3. どこかに着いた話
ゆっくりと目を開ける。
そこにはのどかな風景が広がっていた。
「ここは?」
「すまない、俺にもわからない。ゲートの出口を王都に設定していたんだが、やはり駄目だったな」
「さっきも『駄目』って言ってたけど、どういうこと?」
「ゲートの接続が弾かれた。おそらく王都に結界が張られたんだろう。弾かれたゲートの出口が偶然この小屋の扉に繋がったみたいだな」
今出てきた扉の奥を覗く。
がらんとした部屋の床に、ぽっかりと穴が開いている。
そして香しい匂いが部屋に充満している。
ここってもしかして、トイレ!?
偶然トイレ同士が繋がった!?
なんかちょっとやだなぁ。
ついもう一度部屋の中を覗き込む。
うーん、あの穴から出てきたわけじゃないんだけど、やっぱりやだなぁ。
「おい、何をしている。行くぞ」
「え? 行くってどこへ?」
「他の場所を見て回る。ここがどこなのか情報を得ないとな」
それもそうか。
何度もトイレを覗いていても、らちが明かないしね。
「うん、そうだね。行こう」
私たちはその場を後にした。
小屋の前から続く細い道に沿って進むと、やがて少し広めの通りに出た。
舗装などはされていなくて、地面には轍ができている。
道に並行して小川も流れている。
ふと見ると、今来た道に向けて矢印のような看板があった。
看板に描かれた記号から察するにトイレの案内っぽい。
やっぱりトイレだったんだ……。
トイレの看板から再び道の先に視線を戻す。
通りはゆるやかな下り坂になっていて、ずっと先まで続いている。
道に沿って、木造の家や小屋がまばらに建っている。
「ここってどこかの村なのかな。なんか静かでいいところだね」
「そうか? 俺は不気味に感じる。静かすぎる」
たしかに。
静かというより静寂。物音ひとつしない。
家の窓という窓はすべて閉ざされていて、人の気配がない。
かすかに木々の葉が擦れる音だけが聞こえる。
「あ、なんかちょっと怖くなってきたかも……」
ステッキを握る手にギュッと力が入る。
「行くぞ」
「う、うん」
少し尻込みしながら道を下る。
なんか突然飛び出してきたりしないよね!?
『怖くない……怖くない……』
心で唱えながら進む。
『怖くない……怖くない……私は魔法少女……私は魔法少女……私は魔法少女?』
ん? 結局、私って魔法少女なの?
恐怖とは違う思考が頭の中をぐるぐるし始めたら、恐怖心が少し和らいできた。
そうだよね。怖がってばかりじゃだめだよね。
とにかく何かしらの情報を見つけないと。
気を取り直して、家・納屋・井戸を次々と覗いてみる。
けどなにも見つからない。誰もいない。
家畜小屋のような建物もあったけど、動物はいない。
一体この村はどうなってるの!?
「あーもー疲れたっ! 少し休憩!」
私は道の端にあった切り株に腰かけた。
深呼吸しながら、空を見上げる。
村は木々に囲まれていて、森の香りのする心地よい風が吹いている。
「村は不気味だけど、風は気持ちいいな……」
小川の水はとても澄んでいて、冷たそう。
「村は不気味だけど、小川がきれい……」
小川の側にはいくつもの小さな畑が作られていて、みずみずしい野菜が元気に育っている。
「野菜が元気に育って、おいしそう……」
ん? 野菜が育ってる?
私は切り株から立ち上がり、畑へと向かった。
畑ではいろいろな野菜が育てられていた。
私の世界でいうところの、トマト、ナス、キュウリ、そんな感じの植物。
茎が倒れないように支柱が立ててあるし、鳥よけのようなものもぶら下がっている。
「たぶんだけど、この畑って誰かが管理してるよね?」
「そうみたいだな。王都でもいろいろな野菜が売られているが、それよりもかなり立派だ。自生ではないだろうな」
ということは、やっぱりこの村には人がいる?
「あのさ、思い切って呼びかけてみようよ。敵対する意思がないって伝えれば、村の人たちが出てきてくれるかも」
「そうだな……コソコソと嗅ぎまわっている方が怪しまれるかもしれないな。こちらから呼びかけてみるか」
そうと決まれば早速――
「あっ! でもどうしよう、あっちの世界の言語じゃ通じないよね? どうやって呼びかけよう……」
「お前は何を言っている? さっきからこの世界の言語で俺と会話をしているだろう」
「えっ!? あなたが私の言語で喋ってるんじゃないの!?」
「逆だ。お前がこの世界の言語を使っているんだ」
「そうなの!? いや、もしそうだとしても、なんで私がこっちの世界の言葉を喋れてるの!? 私、自分の言葉で普通に喋ってるだけだよ!?」
「お前は魔力を使って会話をしているんだ。会話は常に翻訳されている。無意識のうちにな」
そうだったんだ!
ステッキと出会ったときから当たり前に会話ができてたから、特に意識してなかったよ。
それならそうと最初に説明してくれればよかったのに!
「魔力で翻訳って、会話だけじゃなくて読み書きもできるの?」
「もちろんだ」
ということは、言葉の壁とかまったく気にしなくていいってことだよね!
これって、外国語ペラペラで海外旅行に行くような安心感だよ。
「そうなると、言葉を気にする必要はないわけだから、あとは思い切って呼びかけるだけだね」
私は気合を入れなおして、村の中心にある広場へと向かった。
◇
村の広場。
道と同じく舗装などはされていなくて、ボール遊びができそうな公園くらいの広さ。
その広場を囲むように、まばらに家が建っている。
さて、と。
私は大きく息を吸い込んで、お腹から声を出して呼びかけた。
「すみませーん! だれかいませんかー! あやしいものではありませーん! とおりすがりのまほうしょうじょでーす!」
そう、お店から直接この世界に来ているんだから、服装は魔法少女のまま。
この格好で出歩くの、こっちの世界ではどうなの? セーフなの?
自分の格好に改めて照れ始めた矢先、広場に面して建っている少し大きめの家の扉が、ゆっくりと開き始めた。
扉が開くと、そこにはひとりの男性が立っていた。
人だっ!!
がっちりとした体格だけど、落ち着いた感じの男性。目鼻立ちの整った顔。短髪にキリッとした眉。
年齢は、40歳くらい?
やや緊張した面持ちでこちらを見ている。
手に武器らしきものは――持っていない。ほっ。
あっ、そうだ、敵対する意思がないことを示さないと!
「こっ、こんにちはー」
両手を広げ、手に何も持っていないことをアピールしつつ、ちょっとひきつった笑顔であいさつした。
こっちも緊張してるもん、接客のときみたいにはいかないよ。
その様子を見ていた男性は、ゆっくりと私の方へ歩き始め、そして――
「派遣されてきた魔法使いの方ですか?」
落ち着いた口調で私に話しかけてきた。