愛のありかは。
「僕を愛していないのか?」
まだ幼さの残る婚約者にきょとんとした顔でそう問われた私は曖昧に微笑んだ。
「尊敬しておりますよ、殿下」
「そんな事は聞いていない」
「殿下、貴族や王族の結婚というものは、必ずしも愛ゆえにとは限らないのですよ」
というか利が最優先だと、どうして誰も教えていないのだろうか?
殿下の愛らしいお顔の眉が寄り、心底理解出来ないといった御様子。
「僕を愛してもおらぬのに求婚したというのか。汚らわしい」
「殿下、我々の婚約は国王のお決めになった事です」
「そうであるな。では父上に婚約解消を伝えよう」
「殿下」
「今更なんだ。謝ったとて遅いぞ。誰よりも愛されるべき僕に不敬を働いたのだからな」
「……かしこまりました」
優雅に礼をとり、眼前を去る旨をお伝えしそっと場を去った。
やれやれ、あの厳しい王、けれど第一王子には甘い王がどうでるか。
頭は痛いけれど、あの方はちゃんと他人の言葉を聞ける人だ。息子ひとりがどう言おうが必ず私も呼び出されるだろう
それは翌日だった。
謁見の間、恭しく頭を垂れようとする私を制して国王夫妻は詫びをとお疲れ気味に仰った。
「何を詫びると言うのですか父上!無礼を働かれたのは僕の方です!」
「うるさい。いくら人払いをしていても無様を晒すな」
ごめんなさいねと王妃が苦笑する。私にそれを拒否する権利など無い。
曖昧に頷いた。
「僕を愛していないのですよこの女は!」
「では何故愛して貰おうと努力せんのだ?」
「……努力?僕が?何故?」
殿下は本当に理解できないらしく、幼子のようにきょとんとされた。
「愛されて当然と、その傲慢さが愛されぬ理由と何故理解せぬ」
「それは……愛されて当然ではない、とは、どういう事ですか」
心底呆れたと言わんばかりのため息を夫妻そろって零し、顔をお見合わせになられた。
この場に私、必要だったかしら。
「国を治めるに値せんな、お前は」
「え?」
「その年齢でその傲慢さは今後どれほど教育しようが直らんだろう」
「陛下、第二王子はわきまえておりますよ」
「ん、お前の子ではないがいいのか」
「我々は皆国のためにと此処に居りますから。どの妃の腹かは関係ないのですよ」
「うん、そうだな。わかっているな、さすが我が妻だ」
替えのきく部品のように言われ絶句していた殿下は真っ青なまま唇を震わせている。
「王太子から貴様を下ろす」
「は?」
言われた内容が理解できないのか理解したくないのか、王命に殿下は父上と叫んでその足におすがりになられた。ああ。それをするからそうなったのに。
「無様を晒すなと言った筈だが」
「父上、どうか再考してください!僕頑張りますから!分かるように頑張りますから」
「では身分を隠して学園に通ってみなさいな」
「母上?」
「身分を隠しても愛されるといいわね」
「……誰からも、愛されていたのは、身分からだったと、仰るのですか」
「そうでなければ貴様のような傲慢な人間について来る者がいるか」
王様は吐き捨てるようにそう仰ると、やっと私を思い出したのかバツの悪そうな表情を浮かべた。
「すまんな。婚約継続かどうかはお前が決めていいぞ」
「私が、ですか」
「位を下ろすのですから、婿にやるかもしれませんし。継続でしたら貴方の妃教育も緩めますよ」
ううん。正直王命でここまで必死に学んできた事を無かった事にするのは勿体ない気がした。
友人ともなかなか会えず毎日正妃となるため、国のため日々精進して来た。
それを汲み取ってくださったのか、王妃さまは第二王子と顔合わせをご提案された。
「うん?第二王子と結び直すのか?」
「相性次第だと思いますが、せっかくここまで学んできた者を蔑ろにはできないでしょう?」
「それもそうだな。こいつと違って逃げ出しもせずきちんと学んで来た者だし」
それでも王妃さまは会うだけ会って断ってもいいわよと、あくまでも私に決定権をくださるらしかった。
これは破格の扱いだ。
「身に余ることです」
「控えめで所作も美しく、そして国のために学びを続けてきた貴方を第二王子が射止めてくれたらいいんだけど」
ははは、と和気あいあいとした空気のなか、殿下だけが膝をついていた。
私は国のため、正妃となるため努力してきた。もし第二王子がお嫌でなければ縁は繋がれるだろう。
私の愛は、国に捧げてあるのだ。
END
個人よりも国の責を負うものとしての自覚が強い王族たちのお話でした。第二王子が愛の在り処は国であると言い切れればきっと主人公とふたり国を背負って往くでしょう。