6. 捜査の話
「ただいま。あ、ロニー」
家に戻ると、ロニーが居間にいた。
「おかえりマホロ。どこへ行ってたんだ?」
「うん、今朝言っていた探し物をしててさ」
「見つかったのか?」
「見つかったよー。心配かけてごめんね」
「そうか! よかったな!」
ロニーがニカっと笑う。
「おかえり。今、晩御飯の支度をしてるから、先にお風呂に行っといで」
キッチンから母親の声。
「いこうぜ! マホロ」
「うん」
昨日と同様に、私はロニーとお風呂屋さんへ向かった。
お風呂屋さんに到着。
「おじちゃん、二人分な」
「あいよ」
店番はおじさんに代わっていた。それはそうか。
「それじゃあとでな」
ロニーが右側の脱衣所へと入っていく。
私は左側の脱衣所へ向かった。
水着を脱いでカゴへ入れる。今日はステッキを持って入ることにした。どうせ湯気で見えないだろうし。
洗い場で体を洗い、湯船に入る。けど、緊張であまりくつろげない。
一度肩までお湯につかると、私はすぐにお風呂を出た。
「ただいまー。なんだマホロ、先に戻ってたのか」
ほとんど湯船に浸からずに出たので、私はロニーよりも先に家に戻っていた。
「晩御飯にするよ」
母親が料理を並べる。
おいしそうなキノコ料理。
「いただきまーす!」
「いただきます」
昨日よりは調子がいいので、食欲もある。
私は夢中でキノコ料理をほおばった。
そして――
「眠い……」
おなかがいっぱいになった私は、すぐに眠くなった。
「眠いのかい? なら寝床で休んだらどうだい?」
「すみません、先に休ませてもらいます」
私は母親の言葉に甘えて、先に休むことにした。
◇
「う、うーん……」
夜の蒸し暑さと寝心地の悪さとで目が覚めた。
そこはベッドではなく、硬い床の上だった。
ゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。
灯りなどはなく、部屋の上から斜めに入る月明かりだけが部屋の一部を照らしていた。
しばらくして、目が暗さに慣れてきて――うっすらと見えてきた光景に、私は言葉を失った。
私の周りには幾つもの檻が置かれていて、一つの檻に一人ずつ女性が入れられている。
暗闇の奥からすすり泣く声も聞こえる。
そして私も檻の中にいた。
けど、私は冷静だった。
なぜならカールラさんが言った通りの展開になっていたから。
私の入れられている檻の鉄格子の隙間から、ステッキが入ってきた。
「室内を見て回ったが、捕まっているのは4人だな。全員女だ。見張りはいないようだ」
「ありがとう」
状況は分かった。
檻に閉じ込められた女性が4人。
見張りはいない、と。
しばらくして、小窓から小さな光の玉が室内に入ってきた。
光の玉はまっすぐに私の元へと近づいてくる。
目の前で浮遊する光の玉から、カールラさんの声が聞こえた。
「聞こえる? 中の状況を教えて」
そう、この光の玉は彼女の魔術。
離れたところにいる彼女と会話ができる、というもの。
「聞こえています。捕まっている女性は4人です。見張りはいません」
「ありがとう。打ち合わせ通り、そのまま朝まで捕まったふりをしていて」
「わかりました」
光の玉がふっと消えた。
捕まっている女性は眠ってしまったのか、すすり泣く声は聞こえなくなっていた。
建物の外から小鳥の鳴き声が聞こえる。小窓からは朝日が差し込み、室内は薄明るくなっていた。
カチャカチャと何かを外す音。そして、引き戸をゆっくりと開ける重い音が室内に響く。その音に合わせて、室内にまっすぐな光が差し込んできた。
逆光に照らされて、黒い影が室内に入ってくる。顔は見えない。
「飯の時間だよ」
そう言うと、その影はガチャガチャと食事の用意を始めた。私はこの声に聞き覚えがあった。
「ほら、飯だ」
私の檻に、お皿に盛られたペースト状の食事が入れられた。
「どうしてこんなことをするんですか」
怒りを抑えた声で、私はロニーの母親に尋ねた。
「あんたが知る必要はないさ。早く食っちまいな」
「ロニーはこのことを知っているんですか?」
「……」
続けた問いに、母親は黙った。
その後も母親は黙ったまま他の檻に食事を入れ、提供を終えると重い扉を閉めて戻っていった。
再び薄暗くなる室内。
周りの檻からは、ペーストを食べる音が聞こえてくる。
私もその謎のペーストを食べてみた。
「……おいしい」
マッシュポテトのようなその料理は、とてもおいしかった。
カールラさんの情報によると、次に食事の提供が行われるのは夕方。それまでは誰も入ってこないらしい。
私は次の行動を開始した。
ステッキを檻の隙間から放つ。ステッキは入り口付近にある棚へと向かい、しばらくしてから戻ってきた。
「あったぞ」
ステッキの羽に、鍵の束が掛かっている。
私はステッキからそれを受け取り、束の鍵を一本ずつ自分の檻の鍵穴へと差し込んでいく。
一本目、二本目、三本目で手ごたえがあった。
檻の扉を慎重にゆっくりと開く。錆がすれ合う音が室内に響く。音が外に漏れていないか気になって、自分の鼓動がやけに大きく聞こえた。
「はあぁぁぁ……」
檻から出た瞬間、緊張が解けて大きなため息が出た。建物の外に見張りがいるかもしれないし、できるだけ音を立てないようにしないと。
檻を出た私は、忍び歩きで隣にある檻へと向かった。
檻の中には、私と同じように水着を着た女性が入れられていた。
「あ、あなたは!?」
「しっ! 静かに! 助けに来ました」
鍵を一本ずつ鍵穴へと差し込んでいく。
「今檻の鍵を開けます。けど、すぐには出ないでください。後で助けが来るので、そのときに一緒に逃げます」
私の言葉に、檻の中の女性は無言でうなずいた。
その後も檻を順番に回り、すべての鍵を開けた。
そして自分の檻に戻ると、静かに扉を閉めた。
それから何時間か経ち、小窓の光がオレンジ色になった頃。
再び扉が開く音がした。
室内に入ってくるロニーの母親。しかし、朝のときとは状況が違っていた。
母親の後ろにカールラさんが立っている。気配を消す魔術の効果で、母親は彼女の存在に気づいていない。
「飯の時間だよ」
朝と同じように、母親が食事の準備を始めた。
そのとき、母親の後ろに立っていたカールラさんが声を発した。
「動かないで」
お皿を持ったままの状態で固まる母親。
カールラさんは固まっている母親の頭に手を添えると、何か呪文のようなものを唱えた。膝から崩れ落ちる母親。倒れた母親に手際よくさるぐつわをかけ、両手両足を縛り上げた。
そして、檻の中の女性たちに声をかけた。
「助けに来たわ。さあ、檻から出てこっちへ」
その声を合図に、女性たちが一斉に檻から出て彼女のもとへと集まる。
私も檻を出て彼女のもとへと向かった。
カールラさんが全員に脱出の方法を説明する。
「この子が先行するから後ろについて走って。砂浜に救助の船が来ているから、すぐに乗り込むのよ」
私は無言で全員に目配せをしてうなずいた。
この建物から砂浜へ向かうには、二つのルートがあった。
ひとつは、村の外周を迂回するルート。一見安全そうだけど、走る距離が長くなるから女性たちの体力が持つかわからない。発見されるリスクもゼロではない。もし発見された場合、海と村とに挟まれた状態で、逃げ道はない。
そこで選んだのが、もうひとつ、あえて村の中心を抜ける最短ルートだった。こっちは最初から村人に見つかるのが前提となる。彼女たちの体力があるうちに、一気に逃げ切る作戦。
カールラさんが外の様子を伺う。
そして――
「今よ! 走って!」
その言葉を合図に、私が先行して建物から飛び出した。女性たちも私に続いて飛び出す。
水着の女性5人が村の中を走り抜ける。
その様子に村人たちは驚いた表情を見せたが、やがて何人かの村人が私たちを追いかけてきた。
砂地に足を取られながら、懸命に走る。
村の広場に到着。
「こっち!」
私は後ろを振り向き、女性たちに向けて叫んだ。
と、そのとき、視界の端にロニーの姿が見えた。ロニーは私を見ていた気がした。けど、今はそれどころじゃない。
私は再び前を見て走る。村の出口を抜け、ヤシの木の森を抜け、予定通り砂浜へと到着した。
「船はっ!?」
そこに、船の姿はなかった。




