに驚いて再び飛び上がる私。椅子から転げ落ちそうになる。
「今日もおもいっきりいくよー! みんなーっ! しっかりついてきてーっ!」
その子は満面の笑みで右手の人差し指を前に突き出すと、奥のテーブルから順に男性たちを指差していく。
最後に私を指したとき、その子の動きがピタリと止まった。
その子の表情が満面の笑みのまま青ざめていく。
私を指している指先が震えだす。
「ちょ、ちょ、ちょっとまっててね。ミルリーからの、おね、おねがいっ」
その子は絞り出した声でそう言うと、ステージを飛び降りて私に向かってダッシュ、その勢いのまま私の腕を掴んで部屋から飛び出した。
強引に私を部屋から連れ出したその子が、下を向いて肩で大きく息をしている。
静かな廊下に彼女の呼吸音だけが響く。
「あの、大丈夫?」
心配になって声をかけた瞬間、その子が勢いよく起き上がり、
「茉歩路先輩っ! なんでこんなところにいるんですかっ!?」
涙目でしがみついてきた。
「瑠璃!?」
やっぱりそうだった!
この子がステージに上がったとき、なーんか見覚えがある気がしたんだよね。
まさかこっちの世界にいるなんて思わないから、他人の空似だと思ってたんだけど、本人だった。
この子は《乃神 瑠璃》。コンカフェの後輩で、私の二つ下。
仕事の内容とかを色々と教えたからか、私を慕ってくれている。
徐々に呼吸が落ち着いてきた瑠璃が私から離れた。
「取り乱してすみません! ステージが始まっちゃってるんで、後で説明します!」
瑠璃は深呼吸して息を整え、「よしっ」と気合を入れて部屋へと入っていった。
やがて、部屋の奥からアップテンポの曲が聞こえ始めた。
「廃墟の魔女、コンカフェの後輩だった」
廊下に取り残された私は、ぽつりとつぶやいた。
「お前の知り合いだったとはな」
「うん、びっくりだよ」
扉越しに、瑠璃の歌声が聞こえてくる。
瑠璃って、歌もダンスも上手だし、それにとってもカワイイ。
お店でも一番の人気だったし、メディアの取材とかもあの子がほとんど受けてた。
あと、実はすごい度胸の持ち主だったりする。
瑠璃がお店に入ったときも、数日後にはステージに立っていた。
今だって、あんな精神状態からもう一度ステージに立っている。
こっちの世界で廃墟に住み着いてステージをやってるなんて、いかにもあの子らしい。
「あ、次の曲だ」
部屋から聞こえてくる曲が変わる。
これ、瑠璃が一番得意な曲だ。
その後もMCを挟みつつ瑠璃の歌が続く。
10曲目を歌い終えたところで、部屋の中から聞こえていた音楽がやんだ。
扉が開き、男性たちがぞろぞろと出てくる。
「良かったな!」
「ミルリー可愛かったな!」
「また来ようぜ!」
男性たちが楽しそうに会話をしながら、私の前を通り過ぎていく。
ステージが始まる前はみんな黙っていたのに、終わったとたん全員が打ち解けていた。
男性たちが帰っていった後、瑠璃が扉から顔を出した。
「先輩、お待たせしました」




