1. あっちの世界へ行く話
「ちょ、ちょっと待って! 店長に明日のシフト変更の連絡をしないと!」
ついさっきまではお手洗いだった、今は直視できないほど眩しい光で満たされたその空間へと、ステッキが私の背中をぐいぐいと押す。
懸命に踏ん張るけど、ステッキは容赦なく背中を押してくる。
私は斜めになった態勢のまま、なんとか店長にメールを入れた。
「『明日シフト変更してください』送信、っあ!」
ステッキがぐいっと力を入れた勢いで、手からスマホが滑り落ちた。
「待って! 待ってって! そんなに押さなくてもちゃんと行くからぁ!」
私は足元のスマホを拾うこともできず、ステッキに背中を押されて、魔法少女の格好のまま光の中へと足を踏み入れた。
――光の中へと落ちていくような、ふわふわしたような、けど猛スピードのような? 奇妙な浮遊感。
「あれ? 私、なんで落っこちてるんだろう? ん? 私、落っこちてるの?」
ピンクのスカートが、ひらひらとたなびいている。
やっぱり落っこちてるんだ。
あぁ、なんだかクラクラする……。
ステッキが土下座してて……。
そのステッキが突然喋り出して……お店がやたら忙しくって……みんな大喜びで……。
だめだ、意識を保っていられない……。
「あぁ、そうだ……今日はコンカフェでアルバイトの日……だった……はやく出勤……しない……と……」
◇
通用口から事務所へ入り、《望野 茉歩路》と書かれたタイムカードを押す。
カードには『出勤 14:55』と打刻された。
「あっぶない! 出勤時間ギリギリだった!」
駅を出て、アニメやフィギュアを扱うテナントが入る大きなビルを横目にまっすぐ。
歩行者天国でにぎわう大通りを横切ってしばらく進み、少し細い路地に入ると、そこにお店はある。
色々なテーマやコンセプトに合わせて、内装やキャストの衣装、メニューが統一されたお店。
俗にいうコンカフェってやつ。
コスプレが好きな私は、趣味と実益を兼ねてこのお店でアルバイトをしている。
って、早く着替えないと!
急いで自分のロッカーを開け、衣装を取り出す。
ピンクのメイド服をベースとしたデザインに、ふわふわのスカート。
腰には大きなリボン。
黒髪セミロングをツインテールにして、赤いリボンを結んで――魔法少女の完成!
かわいい衣装を着るとそれだけでテンションあがっちゃうよね!
着替えを終え、道具箱から魔法のステッキを取り出す。
濃いピンク色、先端がダイヤの形をしていて、その根元には小さな白い羽がついている。
ステッキを腰に装着して、鏡の前で最終確認。
「よしっ! かわいいっ!」
このお店、月替わりでコスプレのテーマが変わるのがウリなんだよね。
今は《魔法少女月間》を絶賛開催中!
魔法少女に変身した私は、颯爽とフロアへ向かった。
午後からのシフトだったので、すでにお店はお客さんでいっぱい。
色々な魔法少女が忙しそうに働いている。
フロアに入ったばかりの私に、早速お客さんが手を挙げた。
「すみませーん、注文お願いします」
「はーい!」
元気よく笑顔で返事を返し、お客さんのもとへ。
さて! 本日のお仕事開始!
「マジカルオムライスください」
「マジカルオムライスね? 任せてっ!」
魔法少女のような口調で注文を受けて、額の前で横にブイ!
さっとスカートをひるがえして厨房へと向かう。
「マジカルオムライスはいりまーす!」
注文を通し、先の注文のオムライスを受け取りお客さんの待つテーブルへ。
「マジカルオムライス、おまたせっ!」
お客さんの前にオムライスを置き、今度は腰に下げていたステッキを両手で構える。
「それじゃ、アタシの魔法でオムライスをさらにおいしくしちゃうよっ!」
魔法を唱えるポーズをキメて――
「レーナ! クシ! イオ!」
元気よく呪文を唱えてステッキをオムライスに振り下ろす。
ステッキの先端が小さく光りだし、そこから出たビームがオムライスを包み込む。
その光が弾け、オムライスがぼんやりと光って、少しツヤが出た。
『ほんと、最近のオモチャはよくできてるなー』
それとこの呪文、実は私のおばあちゃんのマネなんだよね。
おばあちゃんが料理を作ったときにいっつも唱えてた、料理がおいしくなるおまじない。
「はいっ! めしあがれ!」
私の声を合図に、お客さんがオムライスを口に運ぶ。
「ん? んん!? ……う、うまい! なんだこれ!? めちゃくちゃうまい!!」
感嘆の声をあげるお客さん。
オムライスと口を往復するスプーンが加速する。
お客さん、夢中で食べてる! 喜んでもらえてうれしいな!
ニッコリしている私に、厨房から声がかかる。
「次のオムライスあがってます!」
「はーい!」
返事をして、すぐに厨房へと向かう。オムライスを受け取り、再びお客さんのテーブルへ。
お客さんの前にオムライスを置いて、おいしくなる呪文を唱える。
と同時に、再び厨房から呼ぶ声が。
「次あがってます!」
「はーいっ!!」
いくらなんでも忙しすぎる!
もともと人気のあるお店だけど、今週の混み方はちょっとすごい!
あたふたと店内を往復している私に、お客さんから容赦ない注文の声がかかる。
「注文おねがいします!」
「こっちもお願い!」
「あっ! はーい! ちょっとまっててネ!」
魔法少女のあわただしい時間は閉店まで続いた。
◇
今日も忙しかったな。
テーブルを拭きながら、今日一日の激務を振り返る。
魔法の唱えすぎで声ガラガラ。ステッキの振りすぎで腕もちょっと痛い。
あー、早くお風呂入りたい。
ぐったりしながらテーブルを拭いていると、店長がスタッフルームの扉を開けて顔を出してきた。
「おつかれさまー、戸締りよろしくねー」
「あっ店長、おつかれさまでした!」
今日は私が戸締り当番。
さーて、早く終わらせて帰ろっと。
気合を入れなおし、テーブルを次々とテンポよく拭き上げていく。
最後のテーブルを拭き始めたそのとき、背後で何かが倒れる音がした。
「えっ?」
音のした方を見ると、私が使っている魔法のステッキが床に落ちていた。
おかしいな……片づけておいたはずなのに。
落ちているステッキを拾おうとした瞬間、私の手をかわすようにステッキが浮き上がった。
「ええっ!?」
ステッキが目の前でふわふわと浮いている。
すごいオモチャだとは思ってたけど、浮く機能まであるの!?
って、そんなわけないか。
連日の激務で疲れてるんだろうな、きっと。
早くテーブル拭いちゃお。
浮遊しているステッキを横目に、再びテーブルを拭き始めると――
「おい!」
……なんか声が聞こえるような。
ついに幻聴まで聞こえ始めた!?
今週は忙しすぎるし、いよいよ疲労がやばいのかも。
店長にお願いして来週は休みをもらおう。
「おい! おーい!!」
「…………」
「おまえ!! 無視するな!!」
さすがに幻覚や幻聴のせいだと思い込むには無理が出てきた。
誰かのいたずら?
でもそんなことするような娘はこのお店にはいないし、仮にいたずらだとしても意味がわかんない。
ま、まさか……ポルターガイスト!?
だけど、このお店で心霊現象なんて聞いたことがないし。
横目でステッキの方をチラッと見る。
やっぱり浮いてる……。
どうしよう、逃げられる感じじゃないよね。
仕方ない。
「はい、実は気づいておりました。ステッキさん」
私は意を決してステッキに話しかけた。
つい緊張から丁寧語+さん付で話しかけてしまった。
でもこういうときは下手に出た方が安全だよね。
「やっぱり気づいてたか! それなら最初から無視するな!」
「はい、気づいておりました」
あー、これ、完全に怒ってるなー。
「あのぉ、それで、わたくしにどのようなご用件なのでしょうか……」
「なんなんだ、その喋り方は。普通でいいぞ」
ステッキが浮いて喋って、かなり異常な状態なのに、普通を求められてしまった……。
「それじゃ、普通に。えっと、私に何か用なの?」
「今すぐ俺と一緒に来てくれ!」
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