3. 廃墟に行く話
「つーかーれーたー」
宿のベッドに倒れこむ。
私が働くことになって、サラさんが喜んでた理由がなんとなくわかった。
酒場の仕事、ハードすぎる。
それに、仕事をしながら廃墟の調査もやってるから、精神的な疲労も激しい。
「思ってた以上に忙しいよ、酒場の仕事」
「そうだな。俺もあそこまで忙しいものだとは思っていなかった」
ステッキが少し申し訳なさそうにしている。
「気にしないで。実際、廃墟について話しているお客さんは多いし。それに、情報も得られたしね」
そう。今日は貴重な情報をひとつ得られた。
廃墟には女の子がいる、という情報。
魔女って聞いてたから、勝手におばあさんだと思い込んでた。
廃墟に住んでいるのは女の子で、かなりカワイイらしい。
これまで得た情報は――
廃墟に行った人はみんな魂を抜かれたようになって帰ってくる。
廃墟に行くにはお金が必要。
住んでいるのは可愛い女の子。
うーん、輪郭がぼんやりと見えるようなー見えないようなー。
「やっぱりもう少し情報が欲しいよね」
「そうだな。決定的な何かが欲しいところだな」
まだ二日目だし、焦っても仕方ないか。
しばらく働きながら情報収集を続けるしかないよね。
なんか落ち着いたらおなか減ってきた。
「とりあえず晩御飯行こっと」
私はベッドから起き上がり、レストランへと向かった。
おなじみの宿併設のレストラン。
昨日食べておいしかったから、今日も肉と野菜のグリル。
今回はソースを柑橘系にしてみた。
うん、さっぱり系のソースも合う。おいしい。
ちぎったパンでお皿のソースをぬぐう。
そのパンを口に放り込んだそのとき――
「俺、もう夢中だよ」
「俺もだ」
隣のテーブルでお酒を飲む二人組の会話が聞こえてきた。
お酒のせいか、二人とも上機嫌で話をしている。
「今までこんな気持ちになることってなかったよな」
「そうだよな。また行きたいよな、廃墟」
廃墟の話だ!!
私はパンを飲み込みつつ隣の話に集中した。
「けど、カネがなぁ」
「そうだよなぁ。カネがなぁ」
上機嫌だった二人が一転、ジョッキを持ったままうつむく。
また出た! お金の話!
廃墟の調査なはずなのに、お金の調査になりつつあるなー。
「だけど俺、今まで以上に仕事を頑張れてるんだよな。やる気がでるんだよ。あそこに行くと」
「わかる! 俺もそうだ!」
再び二人の表情が明るくなる。
そして――
「よし! また廃墟に行けるように頑張るぞ!」
「おー!」
二人はジョッキを勢いよくぶつけ合った。
その後もしばらく話を聞いていたけど、廃墟の話はそれで終わりだった。
夕食を終えて部屋に戻り、ベッドに腰かける。
「どう思う?」
ステッキに尋ねる。
「自ら廃墟に通っているようだな」
「そうだよね」
みんな好んで通ってるってことだよね。
初日にレストランで聞いた話から今日の話までを思い返してみても、みんなイヤイヤ行ってるって感じじゃなかった。
「あとさ、廃墟に行くと魂を抜かれたようになるって話じゃなかった?」
「そうだな。だがあの二人は充実しているようだったな」
レストランの二人組はとても楽しそうだった。
どういうことなんだろう。
なんか魂をどうのこうのする怖い魔術的な何かとか?
もしくは、なにかの魔法にかけられて通わされている?
だけどそんな感じには見えなかったしなー。
なんか情報がごちゃごちゃしてきた。
どうしよう。
――よし。
「あのさ、一度廃墟に行ってみない? 今ある情報だけでも、実際に廃墟を見れば何かが繋がるかもしれないし」
「そうだな。ここまでの情報だと廃墟の危険性は低そうだしな。現地調査をしてみるか」
次の定休日は三日後。
それまで引き続き酒場で情報収集しながら、廃墟調査の準備をすることにした。
◇
店の定休日。
宿の部屋で、探索用のリュックの中身を確認する。
「もう少し情報が欲しかったね」
結局酒場のお客さんから新たな情報を得ることはできなかった。
廃墟にはお金が必要。女の子がいる。この話は何度も聞こえてくるんだけどね。
ステッキとそんな話をしつつリュックの確認を終えようとしたとき、
「あっ!」
私は慌てて机からお金の入った袋を取り出し、リュックへと詰めた。
あっぶない、お金を持っていくのを忘れるところだった!
みんながなぜか必要と言っているお金。念のためちょっと多めにした。
これで忘れ物はないよね。
「よし! それじゃ行こう!」
私は張り切って宿を出た。
廃墟へと向かう道。
町を出てからずっと、私が歩く数十メートル後ろを楽しそうに会話をしながら男性二人組が付いてきていた。
何を話しているかまではわからないけど、たまに笑い声が聞こえる。
「もしかしてさ、あの二人も廃墟に向かってる?」
「そうかもしれないな」
町を出てからずっと付いてきてるし、間違いないよね。
どうしよう。
このまま進んだら廃墟の前であの二人と出くわしちゃうかもしれない。
廃墟にはこっそり近づきたいし――困ったな。
「脇道に逸れてやり過ごしたらどうだ」
ステッキの提案。うん、それがいい、そうしよう!
私は分かれ道を逸れてしばらく進み、そのまま茂みへと隠れた。
茂みの陰で息を潜める。
二人組の会話が徐々に近づいてくる。
「――張するな。俺何もわからないから、頼むぜ」
「任せろって! 俺は今日で4回目だからな!」
「すごいな! 常連じゃないか!」
「まあな。次で5回目だからな。今から楽しみだぜ」
「本当にすごいな。安くないんだろ? よくそんなに―――」
二人組の会話が遠ざかる。
「すーはー」
無意識に呼吸を止めていた私は、大きく深呼吸した。
茂みから出て元の道へと戻る。
今度は数十メートル先を二人組が歩いている。
「後を追おう。廃墟の女の子に接触するかもしれないし」
私は距離を保ちつつ、二人組の後をつけた。
二人組は私に気づくことなく先へと進んでいく。
「そこまで隠れなくても大丈夫じゃないか?」
「慎重に尾行してるんだよ。あと、雰囲気も大切なの」
「雰囲気か……」
木の陰に隠れたりしながら、二人組を慎重に尾行する。
やがて、廃墟の外観が見えてきた。
鉄格子のような高い柵に囲まれた、大きなお屋敷。
正面には大きな門があり、その先には噴水も見える。
地図上でも大きく描かれていたけど、実物はもっと大きく感じた。
二人組は躊躇することなく正面の大きな門をくぐり、敷地内へと入っていく。
私は廃墟の様子を伺いつつ、慎重に近づいた。
「かなり大きなお屋敷だね」
白い壁に青い屋根の美しい外観をした二階建ての洋館。
洋館の正面には真っ白な噴水があり、水が勢いよく噴き出している。
その噴水を囲んだ生垣には、いくつもの真っ赤な花が咲いていた。
「廃墟って聞いてたけど、すっごく綺麗。手入れも行き届いているみたいだし」
廃墟って言うから、もっとボロボロに朽ちてるんだと思ってた。
それに廃墟に住み着くなんて、物好きな魔女だなーって。
けど、こんなに綺麗な廃墟なら私も住みたいかも!?
そんなことを考えていると、ステッキが話しかけてきた。
「今から俺の指示通りにするんだ」
「突然どうしたの?」
「いいから、両手で俺を握って目を閉じろ」
私の疑問に答えることなくステッキが指示してくる。
「もー、わかったよ」
言われた通りステッキを握り、目を閉じる。
「魔力を両目に集中させるんだ」
「目に集中? そんなのやったことないんだけど」
「意識を集中させる感じでやってみろ」
それはそれでなんか難しいな。
両目に集中……集中……集中……。
ん? 目の周りが温かいような?
「よし、いいぞ。目を開けろ」
「うん」
私はゆっくりと目を開けた。
「えっ? あれ? これって!?」
そこには、朽ちた洋館が建っていた。
◇
「えっ? どういうこと!?」
柵はサビて一部がくずれている。
真っ白だった噴水は茶色に汚れ、水は出ていない。
噴水を囲んでいた生垣は、枯れて雑草だらけ。
「お前が見ていたのは魔法によって作られた幻影だ」
「幻影って? さっきまで見えてた綺麗な洋館は偽物だったってこと?」
「そうだ。幻影魔法の効果を、目に集中させた魔力で打ち消した」
「……幻影魔法? 打ち消す?」
あまり理解できず、ぽかんとする私。
「魔力を持つお前は、この手の幻影魔法に対抗できるということだ」
私があまり理解できていないのを察したステッキが話をまとめてきた。
「とりあえず幻影魔法はなんとかなるってことね!」
全部わかった!
「それにしても幻影魔法ってすごいね。完全に違う風景が見えてたよ」
朽ちた柵へと近づき、茶色の格子の間から屋敷の敷地内を覗き込む。
庭には雑草が生い茂り、石畳の隙間からも雑草が生えている。
廃墟の壁も雨風にさらされて薄汚れている。
「町の人たちにはさっきの綺麗な風景が見えてるってことだよね?」
「そうだ。だから恐れもせずに廃墟へと入っていくのだろう。見てみろ」
言われてステッキの指す方を見る。
「あっ!」
さっきの二人組が玄関の前に立っている。
ステッキが言うように、怖がっている様子はない。
たまに笑ったりして、楽しそう。
けど、あんなところで何をしてるんだろう?
そう思った矢先、玄関の扉がゆっくりと開いた。
「扉が開いた!」
扉から誰かが出てきたらしく、二人組が会話をしているのが見える。
けど、私の位置からだとちょうど扉の陰になってしまい、誰が出てきたのかよく見えない。
「うーん、見えないなー」
頭を右へ左へと振る。
やっぱり見えそうで見えない。
そんなことをしているうちに、扉の陰の人物と会話を終えた二人が廃墟の中へと入っていく。
二人の姿が廃墟の中に消えると、重い音と共に扉が閉じた。
「入って行っちゃった」
静まり返る廃墟。
風に吹かれた草木のざわめきだけが聞こえていた。




