十五年後の君へ
十五年前のあなたは何をしていましたか?
十五年後の君へ
歓声と拍手が上がった。
スコップの先端が、とうとう金属製の箱に突き当たったらしい。
タイムカプセル。十五年前に埋めたものを同窓会の余興ということで掘り起こしているのだ。遠巻きに一人で眺めていた俺も、場の盛り上がりにつられて少しだけ興奮を覚える。
やがて完全に掘り起こされたそれに、かつての同級生たちはわらわらと群がり、中身を確認していく。うわー、やら、懐かしいー、やら、何度も声が上がった。そういえば……俺は何を埋めたろう?
ある程度カプセルの周りから人が離れたところで、俺はカプセルに近づいた。ぽっかりと空いた穴から救出されたばかりの銀色が、何やら優しく誘っている。
屈んで、中に手を突っ込んでそれを探した。埋めたものにはそれぞれ名札が付いているから、判別はできそうなものだが……。
「あった!」
思わず声が出た。まさか埋めてないなんてことも、と焦り始めたタイミングだった。単に底の方にあっただけのそれは、手紙だった。シールで封がしてある。
——またベタな……。
苦笑しながら開ける。
「 十五年後の君へ
川内さん、元気にしていますか。」
はっと息を呑んだ。
これは、俺が読んではいけない。
そう思うのに、目だけは坂を転がるビー玉のようにゆっくりと動き出して、その先の言葉を追いかけ出した。
こいつは、ラブレターだ……。
文字が風景となって吸収されていく。なぜならそれは取り戻さなければならないものだから。
そうだ、思い出した。横並びで自転車を漕いで帰ったあの長い坂を。始業のチャイムが鳴って張り詰めるあの教室の空気を。そして、初恋の熱に浮かされてがむしゃらに駆けたこの校庭の砂埃を。それらは全て、遠く、しかし爽やかな匂いでもって俺の頬を引っ叩いた。
……どうして忘れていたのだろう。
俺も子どもではなくなった。今更、女性との交際にあたってどうすれば良いのか、などと悩む暇もない。それでも、これは忘れてしまってはいけないものだったはずだ。
今、彼女はここにいない。東京の私立高校に進学したと聞いたのが、俺の知る最後だ。
居ても立ってもいられなくなり、走り出した。あの頃のように。まばらな集団を振り切るようにして校門を出、勢いのまま学校裏の小山を駆け登っていく。
「ふうっ、はあ……。」
自分は何がしたいのだろう。暫くわからなかった。しかし、そのうちに気づいた。
連絡先。ある。あの時交換した。
約束。ある。いつかまた会おうねと。
きっと俺は敢えて封じていたのだ。離ればなれになる彼女への恋心を、告げないまま、あの手紙にしたためて。自分にはどうしようもないのだと悟り、認め、ただし諦めず、託し……それが今発動した。まさに目論見通りに。
なるほど、お前、愛すべき愚か者だよ。
山頂に着いた。大きな木が、一本、場違いな雄大さでどしりと立っている。
それにしても体の鈍りを痛感する。そして、鼓動がうるさかった。
自覚——俺は、告白しようとしていた。なるべく、届きそうな場所から。
携帯電話でその番号をコールする。
気負わなくていい。繋がらなければそれまでだ。これはただの十五歳の少年の賭けなのだから。
だがもし繋がったら、どうする?いや、それも心配ない。心のままに。蘇った、暖かい動悸のままに。少しの財がある今なら、彼女の元へ飛ぶことさえできるのだ。
プルル……と鳴っていた呼び出し音が止んだ。
——それまでの空白は、きっと短かったのだ——
「もしもし……曽根くん?」
福岡県のとある中学校では、つい最近七不思議が八不思議になるという珍事があった。多感な生徒の心を掴み、追加されたそれというのは、次のようなものである。
「裏山の大樹の下で告白すると、恋が叶う」
〈終〉
中学生の恋愛話を読んでいただきありがとうございました。
次は、もっと素敵な低品質を。