2. お風呂の話
村のはずれにある建物。
見た目は他の家と同じだけど、サイズがふた回りくらい大きい。
屋根の一部が開いていて、そこからもくもくと湯気が立ち昇っている。
「ここが風呂屋だ。行こうぜ!」
ロニーは私の手を引いたまま入り口へ入ろうとする。
「ちょ、ちょと。そんな急に、はずかしいよ……」
「何言ってるんだ? はずかしいことなんてないだろ?」
「だって、はだか……」
もじもじしながら小声でロニーに伝える。
ロニーが『はぁ?』という表情に変わる。
「何言ってんだ? 風呂はみんな裸だぜ?」
そう言って、ロニーがぐいぐいと私の腕を引っ張っていく。
抵抗むなしく、私はお風呂屋へ連れ込まれた。
中に入ると小さめのエントランスになっていた。
正面に靴を脱ぐ場所があり、下駄箱のようなものがある。
そしておばさんがひとり、椅子に座っていた。
「おばちゃん、今日は俺の家の客も連れてきたから二人だ」
「あいよ」
ロニーが何枚かの硬貨をおばさんに渡した。
そっか、銭湯みたいな感じなんだ。
「ここで履物を脱ぐんだ。脱いだらそこに入れておく。って、マホロは裸足か」
そう。
海の中で巨大タコに捕まってここまできたから、ずーっと裸足のまま。
海岸も村も砂地だからとくに問題なかったけど、なんかサンダルみたいなのは欲しいかも。
「それじゃ、足の砂を払ってから入ってくれ」
「うん」
ロニーに言われるままに足の砂を払う。
……いよいよお風呂だ。
鼓動が早くなるのを感じる。
仕方ない。こうなったら心を決めるしかない。
正直はずかしいけど、ロニーはまだ少年だし、見られてもギリギリセーフだよね……あれ? 違う意味でアウト?
「俺、こっちだから。マホロはそっちな。間違ってこっちにくるなよ!」
「えっ?」
きょとんとする私。そして顔が一瞬で熱くなる。
私、勝手に混浴だと思い込んでた!
ひとりで何を考えてたの!? 恥ずかしすぎる!
「あ、そうだ。風呂から出たら家に戻っていいからな。それじゃ、またあとでな!」
ロニーは右側の男湯へと消えていった。
私はお風呂に入る前からのぼせた状態で、ふらふらと左側の女湯へ入った。
◇
脱衣所にはロッカーなどはなく、部屋の隅にカゴが重ねてあるだけだった。
見ると、服が入ったカゴがいくつか床に置いてある。
なるほど、このカゴに脱いだ服を入れておくのか。
体を拭くのはどうすれば――脱衣所を見回す。
積み重なったカゴの横に、バスタオルのような大きな布が何枚も重ねて置いてある。
側には使用済みの布が入ったカゴもあった。
うん! なんとなくわかった!
私は重ねてあるカゴをひとつ取ると、まずは腰に下げていたステッキを入れた。
「見ちゃだめだよ!」
冗談っぽくステッキに小声で話しかける。
「俺は魔道具だぞ? 何を心配している」
ステッキが小声で返す。
念のため、体を拭く布を一枚持ってきてステッキを包んだ。
「おい、俺を信用してないのか?」
布の中からステッキの声。
「ちがうちがう! あなたを他の人に見られないようにするためだよ!」
「……」
布が静かになった。
「そうそう、ちょっとの間おとなしく待っててね!」
私は着ていた水着を脱ぐと、ステッキが包まれている布の上に置いた。
脱衣所とお風呂場とを仕切る長いのれんをくぐり、お風呂場へと入る。
お風呂場は案外広くて、洗い場と湯船に分かれていた。
湯船は大人が4人くらいゆったりと入れる広さ。
洗い場にはいくつかの椅子と手桶。中心にはお湯を張った大きな桶。
見ると、体を洗っていた人が手桶でそこからお湯を汲んで体を流している。
なるほど、大きな桶のお湯は体を流すためのものか。
まずは洗い場へ。
石鹸は――これかな?
何か天然の素材でできたっぽい石鹸らしきものが入った小袋が置いてある。
手桶にお湯を組み、その中で小袋を揉みしだく。
すると桶いっぱいにクリーミーな泡が立ち上がった。
泡を手ですくい、頭の先からつま先まで全身泡まみれになりながら丹念に洗う。
最後に泡をお湯でしっかり流して、と。
「ふぅ、さっぱりした」
あまりにもさっぱりしたので、つい声に出してしまった。
海水でごわごわの髪、ぺたぺたの肌、ずっと気持ち悪かったんだよね。
全身を洗い終えた私は、いそいそと湯船へ。
湯船には、ひとりの女性が入っていた。
「しつれいしまーす」
小声であいさつしつつ、女性が入っている反対側からゆっくりと湯船に入る。
私は湯気越しに女性と向かい合う形でお湯に浸かった。
湯気ではっきりは見えないけど、目鼻立ちのしっかりとしたかなり美人そうな感じの女性。
金色の髪をぐるぐる巻きにしてまとめている。
のんびりとお湯に浸かっていると、突然その女性が話しかけてきた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
まさか話しかけられるとは思っていなかったから、少しぎこちない挨拶を返してしまった。
ふにゃふにゃにだらけた姿勢を、慌てて正す。
「あなた、この村の人?」
「あ、いえ、違います。今日この村に来たばっかりで」
「あらそうなの? 私と同じね」
「えっ!? そうなんですか?」
へー、このひともこの島に来たばかりなんだ。
私は偶然流れ着いたけど、このひとは何でこの島に来たんだろう。
「この島にはどういった理由で? 旅行とかですか?」
つい興味本位で尋ねてしまった。
「ええ、まあ……そのようなものね」
そっか。やっぱり旅行か。
「そうなんですねー。いいですね、旅行」
南国リゾートみたいだもんね、この島。
女性が湯船から立ち上がる。
すらっとした長身で、やせ型なのに出ているところは出ている。
ちょっとうらやましい。
「お先に失礼するわね」
そう言い残し、彼女はお風呂場から出て行った。
ちょっと不思議な雰囲気の人だったな。
けど、違和感というか……なんだろう、この感じ。
顔半分までお湯につかりながらぶくぶくと考える。
うーん、うーん。うん……のぼせる。出よう。
私はお風呂から上がり、脱衣所へと戻った。
脱衣所にさっきの女性の姿はなかった。
私は自分のカゴから布を取り出すと、濡れた髪をぽんぽんと拭く。
反対側を拭こうと顔を斜めにしたとき、ちょうどカゴが視界に入った。
「ん? あれ?」
私は髪を拭いていた布を投げ出し、カゴをひっくり返した。
カゴから水着が落ちる。
他には何も落ちない。
「……ない。ステッキがない!」
盗まれた!?
お風呂で温まった体が一瞬で冷める感じがした。
慌てて他のカゴの中や棚、積んである布、ありとあらゆるところを探す。
「ない……やっぱりない……」
私は濡れた体のままぺたんと床に座り込んだ。




