4. 村の話
「わぁ! おいしそう!」
目の前にはお茶と焼き菓子が並んでいる。
私は男性の家に招かれていた。男性が出てきた少し大きめのあの家。
家には他にもうひとり女性がいて、男性は『妻です』と紹介してくれた。
お茶と焼き菓子はその奥さんが用意してくれたもの。
何のお茶なんだろう? 爽やかな香りがする。
それと、クッキーのような、少し硬いパンのような? あっちでは見たことがない感じの焼き菓子。
「どうぞ、召し上がってください」
「いただきます!」
まずは焼き菓子をひとくち。
サクサクとした歯ごたえ。そしてほんのり甘い。おいしい!
お茶も、うん! 焼き菓子に合う!
よく考えたらお腹すいてた。
晩御飯食べないでこっちの世界に来ちゃったし。
どこかのステッキさんがせかすからさー。
喉も乾くしお腹もすくよ。
ジト目でステッキを見る。
「…………」
だんまりのステッキ。
私はステッキにジト目を向けたまま二枚目の焼き菓子に手を伸ばす。
焼き菓子をほおばる私に、男性が再び尋ねてきた。
「もう一度お伺いしますが、やはりあなたは王都から派遣されてきた魔法使いではないのですね?」
「いえ……違います……私は王都から派遣された……魔法使いじゃないです」
もぐもぐしながらなんとか返事をする。
「そうですか……」
私の言葉に、男性は少し残念そうにつぶやいた。
この男性、村の代表を務めているという。
代表ってことは、村長ってことだよね。
村長さん、村で発生している問題を解決してもらうために王都に魔法使いの派遣を要請していたらしい。
申請してから何日か経ったある日、突然私が現れた。
最初は「王都から魔法使いがやってきた!」って思ったらしいんだけど……王都の魔法使いっぽくないピンクの服装、しかもなぜかトイレから出現。
あれ? なんかおかしくない? ってことで、村の中は一気に警戒モード。そして完全に沈黙。
っていうのが経緯らしい。
ん? ということは、私たちがトイレから出てきてウロウロしていたところを見られてたってことだよね? 全然気が付かなかった。
「それで、村に発生している問題ってなんなんですか?」
お茶をすすりつつ、村長さんに尋ねる。
「実は、森に住む魔物が村に現れるようになったんです。今まではそのようなことは無かったのですが……」
魔物?
こっちって魔法とかが存在する世界だし、やっぱり魔物とかもいるんだ?
「えっと、魔物ってめずらしいものなんですか?」
「いえ、魔物自体はめずらしくはありません。それに、こちらから危害を加えれば危険ですが、基本的には彼らの縄張りに入らなければ害もありません」
私は姿勢を低くして、小声でステッキに話しかけた。
「ねえ、もしかして、王都の一件が関係してたりする?」
ステッキが小声で答える。
「かもしれないな。王都で問題が発生したのと時期が近い。魔力が王ひとりに集中した影響で、世界の魔力バランスが崩れたんだろう。それが魔物の精神状態に影響を与えているのかもな」
なるほどね。魔物って繊細なのね。勉強になります。
姿勢を戻し、再び村長さんに尋ねた。
「それで、村に現れる魔物はなにを? まさか、村の人たちが襲われてるとか!?」
「いえ、襲われているのは家畜です。魔物は腹を空かせているのか、次々と家畜を襲いました」
そうか、それで家畜小屋が空だったんだ。
「魔物に対処してもらうために魔法使いの派遣を要請していたのですが……到着を前に、家畜はすべて襲われてしまいました」
村長さんの声のトーンが下がる。
「そうだったんですね……」
それ以上の言葉が見つからず、うつむく私。
しばらく沈黙の時間が続き――ふと窓を見ると、外はすっかり暗くなっていた。
長居しちゃった。そろそろ帰らないと。
……ん? 帰るって、どこへ?
勢いでこっちの世界に来ちゃったけど、食事とか宿泊とか、なんにも考えてなかった。
魔物がいるって話だから野宿は無理。かといってお金もないから宿にも泊まれないし、そもそもこの村には宿らしきものがない。
私の持ち物、ステッキいっぽん……。
固まった表情のまま無言で宙を見つめる私。
それを見ていた村長さんが口を開く。
「もしよろしければ今夜は泊っていってください。すぐに部屋を用意しますので。魔物は一度現れると、その後数日は現れません。村もしばらくは安全です」
村長さんの話が終わると同時に奥さんが席を立つ。
「部屋を準備してきますね」
そう言って二階へと上がっていった。
あー、これ、私が詰んでたのが完全にバレてるよね。
確実に気を使わせちゃってるよね。
けど、正直助かったぁ!!
「ありがとうございます。すみません……」
「いいんですよ、困ったときはお互い様です」
しばらくして、二階から奥さんが戻ってきた。
「用意ができました。どうぞ、二階の奥の部屋をお使いください」
「ありがとうございます!」
喜びいっぱいの表情でお礼を言う。
「それと今から夕飯の支度をしますので、用意ができたらお呼びしますね」
「えっ晩御飯まで!? ありがとうございます!!」
やった! うれしい!
私は改めて二人にお礼を言うと、ウキウキしながら二階の部屋へと向かった。
奥さんに言われた通り、二階の廊下を進んだ先、一番奥の部屋へ入る。
室内にはシングルベッド、その側にはテーブルと椅子。
正面には大きめの窓。
そこはペンションの一室のような、素朴だけど落ち着いた感じの部屋だった。
私はステッキをテーブルへ置くと、そのままベッドに倒れこんだ。
枕がふかふかで気持ちいい。
「夕飯の用意ができましたよ」
扉の向こうからの奥さんの呼びかけでハッと目が覚める。
私、枕にうつ伏せのまま完全に寝てた……。
「今行きます!」
ベッドの上から大きな声で返事を返すと、くしゃくしゃになっている髪の毛を整えた。
夕食。
先に座っていた村長さんに促され、村長さんの向かいの席に座る。
さっきお茶をご馳走になっていたテーブルに、今度はいろいろな料理が所狭しと並べられていた。
夕食の支度をしている奥さんが、申し訳なさそうな表情で私の前にお皿を置く。
「すみません。家畜がみな襲われてしまったので、野菜ばかりで」
「いえいえ! 私、お野菜が大好きなので、すっごくうれしいです!」
野菜のスープ、キッシュ、田楽みたいなものまである!
まさに野菜のフルコース!
野菜っていろんな料理になるんだなー。
実は、昼に畑で見かけたときもちょっとかじりつきそうになってた。
支度を終えた奥さんが村長さんの隣に座る。
「豊作の神に感謝を」
二人がお祈りのような言葉を唱え始めた。
私も慌てて見様見真似で手を組む。
「……それではいただきましょうか」
「はいっ! いただきます!!」
まずは野菜のスープをひと口。
うん! おいしい!
野菜本来のうま味が存分に引き出されている!
レシピ知りたい! 作り方習いたい!
おなかがぺこぺこだった私は、もくもくと野菜料理を食べ続けた。
料理をほおばる私に、奥さんが微笑む。
「本当に野菜がお好きなんですね」
「はい! どのお料理も本当においしいです!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。たくさん召し上がってくださいね」
「はい!」
私は次々と出される野菜料理をきれいにたいらげた。