まぼろしのオアシス
暑い。
気付いた時には、ぼくは広いさばくにいた。右を見ても左を見ても、地平線までずっとすなが続いているだけだ。
何でこんなところにいるんだろう。のどがかわいてきた。
そうだ。このさばくにあるというまぼろしのオアシスをさがしに来たんだった。
ふりかえるとぼくのあしあとが残っている。このまままっすぐ進んでいこう。
右足をふみ出した時、すながしずんで、ぼくのくつがひきずりこまれるようにうばわれた。あわてて足元を見ても、もう地中にしずんでしまったのか、くつは全く見えない。
くつのことはあきらめて、そのまま歩き出す。ふしぎと右足だけくつがないことは気にならなかった。
暑さにたえながら、とにかく前に進む。どれだけ歩いても、全く変わらない景色にいやけがさす。のどがかわいた。
その時、めがくらむような強い光と、ばくはつするような音が鳴った。光と音がやむと、いっしゅんで夜になってしまった。一体何だったのだろう。
そうだ。顔は思い出せないけど、集落のちょうろうが、オアシスに近づく者には、あらゆる力が失われるのろいがふりかかる、とか言っていた気がする。これが、そののろいだろうか。のろいはこわいけれど、きっと、それだけオアシスに近づいているんだろう。
ぼくの予想通り、すぐに、この世の物とは思えないくらい、美しくすきとおった水でいっぱいの大きな湖と、同じくらい美しい木や花が湖の周囲に立ちならぶ光景が目に飛びこんできた。あれこそが、さがし求めたオアシスにまちがいない。
大急ぎでかけ寄ると、とつぜん、オアシスは消えてしまった。ぼくの願望が見せたまぼろし、しんきろうだったのか。のどのかわきが強くなる。
がっくりとひざをつくと、空からふってきたやわらかい何かがぼくの顔に当たった。辺りを見回しても何もないけれど、あまずっぱいオレンジのにおいだけがただよっている。
ぬか喜びから覚めると、夜になってから時間も経ったせいか、じごくの暑さは、じごくの寒さに変わっている。
ひざをだいて、ガタガタとふるえる。さっきまでの暑さがなつかしくなった。
今になってようやく気付いたけれど、ぼくはなんでなんの荷物も持たずに、一人でさばくに居るのだろう。そもそも、まぼろしのオアシスとはなんだったろう。集落のちょうろうなんて、会ったこともない。
オレンジのにおいに、くしゃみが出た。
寒い。
学校から帰ってすぐ、こたつでねむってしまったみたいだ。
いつの間にか、こたつも、明かりも、消えてしまっている。
目の前には、何かのはずみでこたつの上から落ちてしまったミカンがあった。ひろいあげて、あまずっぱいにおいをかいでから、こたつの上にもどす。
首までもぐっていたこたつから、はうように出て立ち上がると、右のくつしただけはいていないことに気付く。それと同時に、しっぽをふってサハラがかけ寄ってきた。ぼくのくつしたをくわえている。笑ってサハラをなでる。やわらかくてあたたかい。
明かりのスイッチを何度おしても反応がない。停電しているのかな。
すごくのどがかわいているので、キッチンで水を飲む。これ以上ないほどおいしい。オアシスとはキッチンのことだ。お腹いっぱいになるくらいまで飲んでしまった。
これからどうしよう、とリビングでサハラをなでていると、げんかんのドアが開く音がした。
「ただいま。やっぱり停電しちゃった?」
お母さんはリビングに入るとすぐ、明かりのスイッチを何度もおしたけど、やっぱり何の反応もない。
「近くにかみなりが落ちたんだって。ご近所も停電してるみたい」
そう言うと、お母さんは懐中電灯を持ってきて、ぼくを照らした。
「ちょっと、顔、赤いみたい」
お母さんはぼくの額に手を当てた。やわらかくてひんやりした手が気持ちいい。
「やっぱり、熱があるみたい。今日はもうねなさい」
ぼくはうなずいた。お母さんに寄りそわれながら、ベッドに向かう。
ぼくがベッドに入ると、お母さんがやさしく頭をなでてくれた。
「こたつでねちゃったんでしょ? カゼひいちゃうんだから」
母さんのにおいに、くしゃみが出た。