変わらないもの
10分ほどその場で休憩したら、少し回復したらしく
倒れた時より幾分かマシな顔色になっていた
優吾の自宅に向かうことになり
志保は辛いなら肩を貸そうか?と提案したが
背が低くて歩きづらいからいいとあっさり断られてしまった
(昔は、私がおんぶしたり担いだらできるほどのチビだったくせに)
久しぶりに並んで歩く優吾を横目で見ると
まるで知らない男の人のようだった
痩せていて華奢ではあるが肩幅や背中が広く
半袖から伸びる腕が昔と違って骨ばっていて逞しい
優吾と話さなくなってからもつい目で追ってしまったり、意識をしていたから
そんなにギャップを感じないと思っていたけれど、近くで見るとこんなにも変わっていたのかと実感した
(私と繋いでた手がこんなに大きくなったんだ…)
色白で指も細長く綺麗だが
志保のものとは確実に違う大きくて骨ばった「男の人」の手だ
そんな風に考えると急に顔がぼっと熱くなった気がした
(私は変態か…)
自分にツッコミながら
冷静に考えると無理もないとも思った
こんなに格好良い男の子になったのだ
普通の女の子ならときめくし好きにもなる
自分みたいに彼の昔を知っていなければ
恋にも落ちるだろう
チビで弱虫で運動も苦手で格好悪い
男の子にも女の子にもいじめられて泣かされる
何をやるにも不器用で人の何倍もやらないとできない
いつだって志保が助けてやった
いつもそばにいた
誰よりも弱いくせに志保がいじめられた時はどうせ負けて泣くくせに挑んでいく
誰かが困っていたらさりげなく助けてあげる優しさがあった
人をむやみに傷つけない穏やかな心を持っていた
友達の悪口を言ったりしない
裏切ったりしない芯の強さがあった
弱虫で不器用で
でも自分を良く見せようとしない
いつも正直でまっすぐだった
チビでも弱虫でも志保にとっては優吾はヒーローだったのに
志保は次から次へと溢れ出る涙に気づかれないように、必死に息を整えながら、優吾の少し後ろを歩いていく
(…なんで…こんなに…止まんないの…。
これ以上格好悪いのはいやなのに。
優吾を困らせちゃうのに)
こんな姿に気づいたら、間違いなく優吾は気にする
あの日の拒絶の言葉は志保の心を打ち砕くほど強烈だったが
あのとき以外の優吾は絶対に志保を傷つけたりなんかしなかったから
彼より優しい人を志保は見たことがなかったから
(まずい…本格的に涙が止まらん…)
あともう少しで2人の自宅付近というところまで来た
優吾は元々無口だし具合が悪いこともあってか
一言も発せずただ歩いている
到着した時にこの顔を見られたくない
泣いたことに気づかれたくない
(なんとかして、誤魔化してこの辺りで切り上げよう…。急にお腹痛くなったって言ってダッシュすればなんとか…)
こんなイケメンになった幼馴染に
腹を下した女だと思われるのは死ぬほど嫌だが、
「しーちゃん」のプライドとして泣き顔を見られる方がもっと嫌だった
「あの…っ佐伯わた
「プール」
「へっ…!?」
急に話始めた優吾に驚き変な声を出してしまった
「昔よく夏になるとさ、俺んちの庭ででかいプール出して遊んだよな」
「う、うん。そういえばそうだったね。おじさんがでっかいの買ったぞって組み立てくれてね」
2人がまだ幼稚園の頃に、
優吾の父親がどこからか組み立て式の大きなプールを買ってきて
夏になると毎年連日のように遊ばせてくれていた
家庭用にしては大きなものだったが、
水が怖くて泳げない優吾を慣らすために買ったものらしかった
私は泳ぎが得意だったので、
水の中から優吾を引っ張ってイタズラしたり、
スイスイ泳げるところを見せびらかして
例に漏れず「しーちゃんすごい」と言わせて満足していた記憶がある
懐かしいね〜なんて言いながら
なんで今その話が出たんだろうと思っていると
優吾が静かに話し出す
「俺あの時泳げなくてさ」
風邪のせいなのか優吾の声が少しかさついている
「水も怖くてプールとか海とか嫌いで、
だからあのでかいプールも底が深い様に見えて。
俺特にチビだったし、湖に沈むんじゃねえかって位」
「けど柳がいる時は好きだった。
深くまで柳が潜ってスイスイ泳いでて、
俺まで水の中に冒険してるような気になれて
イルカみたいだなって、
すげー綺麗だなって思っていつも見てた」
こんなに優吾が話してるのを見るのはいつぶりだろう
しかもこんな風に2人の思い出を
私だけじゃなかった
優吾もちゃんと覚えててくれた
引っ込みかけた涙がまた溢れ出そうになり
志保は唇をぐっと噛み締めて堪える
「…ははっイルカか。人魚とかの方嬉しいけど」
涙がこぼれそうになるのを誤魔化すために
わざとふざけて答える
やばい、これ以上はほんとに泣く
優吾は一気に喋ったと思うとまた黙り込んだ
志保の方はこのままでは醜態を晒してしまうのでなんとか誤魔化すことばかりを考えている
見られる前になんとか立ち去らねば、と
「佐伯ごめん、もうすぐ家だし私もう行くね?」
決心して早口で喋り終える
お大事にと言って、優吾を追い越そうとした時
「その頃からずっと好きなんだ」
「志保のことが好きだ」
優吾の声は静かで落ち着いていて
しかし
はっきりと志保の耳に届いた
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