4. 廃墟での話
私は次の行動に移せないまま、ただ時間だけが過ぎていた。
廃墟に動きはなく、二人組が出てくる様子もない。
「今からでも廃墟に入った方がいいんじゃないかな。中でなにか問題が起きてるかもしれないし」
「いや、廃墟の捜査は『危険がなさそうなら』という条件だ。考えなしに廃墟に入るのは危険だ」
そうだよね。状況がわからないからといって、ただ闇雲に廃墟に突入するのは危険だよね。
それはわかるんだけどさ。
中で何か起こってるかもしれないし。
助けが必要な状況かもしれないし。
やきもきしている私の様子を見かねたのか、
「俺が中の様子を見てこよう」
ステッキが、ゆっくりと廃墟へ向かって飛んでいく。窓の端に張り付き、中の様子を伺う。
しばらくして、私の元へと戻ってきた。
「どうだった?」
「女が歌って踊っていた」
え? なにそれ!?
廃墟の中で魔女が歌って踊ってるって、いったいどんな状況!?
「わかった! なんか儀式的なやつだ!」
「いや、あれは儀式というよりダンスだな。女のダンスに合わせて町の連中が手拍子をしていた」
歌って踊って、町の人たちが手拍子って、
「もしかして、中で何かステージパフォーマンスみたいなのが行われてるってこと?」
「そうだな。お前の世界で言うところのそれだな。確かお前が働いていた店でもやっていたな」
「うん、週末にLiveDayっていうのがあった。私はステージの担当じゃなかったから出たことはないけど」
たぶんだけど、町の人を相手にステージをやってるってことだよね。
廃墟の中でステージパフォーマンス。
廃墟には魔女が住み着いている。
お金が必要。
行くと元気になる。
「……もしかしてさ、廃墟で魔女がステージをしてお金を稼いでる?」
私とステッキが同時に首を傾げる。
自分で言っていて「そんな馬鹿な」って思う。
けどここまで集めた情報をまとめると、そうとしか思えない。
「もう廃墟に入ってみようよ。お客さんとして行けば危険もなさそうだし」
「……そうだな。だが、廃墟を覗いたときに中から強い魔力を感じた。油断は禁物だ」
ステッキの言葉に、私は引っ掛かりを覚えた。
――魔力を感じた?
「もしかして、廃墟の中には魔法使いがいるってこと?」
「俺も信じられないが……おそらくな。幻影系の術は精霊魔術にも存在する。だが、廃墟の中から感じたものは間違いなく魔力だ」
魔力って⋯⋯こっちの世界には魔法使いはいないって話だったよね!?
なんで私以外の魔法使いがいるの?
私だけがこっちの世界にいる唯一の魔法使いじゃないの?
けど私がいるってことは、魔法使いがいないはずの世界に魔法使いがいるわけで――
うー、なんか頭がクラクラする。
ぐるぐるしている私の横で、ステッキが考え込んでいる。
「この世界にはお前以外の魔法使いはいないはずだ。もしいるとすれば、何かしらの方法で王の波動から逃れたか、お前のように別の世界から来たか……」
私以外の魔法使い。
最初にこっちの世界に魔法使いはいないって言われてたから、完全に油断してた。
これからはもっと慎重に行こう。魔法も気をつけて使わないと。
敵対する可能性もあるわけだし……考えたくはないけど。
「魔法使いがみんないい人だったらいいのに……」
「そうだな……だが魔法使いが必ずしも善とは限らない。現に今も幻影魔法で町の連中をたぶらかしているわけだからな」
そうだった。私、すでに幻影魔法で騙されかけてた!
そう考えたら、なんだかちょっと悔しいような気持ちになってきた。
同じ魔法使いに騙されるなんてっ!
ぷんぷんしている私に、ステッキが尋ねてきた。
「どうするんだ? 廃墟の中にいるのは魔法使いの可能性が高いが、それでも入るのか?」
「入るよ! なんかやられっぱなしじゃ悔しいし!」
隠れていた茂みから出て、門の方へ数歩進んだそのとき、玄関の扉が開く音がした。
私は慌てて元の位置に戻って身をかがめ、柵の隙間から様子を伺った。
玄関の扉が開き、さっきの二人組が出てきた。
続いて、何人かの人たちが出てくる。
全部で6人。
みんな楽しそうに会話しながら門へと歩いてくる。
そのまま門をくぐると、町の方へと戻っていった。
「よかった、みんな無事だったみたい」
私はほっと胸をなでおろした。
「よし、行こう」
正面の門をくぐり、石畳を進む。
門から玄関へと敷かれた石畳は、ところどころ石が崩れたり無くなったりしている。
石畳の歩きづらさと緊張から、歩みが慎重になる。
噴水の横を通り、枯れた生垣を横目に進み、私たちはようやく玄関へとたどり着いた。
玄関ポーチの段差を数歩上がり、木製の重厚な扉の前に立つ。
レリーフのような彫刻が施された、かなり高級そうな扉。
扉にはそれぞれ薄緑色のドアノッカーが取り付けられている。
私は念のため左手にステッキを握り、もう片方の手でドアノッカーを掴んだ。
「いくよ」
ドアノッカーを二度叩く。
……反応がない。
しばらく待って、もう一度ドアノッカーを叩こうとしたそのとき、
「ドチラサマデスカ?」
扉の向こうから女性の声がした。
ちょっとぎこちない感じの喋り方。声はカワイイんだけど、機械的な感じ。
「えっと、中に入りたいんですけど」
私の返事に、扉の向こうの相手が沈黙する。
あれ? 素直に答えてみたんだけど、まずかったかな。
しばらくして、扉の錠を開ける音がした。
そして、大きな扉がゆっくりと開き始める。
無意識にステッキを握る手に力が入る。
「ヨウコソ、イラッシャイマシタ」
扉が開くと、そこにはボロボロのメイド服を着たマネキンのような人形が立っていた。
黒を基調としたメイド服。後頭部でまとめた黒髪に、メイドキャップ。
目鼻立ちは美しいけど、無表情の顔。
色白の体はあちこちすす汚れている。
彼女の大きくて青い瞳に私の姿が映り込む。
ステッキを握る手に汗がにじむ。
私を見つめたまま動かない彼女。
そんな彼女に見つめられて動けない私。
しばらくの沈黙。
私はゆっくりとステッキを両手で持ち直し、彼女に向けて構える。
それに合わせて彼女の右腕がゆっくりと動き出す。
お互いが臨戦態勢になった次の瞬間、彼女が私に向けて勢いよく右手を突き出してきた!




