7. 追い詰められた話
「船がいない……」
ここに救助の船が来ていて、女性たちを乗船させる作戦だった。
けど、その船がいない。
女性たちは砂浜にしゃがみ込んでいる。もう走れる状態じゃない。
森の方からは村人たちの怒号が聞こえる。その声は徐々に大きくなっている。
後ろは海。逃げ場はない。
どうする?
森の中に何人もの人影が見える。村人たちはすぐそこまで来ている。
どうする!?
どうする!!
……私はステッキを両手で構え、村人が追ってくる森へと向けた。
そして、呪文を唱えた。
「レーナ! クシ! イオ! ルリグ!」
ステッキの先端がオレンジ色に輝き、やがて炎となり、先端から放たれた。
放たれた炎は螺旋を描きながら森へと向かって飛ぶ。
炎は森から現れた村人たちをかすめ、すぐそばのヤシの木に命中した。
ヤシの木が一瞬で炎に包まれる。
その様子にパニックに陥る村人たち。逃げ出す者、腰を抜かす者、頭を抱えてしゃがみ込む者。
「レーナ! クシ! イオ! ルリグ!」
「レーナ! クシ! イオ! ルリグ!」
私はかまわず呪文を連発した。
炎が次々にヤシの木に命中し、勢いよく燃え上がる。
「レーナ! クシ――」
「おい! おちつけ! もうやめろ!」
ステッキの声で私は我に返った。
そこには、炭になったヤシの木が倒れて折り重なっている光景が広がっていた。
その側で震えあがる村人たち。
ステッキを構えていた手の力が抜け、だらんと両手が下がる。胸がぞわぞわとした感覚になり、全身から冷汗が噴き出した。
「派手にやったわね」
上空からカールラさんが降りてきた。
背中には妖精のような半透明の羽が見える。彼女が砂浜に着地すると同時に、その羽がパッと消えた。
「けれど助かったわ。あなたが村人たちを鎮圧してくれたおかげで、この問題は解決しそうよ。ほらっ」
彼女が私の後ろを指さす。
その先には、沖合に浮かぶ大きな船の姿があった。
◇
沖合の大型船はカールラさんの手配した救助船だった。
その船から来た何隻かの小型船が浜辺に到着、捕まっていた女性たちがその船へと乗り込んでいく。
村は小型船で来た兵士たちによって鎮圧され、捕らえられた村人たちは広場に集められた。
村人の中にロニーの姿はない。子供たちは縛られずに、一軒の家に集められているらしい。
私はこの村での出来事を証言するため、村人が集められている広場にいた。
縛られた村人たちは口々に文句のようなものを言いながら、私たちを睨んでいる。
完全に日が暮れ、広場には何本もの松明が灯される。
カールラさんは村人の前に立つと、一冊の本を掲げて話し始めた。
「ここでの話はすべてこの本に記録されます。証拠となるので、絶対に虚偽の発言をしてはなりません」
掲げた本が松明の灯りに照らされる。
文句を言っていた村人たちが一斉に静まりかえった。
彼女は本を左手に持ち替えると、表紙を開く。
そのページが一瞬大きく光ると、話した内容が文字として記録され始めた。
「それでは、あなたがこの村で体験したことを証言してください」
本が私へと向けられる。
「あ、はい。まず、私が海水浴場で泳いでいたときに――」
私は巨大タコに捕まった話から、窃盗にあったこと、檻に閉じ込められたこと、女性たちを救出したことまでを順に説明した。
「――ということがありました」
「わかりました。ありがとうございます」
カールラさんは私から縛られている村人の方へと向きなおすと、話を続けた。
「この村が集団で人身売買を行っている、という嫌疑がありました。今の証言により、それが事実であるということが証明されました」
そう。彼女が言っていた捜査とは、この村で行われていた〝人身売買〟について。
最初は信じられなかったし、信じたくなかった。
けど、事前捜査の話を聞いて、私も真実を確かめたくなってしまった。
その話というのが、〝キノコ〟のこと。
最初の晩、私はステッキがなくなったショックで食欲がなくて、キノコを数口しか食べなかった。
だから一瞬眠くはなったけど、深い眠りに落ちることはなかった。
次の晩。カールラさんから、キノコ料理をたくさん食べるように指示されていた私は、おなかがいっぱいになるまでキノコを食べた。
そのため、私は深い眠りに落ちて檻に閉じ込められたことに気が付かなかった。
これが、女性に危害を加えることなく檻に閉じ込める方法だったのだ。
村人はキノコの効果を打ち消す薬草を一緒に食べることで、睡眠の効果を受けないようにしていた。
ターゲットの女性には、その薬草が含まれない部分を取り分けていた。
カールラさんが険しい表情になる。
「これより尋問を開始します。今まで何人を売りましたか?」
黙る村人たち。
そんな中、縛られたロニーの母親が口を開いた。
「まだひとりも売っちゃいないよ。5人集まったら引き渡す約束だったからね」
「誰と引き渡しの約束をしていたんですか?」
「それは言えないね」
「……その相手は海賊ではありませんか?」
母親の体がビクンと震えた。
そして、チッ、と舌打ちをした。
「やはりそうですね。相手は海賊ですね」
母親は観念した様子だった。
「そうさ、相手は海賊さ。数か月前、この村は海賊に襲われたんだ。アタシの旦那も海賊に殺されちまったよ」
やっぱりロニーのナイフは形見だったんだ……。
母親が話を続ける。
「全員が殺されると思ったとき、海賊が条件を出してきたんだ。女を用意できるなら命は助けてやるってさ」
「それで、女性を捕らえることにしたんですね?」
「そうさ。そうしないとアタシたちも、子供たちも殺されちまうからね」
母親の自供は続く。
「女を捕まえるのに使えって、海賊がキノコを置いていったんだ。そのキノコは食べると強烈な眠気に襲われる。干して調合すると幻覚剤を作れる。アタシたちはキノコを栽培するために建物を作って、栽培を始めたのさ」
「あのレンガ造りの建物ですね」
「そうさ。キノコの栽培には湿度が必要だからね」
私たちが閉じ込められていたあの建物、二階がキノコの栽培室になっていたらしい。
それで蒸し暑かったのか。
カールラさんの尋問が続く。
「証言に『巨大タコに捕まった』とありました。どうやってタコを操っていたのですか?」
「操る? そんな大層なもんじゃない。キノコで作った幻覚剤をタコに食わせるだけさ」
「幻覚剤をタコに与えた?」
「幻覚剤をエサに混ぜて食わせるのさ。幻覚剤で混乱したタコが海水浴場の沖で人を襲う。幻覚剤のせいで触手の力は弱まっちまうが、それが都合がいいのさ」
「都合がいいとは?」
「弱った触手なら、男は自力で逃げられる。触手から逃げられなかった非力な女だけが捕まるってわけさ」
「それでは子供も捕まりませんか?」
「子供は沖までは泳げないからね。沖合にある岩礁を目指して泳いでくるようなやつが捕まるのさ」
……私のことだ。
それと、救助船の到着が遅れたのも巨大タコのせいだった。
巨大タコが絡みついて動けなくなっていたらしい。
「わかりました。続いて――」
カールラさんの尋問はその後も続いた。
◇
私は救助船にある来客用の部屋にいた。
カールラさんの尋問は続いていたけど、私のお役目は終了とのことで、先に船に来ていた。あの場の空気はかなり辛かったから、正直ほっとした。
浜辺から小型船に乗って沖合に停泊している救助船へ乗船したんだけど、この船、かなり大きい。大砲のようなものも付いていて、攻撃もできそう。室内もちょっとした豪華客船? みたいな感じ。ベッドも装飾が施されているし、壁には絵画なんかもある。
救助船って言うから、もっと殺風景なのかと思ってた。
船内のお風呂でさっぱりして、少し遅い夕食をご馳走になる。魚のソテーとちょっとしたサラダ。それとパン。超豪華ってわけじゃないけど、とってもおいしい。
私がもくもくと食べていると、カールラさんが食堂へ入ってきた。彼女は厨房の方へ軽く手をあげると、私の向かい側の席に座った。
「やっと終わったわ。まずは一段落ね」
「おつかれさまでした」
食事の手を止める私。
「食事を続けていいわよ」
彼女の言葉に、遠慮しつつ小さくちぎったパンを口に運ぶ。
船員が彼女の前にお茶を置いた。
「事件に関与した村人について取り調べが終わったわ。誘拐と監禁が処罰の対象になるわね」
そうだよね。
海賊に脅されていたとはいえ、無罪放免ってことにはならないよね。
彼女はお茶を一口飲み、話を続ける。
「朗報、と言っていいかはわからないけど、子供たちは事件に関与していなかったわ。私もほっとした」
ロニーは事件に関係ない。これは私にとってかなりの朗報だった。彼女の表情もどこか優しげになっていた。
しかし、再び表情が険しくなる。
「簡単な報告は以上なんだけど……食事の後に少し時間をもらえるかしら」
なんとなく察しがついた私は、パンを飲み込みながらうなずいた。
「ごめんなさいね、急に呼びたてて」
私はカールラさんと応接室にいた。
「まずは改めてお礼を言わせてちょうだい。あなたのおかげで村の問題を解決できたわ」
「いえ、私もステッキを助けてもらったので。ありがとうございました」
彼女の表情が微笑からすこし険しい表情へと変わる。
「実は、まだ事件は解決していないのよ」
私もわかっていた。
この事件はまだ解決していない。
「海賊、ですよね?」
「そう。村を襲い、人身売買を行わせようとした海賊をなんとかしないといけない」
今回の事件。村人たちは被害者でもある。
村が海賊に襲われることがなければ、そもそも人身売買の事件は発生しなかった。
「そこでなんだけど、もう一度あなたに協力してもらいたいのよ」
海賊は絶対に許せない。
けど、私が協力できることって?
「あの、もしかして、ヤシの木を燃やした魔法ですか? 私、魔法を人に向けたことはなくて……あのときは夢中で……」
小声になる私。
「あなたに直接手を下させるつもりはないわ」
彼女の言葉にホッとする。
けど、それなら何をすれば?
「島でステッキからあなたの話をきいたとき、その中にとても興味深いものがあったのよ。あなたの最も得意な魔法のお話」
ステッキさん、私のことどこまで話しているの?
「得意な魔法って、もしかして料理魔法のことですか?」
「ええ。その魔法で海賊討伐に協力してもらいたいの」
彼女の作戦はこう。
村人たちに協力させ、私と彼女を海賊に引き渡す。
私が海賊船で船員たちにキノコ料理を振る舞う。
全員がキノコの効果で眠ったところで、一気に殲滅させる。
というもの。
海賊相手となると、正直言ってかなり怖い。
けど、今回ばかりはその恐怖心を私の怒りが上回った。
捕まっていた女性たちのすすり泣く声、村から逃げるときに見たロニーの表情、まだはっきりと脳裏に焼き付いている。
そして、私自身もいろいろな恐怖や絶望を味わわされた。
グッとおなかのあたりが熱くなる。
「わかりました。協力します!」
私は力強く返事をした。




