6. ダンジョンに入る話
一週間後、私は例の木の下でルイザさんを待っていた。
しばらくして、彼女がやってきた。
――巨大なリュックを背負って。
「おまたせー! おっ! マホロちゃん、気合入ってるね!」
彼女が私の足元から頭上まで、ジロジロと視線を巡らせた。
最初に会ったときに着ていた普段着とは違い、今日の私は作業用のつなぎみたいな格好をしていた。
厚手の布地でできた、汚れや破れに強そうな感じのやつ。
まあまあ高かったけど、ダンジョンとか危なそうだし、それにケガもしたくないし。
「気合っていうか、この格好は安全のためです! それより、そのおっきな荷物は何なんですか?」
私は、彼女の背中をすっぽりと覆うほどのパンパンなリュックを指さした。
「え? なにって、食材だけど? 携帯食材はおいしくないから、普通の食材を買ってきた!」
普通の食材? 前に『コンパクトにまとめられた携帯食材がある』とか言ってなかった?
携帯食材の調理は難しいから、私の料理魔法が必要なのかと思ってたんだけど……私、必要?
「携帯食材じゃないなら、わざわざ私が調理しなくても自分で調理できるんじゃないですか?」
「え? そんなことないよ? アタシ、普通の食材で調理してもきちんとマズくなるから!」
なんでそんなに自信満々なの……。
けど、私が必要なのはわかったよ。
「今日はおいしい料理が食べられると思って、いろいろな食材を買ってきたんだよ。今から楽しみ!」
今からダンジョン攻略に行くんだよね?
ピクニックじゃないよね?
私、朝からずっと緊張してたんですけど!!
「それじゃ、ダンジョン攻略に出発!!」
ぷんすかしている私を置いて、ご機嫌な彼女が背中のリュックをゆさゆさと揺らしながら先に行ってしまった。
「あっ! 待ってください!」
◇
街道を進む私たち。
しばらくして、
「こっち」
彼女が街道を逸れて、草原へと足を踏み入れた。
足元は膝くらいの丈の草に覆われていて、地面のでこぼこが見えない。
「あぶなっ」
一歩踏み出す度に、石や窪みに足を取られそうになる。
目の前のリュックと自分の足元だけを見ながら進む。
転ばないように歩くことに集中していると、頭上で彼女の声がした。
「ダンジョンはこの森の中」
その言葉に顔を上げると、いつのまにか目の前には深い緑の壁がそそり立っていた。
高く伸びた樹々が日光を遮り、昼間なのに薄暗い。
まるで誰かの侵入を拒むかのように、枝々が絡み合っている。
「ここから入るよ」
彼女が指さした先には、人ひとりがやっと通れるくらいの細い道があった。
細く地面が見えているだけの道らしき上を、綱渡りのような感覚で進む。
聞こえてくるのは私たちの足音と、巨大なリュックと枝が擦れる音だけ。
動物も見かけなければ、鳥の鳴き声もしない。
「ちょっと怖いですね、この森」
私はたまらず彼女に話しかけた。
「そう? まあ、ダンジョンがあるような森だからね。普通の森とはちょっと違うのかもね」
あっけらかんと答える彼女。
気にする様子もなく、ずんずんと進んでいく。
私は必死になって目の前の巨大なリュックの後を追った。
森に入ってからどれくらい経ったろう。
不意に、開けた場所に出た。
鬱蒼と茂った森の中で、何故かその場所だけ木が生えていなかった。
円形にぽっかりと開いたその空間には陽の光が差し込み、色とりどりの花が咲いている。
「なんだか不思議な場所……」
丸い空を見上げる私。
「ここがダンジョンの入り口だよ」
「えっ? ここが!?」
驚いている私の横で、彼女は鞄から鍵のようなものを取り出した。
「まあ、見てて」
広場の真ん中あたりで、彼女がその鍵を空中に差し込んだ。そして、ゆっくりと左に回した。
森の中に錠が外れるような音が響く。
同時に空間が縦に割れて、観音開きのようにゆっくりと開き始めた。
「なにこれ……」
私の目の前にダンジョンへの入り口が現れた。
「さ、行こう!」
彼女は鍵を鞄にしまうと、ダンジョンへと入っていった。
呆気に取られていた私は、慌てて彼女の後を追った。
◇
ダンジョンに入ると、下りの階段が続いていた。
中は真っ暗で、ランタンの明かりだけが頼り。
私は薄暗い足元に注意しながら、慎重に階段を下りた。
階段自体はそこまで長くはなく、すぐに平坦な通路に出た。
通路はまっすぐ奥まで続いている。
ランタンで辺りを照らす。
壁も床も天井もすべて石造り。ところどころ木の根っこのようなものが絡みついている。
ゲームでよく見るような風景がそこにあった。
「すごい……こんな場所、いったい誰が作ったんだろう?」
「誰が何のために作ったのか、わかんないんだよ。ダンジョンは大昔からあるからね。遺跡みたいなものかな」
遺跡か。なるほどね。
あっちの世界でも、誰がどうやって作ったのかわからない遺跡とかあるし、同じようなものか。
「さっきの鍵みたいなやつはなんなんですか?」
「これ? 見たまま、ダンジョンの扉を開く鍵だよ」
彼女が鞄から鍵を取り出して私に見せた。
持つ部分には宝石のような緑色の石がはめ込まれていて、鍵の部分には不思議な文様が刻まれている。
「ダンジョンの入り口は封印されてるからね。鍵はその封印を解くための魔道具。結構高価なんだよ、これ」
彼女は大切そうに鍵を鞄にしまった。
「そうなんですね。魔道具が必要だなんて、封印を解くのって大変そうですね」
「いや、本当に難しいのはダンジョンの封印を解くことじゃなくて、ダンジョン自体を見つけることなんだよ。これはもうほんっとうに大変!」
お茶したときに言ってたっけ。『ダンジョンの入り口は見えない』って。
たしかに、このダンジョンの入り口も最初は見えてなかった。
「見えないダンジョンなんて、どうやって見つけるんですか?」
「そうねぇ。その土地の伝承を調べたり、聞き込みしたり。あと、情報を買ったりとか、いろいろ。ガセネタも多くてさ」
何もないところからダンジョンを見つけるとか、考えるだけで気が遠くなる。
私はやらないなー。
彼女とそんな会話をしながら、まっすぐな通路を進む。
やがて、広めの空間に出たところで、彼女が巨大なリュックを下ろした。
「ここで休憩にしよう」
部屋というよりは、そこだけ通路が広くなっているような空間。
私は床に腰を下ろすと、水筒の水をひと口飲んだ。
同じく水筒の水を飲んでいた彼女が、不思議そうに辺りを見回した。
「今日は魔物がいないなー。いつもならちょっとしたやつが数匹出てくるんだけど」
「そうなんですね。私は何もない方がうれしいですけど」
たぶん、私が持っているアミュレットだ。
あれ以来、私はアミュレットを肌身離さず持っている。
外からは見えないようにしているから、彼女は気づいていないんだと思う。
なんとなくだけど、私はアミュレットのことをこのまま黙っていることにした。
彼女が『よっこらしょ』と巨大なリュックを背負う。
「休憩おしまいっ。それじゃ行こうか」
床に置いていたランタンを持つと、私たちはその場を後にした。
しばらく進むと、今度は丁字路に差し掛かった。
「ここを右ね。左は前に来たときに探索済。行き止まりだった」
「そっか。ルイザさん、一度来てるんですよね」
「そ! 一度来てるからね! 一度……」
ランタンの明かりに照らされた彼女の顔が、少し暗くなった気がした。
それからも、迷うことなく彼女は進む。私はその後ろを付いていく。
罠も解除済みだし、私のアミュレットもあるから魔物も現れない。
ダンジョン攻略ってもっと大変なのかと思ってたけど、案外余裕かも。
「ここを左ね」
「はい」
代わり映えのしない風景が続く。
ダンジョンだからって、その辺りに宝箱とか落ちてるわけじゃないんだな。
私が退屈しかけたとき、さっきよりも広い空間に出た。
ランタンで空間を照らす。
石で組まれた壁と、高い天井。一部、石の壁が崩れている箇所がある。
その空間はさっき休憩した場所とは違って、ちゃんとした部屋になっていた。
「この部屋だよ……アタシが撤退を余儀なくされた部屋……」
あー、ここが……。
たしかに、部屋の隅には火を使ったような跡が残っている。
「さて! ご飯にしよう!」
彼女がドサッと巨大なリュックを下ろし、私に向けてガバっと開いた。
「食材はいっぱいあるから、自由に使って!」
彼女の表情が、暗いダンジョンを照らせそうなくらいにパッと明るくなった。
リュックの中を覗く。
いろいろな野菜、干し肉、調味料一式。それと、調理器具も入っている。
うーん、何が作れそうかな?
お手軽なのはスープとかだろうけど、この材料ならカレーっぽいのが作れそう。
例のお米みたいな穀物もあるし。
よしっ、カレーにしよう!
さてと、まずは調理場の準備をしないとね。
以前彼女が調理をした場所に調理器具を設置して、と。
よしっ。
水はどうしようかな。
リュックの中にも入ってたけど、お米を炊いてカレーを作るとなると、ちょっと足りないかな。
そんな私の様子を察したのか、彼女が私を呼ぶ。
「マホロ! こっちこっち! この水を使って。水質は確認済みだから安全だよ」
見ると、崩れた壁から地下水が湧き出ている。
なるほど、だからこの部屋で調理をしたわけか。
これだけ豊富な水があれば、問題なく料理が作れる!
「それじゃ、調理を始めますね!」




