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【 電子書籍化】21年耐えたので離婚して今度は自分のやりたいことをしようと思います

作者: 雅せんす


 テラスに出たシャルロッテは、はぁと夜空を見上げてため息を吐いた。


 下の侯爵家ご自慢の庭園では、煌びやかなライトを灯して華やかな夜会の真っ最中だ。

 ざわざわとした楽しそうな人の声と、明るい音楽が聞こえた。


 今日は、シャルロッテが産んだことになっている息子の結婚式だった。


   ◆


 ――シャルロッテは元は男爵家の令嬢だった。

 見渡す限り田んぼや畑が広がり、野原では牛やヤギが草をのんびり食む長閑な領地に住む娘だった。

 そんなシャルロッテには、ちょっとした秘密があった。


 彼女には妖精が見えた。


 そう、見えるだけ。

 話しかけても、妖精はヒラヒラフワフワ飛んでいるだけ。

 よくある話のように、妖精の愛し子とか助けてくれるとかはない。


 見えるだけ。

 あら、蝶々が飛んでる。可愛らしい。くらいなものだ。


 そんなシャルロッテは14歳の時、トンプソン侯爵家に嫁いだ。

 お相手は23歳のメイナードだった。


 柔らかな金の髪にエメラルドのような瞳の、スラリと背の高い、甘いマスクのハンサムだった。

 男爵令嬢の自分が、侯爵家のしかもこんな格好いい人のお嫁さん!?とシャルロッテは胸をときめかせた。


 男爵家を訪れるたびに赤い薔薇をプレゼントしてくれ、スマートなエスコートにお洒落なデート。初心なシャルロッテは、すぐに恋に落ちた。


 そして結婚式を挙げた夜の、嬉し恥ずかし初夜の部屋で言われた。

「ごめんね?君のことを愛することはないんだ。だって、僕にはすでに愛しい人がいるからさ」


 メイドのマデリンが、ブルネットの緩やかなウェーブをバサリと後ろにはらって、紅くポテリとした唇をニッコリと微笑ませた。

「ここに僕と彼女の愛の結晶がいるんだ」

 メイナードが白い歯を見せて嬉しそうに笑うと、愛しげにマデリンのまだ平らな下腹を撫でた。


「う〜ん、君は顔が綺麗だからもう少し大人になったら抱いてもいいけど、今はちょっと無理かな。僕は子供を抱く趣味はないんだ。ごめんね?」

 そう言ってメイナードがシャルロッテの顎をクイッと上げた時、ザァッと鳥肌が立った。


(ヒィ!無理!絶対無理!)

 半年の初恋は醒めるのも早かった……。



 あとからわかったことだが、この結婚はマデリンが産んだ赤子をシャルロッテが産んだことにするための結婚だった。

 浮気相手のマデリンの母、メイド長のアンはメイナードの母ゾフィーの幼馴染であり親友でもあった。

 貴族と平民ではあったが、2人は実の姉妹のように仲が良かった。


 ゾフィーにとって、そのアンの娘と自分の息子が恋仲になるのはとても喜ばしいことだったようだ。

 ただし、そこはやっぱり貴族と平民だ。

 結婚は難しい。せめて、マデリンの産んだ赤子を後継ぎにしたいと考えた。

 しかし、この国は庶子の後継は認められていない。

 そこで、爵位が低く、目と髪の色がマデリンと一緒の娘とメイナードを結婚させ、誤魔化すことにしたのだった。


 シャルロッテは、マデリンと同じブルネットの髪に青色の瞳だった。


 彼女にとってはいい迷惑としか言いようのない結婚であったが、結婚式を挙げたあとではもう引き戻せるわけがなかった。


 新事実満載の結婚生活は、お世辞にも居心地がいいとは言えない生活だった。


 姑のゾフィーはマデリンを嫁として扱い、シャルロッテのことは露骨に無視した。

 侯爵夫人の彼女にとって、田舎の男爵令嬢であったシャルロッテなど道端の石ころのような存在だった。

 

 親友の可愛い娘が産む赤子の母親にさえできれば、男爵令嬢などどうでも良かった。

 それに倣って使用人達もシャルロッテのことはぞんざいに扱い、誰も世話をする者はいなかった。

 たまに廊下ですれ違うとクスクスと感じ悪く笑われた。


 食事も初めのうちはパンとスープといったシンプルだが何とか食事と呼べる物が用意されたが、段々パンだけになり、最終的にはなくなった。


 お腹が空いて厨房にもらいにいくと、意地汚いとマデリンの母アンに言われ、義母のゾフィーからは恥知らずと罵られた。

 目の端でマデリンと仲の良いメイドがクスクスと笑っていた。


 腐っていても侯爵家が相手だ。

 実家である男爵家に助けを求めることもできなかった。


 シャルロッテは、しょうがないから趣味で作る野の花のブーケを売りに行くようにした。

 化粧を落として質素な服を着た彼女のことは、誰も侯爵令息夫人とは思わなかった。

 シャルロッテの作るブーケはおもしろいようによく売れ、おかげでそのお金で食事をすることができた。


 義父である侯爵家当主はといえば、よそに女がいるようで別宅に入り浸りこちらには無関心だった。


 不幸中の幸いは今の凹凸の少ない体型ならメイナードに手をつけられないことぐらいだが、それも数年先はわからない。

 シャルロッテは、メイナードが自分に触れるのを想像するだけで吐きそうだ。

(無理無理無理!)

 

 ヒラヒラといつものように蝶々の如く飛んでいる妖精に、シャルロッテは独り言のように言った。

「妖精さんが私の体の成長を止めてくれたら助かるんだけどね。メイナードと離婚するまで、私の成長が止まりますように。な〜んてね」

 作ったばかりの花のブーケを妖精に向かってかざした。

 蝶々を相手にしているような気分だった。


 珍しく妖精が寄ってきたと思ったら、クルリとそのブーケに鱗粉のような光の粒子を振った。

 オーロラのように花が一瞬色を変えたと思ったら、またいつもの色に戻った。


 妖精は飽きたように、ヒラヒラまた飛んでいってしまった。


 それから数年、不思議なことに本当にシャルロッテの成長は止まった。

(マジか。え?このままずっと!?)


 確かに言ったが、誰が本当に願いが叶うと思うだろうか。

 慌てて「やっぱりなし」と気まぐれに飛んでる妖精に言ったが、「わたし蝶々ですから」と言わんばかりに知らんぷりされた。

 シャルロッテはしょうがないと早々に諦めて、化粧で誤魔化すことにシフトチェンジした。


 まだ少女のような体つきに厚化粧は違和感があり、これだから田舎の男爵令嬢はと嘲笑されたが、元々そんな扱いだったからさほど気にしなかった。

 社交の場には、メイナードは厚化粧で貧弱なシャルロッテではなく、マデリンを連れて行くようになった。


 シャルロッテが産んだことにされたマデリンの赤子は男の子だった。

 ブルネットの髪色以外は、メイナードにそっくりだった。

 「マイナデリン」と、実の親の名を交ぜて名付けられた。

 シャルロッテは、隠す気があるのかと乾いた笑いが漏れた。


 可愛い息子そっくりのマイナデリンは、義母のゾフィーが舐めるように大切に大切に育てた。

 そうして出来上がったのが、一応の母親シャルロッテを馬鹿にして見下す青年だった。



「ああ、母上。お前は俺の結婚式も夜の祝いの夜会にも出なくていいから」

 辛うじてシャルロッテを母と呼ぶが、その目は明らかに蔑んだ嫌な目だ。

 隣に寄り添う侯爵令嬢アエラも綺麗な顔だが、シャルロッテを見てニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「そうはいかないでしょ?」

 シャルロッテだって、勝手に自分が産んだことにされた青年の結婚式なんて出たくない。

 でも、侯爵夫人の義務だ。


「やれやれ、はっきり言わないとわからないか。男爵なんて身分の低い母親なんて恥ずかしいから姿を見せるなって言っているんだよ」

 シャルロッテは、男爵どころか平民の血が入ってるんだけどね、とうんざり息子とされている青年を見た。


「お義母様、それにその田舎丸出しの似合わない化粧に貧弱なお姿で人前に出るのはいかがかと」

 アエラがシャルロッテを見てフッと馬鹿にしたように笑った。


「そう。わかったわ」

「全く、こんな女が母親とは誰か嘘だと言ってほしいね」


   ◆

 

 ――そうして冒頭。

 

 下が賑やかで楽しそうであればあるほど、シャルロッテの心は暗く沈んだ。


 私がここにいる必要はあるのだろうか。


 社交だって私は風邪一つ引いたことがないっていうのに、病弱設定にされてマデリンがパートナーで出ている。

 息子ということにされている青年も、無事に結婚した。

 屋敷ではいない者として扱われている。

 ヒラヒラ飛んでいるだけだったが、一応そばにいてくれた妖精の存在がなかったらさすがに心折れていた。


(私は21年耐えた。もう良くないか?)

 

 離婚を切り出したシャルロッテを止める者はこの屋敷に一人もいなかった。

 侯爵家にとっても、シャルロッテは幸せな家族に紛れ込んだ異物の存在だ。貧弱な体に厚化粧も不気味だった。

 出ていくならその方がすっきりする。

 

 考えの甘いメイナードも姑ゾフィーも、シャルロッテがこの秘密を誰かに言ったとしても誰も信じないだろうとたかを括っていた。

 シャルロッテとしても、もうこの侯爵家と関わりたくないのでこの秘密は別に広めるつもりもない。


 こうして、シャルロッテは追い出されるように実家の男爵家に戻った。

 そして、シャルロッテの元に離婚証明書が届いた瞬間、シャルロッテの体がオーロラ色に光ったのだった。


   ◆


 それから3年後のことだ。


 この国の王太子がめでたく公爵令嬢と結婚することになった。


 実は、一時王太子は平民上がりの男爵令嬢カトリーヌに心奪われ、王太子の座が危うくなった。

 しかし、彼は寸でのところで婚約者である公爵令嬢の真実の愛に気づき、今日の良き日を迎えたのだった。


 側近一同、心の底から安堵した。

 元々は真面目で賢い王太子だ。

 真面目故の初恋に、思い切りのめり込んでしまったが、ある日スンと冷静になり我が身を振り返って反省したそうだ。


 カトリーヌも、冷静になった王太子に真摯に別れを切り出され、謝罪を受け入れ、特に揉めることなく他の貴族に嫁いで行った。


 今日の結婚式後の夜会にも、カトリーヌは旦那さんと一緒に出席している。

 学園を騒がせたスキャンダルにしては、びっくりするほど丸く収まった。


 この陰には、ある一組の男女の尽力があったとまことしやかに囁かれていた。


 さて、この夜会にはトンプソン侯爵一家も揃って招かれていた。

 メイナードは1年前に当主を譲られ、トンプソン侯爵家の当主となっていた。

 後継ぎであるマイナデリン夫妻も一緒だ。


 もちろんメイナードのパートナーはマデリンだ。

 彼の病弱な元奥方シャルロッテは、3年前に病状が悪化したそうで、残りの人生は実家の男爵領で静養しながらのんびり暮らしたいと泣きながら訴えたそうだ。

 優しいメイナード侯爵は離縁を許した。

 このことは当時、社交の場で美談として話題となった……とトンプソン侯爵家の面々は思っている。


 しかし、今は別の話題で盛り上がっていた。

「今日はカツァーヌ公爵もご出席されているのでしょう?」

「まあ、滅多に社交に姿を見せないカツァーヌ公爵が?」

「ええ、王太子殿下の結婚式ですもの」

「今日の結婚式で王太子妃殿下が持っていたブーケはカツァーヌ公爵夫人が作った物だそうよ」

「まあ、あの素敵なブーケを?」


 そうみんなが噂するのを、トンプソン侯爵家は首を傾げて不思議そうに聞いていた。

 カツァーヌ公爵は、よくブツブツと独り言を言う変人公爵だったはずだ。

 それがどうしてこんなに好意的に話題にされているのだろうか?


「あ、ほら!カツァーヌ公爵夫妻よ」

 その声につられて目を向けると、まずカツァーヌ公爵が見えた。


 ミルクティ色の柔らかそうな髪に神秘的な金の瞳の、白皙の美貌の男性が立っていた。

 周りの貴族夫人や令嬢が、うっとりとため息を吐いた。


 もちろんトンプソンの夫人達も例に漏れない。

 しかし、男性陣から文句は出なかった。


 メイナードとマイナデリンも公爵夫人の姿に釘付けになってしまったからだ。


 ブルネットの髪は品よく結い上げ真珠で飾り、細く白い首筋が儚くも仄かに色っぽく、メイナードはゴクリと生唾を飲んだ。

 長いまつ毛は伏せると影を作り、そのブルーサファイアのようなパチリとした瞳は吸い込まれそうなほど澄んでいて、柔らかく微笑みを浮かべる唇は触れてみたいと思うほど魅惑的だった。

 そしてその肢体は、華奢なのに胸は柔らかそうにふんわりと大きかった。


 同じブルネットに青い瞳のマデリンは化粧で誤魔化してはいるが、小皺が増え頬もたるんできていて、昔は美しかったはずの美貌も今は意地悪そうな印象の方が目についた。

(老いたよなぁ)


 そんな失礼なことを思うメイナードだが、彼も47歳になり顔も体型も崩れ、ハンサムだ甘いマスクだの言われた美貌はしまりのないただのスケベそうな中年男になっていた。


 メイナードはそのまましつこく公爵夫人を見つめた。

「ちょっと、メイナード。何いつまでも公爵夫人を見てるのよ」

 気づいたマデリンの咎める声に、ふと公爵夫人がこちらを見た。


 目が合った!メイナードは初恋が叶ったように浮き足立った。

 公爵夫人は困ったように眉を下げたが、こちらにやって来た。


「トンプソン侯爵、お久しぶりです。お元気でしたでしょうか?」

 まるで知り合いのように公爵夫人に声をかけられた。

 こんな美しい人を忘れるわけがない。

 誰かと勘違いしているのだろうか。

 そんなうっかりも可愛らしく思った。


「お美しい人。私とあなたは初めてお会いしましたよ。それとも夢であったのかな?」

 若い頃の美貌であればその気障なセリフも様になったかもしれないが、今はやにさがったいやらしさしかなかった。


「えっと、私をお忘れですか?」

「こんなお美しい人を忘れるわけがございませんよ」

「離婚したシャルロッテです」


 げんなりとした気持ちでシャルロッテは自身の名前を告げた。

 いやぁ、あんな嫌な目に遭わせてきた元奥さんをよくもまあ、しつこく見つめたもんだ。

 普通は恥ずかしくてそっと離れるだろうに。


 やはりこの一家は相変わらずの厚顔無恥のようだ。


   ◆


 離婚が成立したあの日、シャルロッテはオーロラ色に染まったが、特に変わったことはないと思った。

 しかし、どうやらあの瞬間止まっていた成長が始まったようで、少しずつシャルロッテの身長は伸び体も柔らかな曲線を描くようになった。

 一年経つ頃には随分と大人っぽい容姿に変わった。


 実家にはもう弟家族も増えていた。

 しかし、優しい家族は出戻った彼女を優しく迎え入れてくれた。


 シャルロッテは離婚すると同時に、花のブーケ屋さんを本格的に始めた。

 もともと趣味だったことが、結婚したあとは生きるために変わり、やっと離婚した今は自分のやりたいことになった。


 男爵領でのんびりとブーケ屋さんをオープンすると瞬く間に人気のお店になった。そうして、シャルロッテはブーケ屋さんの2階に住み始めた。


 そんなある日、牛のフンを踏んで涙目でこちらを見る白皙の美貌のルイという名の変な男性を拾った。

 これがびっくり、妖精の声が聞こえるだけの男性だった。

 そう、聞こえるだけ。愛し子とかそんな便利なものでない、ただワーワーかしましくしゃべっているのが聞こえるだけ。


 彼にとって鈴虫やコオロギが鳴いているような感覚らしい。


 そうして意気投合したのだが、このちょっとぼんやりしたルイはまさかの公爵様だった。

 本名ルイヤヴィスト・カツァーヌという舌を噛みそうな名前だった。


 すぐにプロポーズされたものの、もう結婚は懲り懲りだし、彼のお家の方も出戻り男爵令嬢など嫌だろうとあっさりお断りした。


 そこから彼は粘りを見せた。

 ブーケ屋さんに住み着いてしまった。

 追い出しても追い出してもやってくる。


 そして、彼のお母上も涙ながらに結婚してやってくれと遥々、男爵領までやって来た。

 どうやら、シャルロッテを逃したらもう公爵家の血筋は途絶えると追い詰められているらしい。


 とうとう粘り負けしたシャルロッテは、ブーケ屋さんを続けることを条件に公爵家に嫁ぐことを了承した。


 本当はシャルロッテもルイに恋をしていたのに、前の結婚がトラウマとなりなかなか素直になれない彼女を、ルイは粘り勝ちで押し切ったのだった。


 さて、このカツァーヌ公爵家だが王族の血筋を濃くひいており、王族に万が一があった場合は王として立つ血筋だった。

 そのため、シャルロッテは一応王城の検査で妊娠の有無を確認された。

 そこで息子がいるはずの彼女が乙女であることが判明して、王城の医師も公爵家も仰天した。


 みんなに問い詰められたシャルロッテは、ここだけの話として真実を告げた。

 ルイのお母上は、それはいい笑顔で扇子をボキリと折った。

「シャーリー、わかったわ。これはここだけのお話ね?」

 その瞳は獲物を前に舌舐めずりする肉食獣のようだった……。


 かくして、ここだけの話はここだけの話として社交界に見事に拡散されていった。


 元々疑惑のトンプソン侯爵家である。


 メイナードが阿呆なのか隠す気がないのか、社交の場にはいつもマデリンがパートナーとして、我が物顔で彼の腕にひっついていた。

 それはシャルロッテが病弱でとの理由だが、学友達はインフルエンザが流行った時も胃腸炎が流行った時も、彼女だけはピンピンしていたことを知っている。


 無遅刻無早退無欠席の健康優良児が病弱?

 

 それはシャルロッテに一番似合わない言葉であった。


 シャルロッテの友人達は心配して彼女に会いたい旨を伝えたが、メイナードはその甘いマスクを困ったように眉を下げ、病弱な妻は座っているだけで貧血を起こし辛いんだと断った。


 その答えに友人達は、朝礼で長いと有名な学園長の話に令嬢達がバタバタと貧血で倒れる中、騎士を目指す男子生徒に交ざってシャルロッテはピンピンして立っていたのに?と、その違和感に首を傾げた。


 しかし、男爵令嬢であったシャルロッテの友人達もまた下位の貴族であった。

 侯爵家を相手に大っぴらには騒げず、噂を流すことが精一杯だった。


 みんなが違和感を感じている中、数年後メイナードは後継ぎであるマイナデリンを社交の場に出すようになった。

 その容姿はメイナードにそっくりであったが、その髪色はブルネットであった。


 シャルロッテと同じ色ではあるが、それよりもいつもメイナードにくっついているマデリンの色とも同じだ。


 何よりその名が疑惑を深めた。

 本当にマイナデリンはシャルロッテの息子なのだろうか?

 マイナデリン……どこかの誰かさんの名前をメイナードと交ぜたような名前だ。

 あまりにもあからさま過ぎる名前に、逆にみんなはまさかねと流したが疑惑は深まるばかりだった。


 そこに来て、シャルロッテとの離婚だ。

 誰もが疑惑は真実ではないかと思ったが、あくまで黒よりの疑惑だった。


 それがここだけの話で一気に真実に変わった。

 平民が産んだ子を貴族が産んだことにするなど、とんでもない前代未聞のスキャンダルだ。

 庶子を引き取るのとはわけがちがう。

 社交の場を大いに騒がせた。


 とうとう噂に気づいたメイナードの父は泥舟に乗るのはごめんだとばかりに、さっさと息子に当主を譲って逃げた。

 愛人も連れて隣国に行ったらしいが、金のなくなった老人に若い愛人がどんな行動をとるかは想像通りであろう。


   ◆


「シャ、シャルロッテ!?」

 メイナードは仰天して無礼にも公爵夫人の名を呼んだ。

「私の妻を名前で呼ばないでほしいのだが?」

 ルイはその白皙の美貌を不機嫌そうに眉を顰めた。


「も、申し訳ございません。あまりに驚いて」

 本当にあの貧弱で貧相なあの厚化粧のシャルロッテなのだろうか。

 目の前の若く美しい魅力的な元妻を舐めるように見つめた。

 だとしたら自分はなんともったいないことをしたのかとギリギリと奥歯を噛み締めた。


 元義母はあまりの驚きに、口を開いたまま呆然とシャルロッテを見つめるだけだ。


「は、母上。お久しぶりでございます」

 マイナデリンが媚びるように母上と親しげに呼んだ。

 周りの空気がざわりとした。

 シャルロッテは困ったように息子とされた青年を見た。


「トンプソン侯爵。彼にまだ真実は告げておられないのでしょうか?」

「な、何のことだ!?マイナデリンは君が産んだ子だろう」

 周りの蔑むような視線にメイナードは焦ったようにシャルロッテに詰め寄った。


 ルイはすかさずシャルロッテを腕に抱き庇った。

「我が妻はカツァーヌ公爵家に嫁ぐ時、王城の医師の検査を受けて乙女であったと告げられている。こちらの方がどういうことだと聞きたいが?」


「そ、それは」

「どういうことですか!?母上が乙女であった!?そんなことあるわけがない。私がいるのですよ!?」

「ちょっと、どういうことよ!?」

 彼の妻になったアエラは苛立って夫に詰め寄ったが、マイナデリンはそれどころではない。


 アエラは学園時代に王太子妃になろうと画策して失敗し、捨てられるように疑惑のあるトンプソン侯爵家に嫁がされていた。

 そんな彼女に親切に教えてくれる人はいなかったようだ。


「ご自身の名前に何の疑問も持ったことはないのでしょうか?」

(いやいや、だって〝マイナデリン〟だよ?)

 もう24歳だし、さすがに察するものはなかったのだろうか?


「名前ですか?一体何が?」

 マイナデリン、マイナデリンと呟き、ハッとしたように実の母であるマデリンを見た。

 マデリンは気まずげに目を彷徨わせた。


「そんな、まさか、こんな下品な平民女が俺の母親だと!?」

「はぁ!?下品!?母親に向かってなんてこと言うのよ!?」

「マデリン!!」

 あっさりマデリンはたくさんの貴族がいる前で認めてしまった。


 愕然とするマイナデリンに、シャルロッテは励ますように言った。

「以前私に、こんな女が母親とは誰か嘘だと言ってほしいと言っていたではありませんか。願いが叶って良かったですね?」


 シャルロッテ達にもいずれ子どもができるだろう。カツァーヌ公爵家としても、その時に我が物顔で異父兄だと来られても困るので、ここははっきりさせておく方が良い。


「平民の血が入った男に嫁いだというの!?冗談じゃないわ」

 アエラはヒステリックに金切り声をあげた。


「まあ、何の騒ぎかしら?懐かしい金切り声と思ったらまたお前なの?」

 豪奢な紅い髪の王太子妃殿下オリビアが、見事な体躯の王太子に寄り添いクスリと笑って鷹揚に声をかけた。


「オリビア!あ、いえ、王太子妃殿下。失礼いたしました」

「あら、シャーリー。ここにいたのね?探していたのよ」

 王太子妃であるオリビアは、しれっとアエラを無視してシャルロッテに親しげに声をかけた。


「ルイ、その折は世話になったな」

 隣の王太子も親しげにルイに声をかけた。

「いえ。私共は王太子妃殿下の真心を王太子殿下にお伝えしただけです」

 シャルロッテも優しく微笑みながら頷いた。


「幸運のブーケのおかげで今日を迎えることができたのよ。感謝しているわ」

「もったいないお言葉です」

 いつのまにかシャルロッテのブーケは幸運のブーケと呼ばれるようになっていた。



 妖精が見えるだけのシャルロッテ、妖精の声が聞こえるだけのルイ。

 2人はある日、妖精に願いを聞いてもらう方法に気づいた。


 それは願いを持つ人間を気に入った妖精がその願いを叶えたいと望み、妖精を見てその願いを言い、妖精の喜ぶ物を捧げることだった。


 願いのある人間、妖精がその願いを叶えたいと思うこと、妖精の話を聞くことができるルイ、妖精を見ることができるシャルロッテが揃って初めて妖精は願いを叶えてくれるのだった。


 妖精の好む物は様々だが、シャルロッテが作るブーケはどの妖精も好んだ。


 オリビアは自分の本当の心を王太子に伝えたいと願った。

 その願いを叶えたいと話す妖精の声をルイが聞いた。

 そして、シャルロッテは妖精にブーケを捧げながらオリビアの願いを叶えてほしいと願った。

 すると、いつかのようにブーケがオーロラ色に染まったのだった。


 王太子がオリビアからブーケをプレゼントされると不思議なことが起こった。オリビアの本当の心を知ることができたのだ。

 そうして、王太子とオリビアは無事に結婚式を迎えたのだった。


 ちなみにシャルロッテの成長を止めるお願いは奇跡のような偶然の結果だったようだ。

 


 ポカンと仲睦まじい王太子夫妻とシャルロッテ達を見ているトンプソン侯爵一家に王太子は不快げに目を向けた。

「私達のめでたい日に騒ぐとは。どうやらこの場にそぐわない家が来てしまったようだ」


 そうして、トンプソン侯爵一家は速やかに騎士に連れて行かれ、和やかにその夜会は過ぎていった。

 その輪の中心には王太子夫妻と共にカツァーヌ公爵夫妻がいた。


   ◆


 その後、王太子によりトンプソン侯爵家は取り潰され、その身分を平民に落とされ鉱山奴隷となった。

 庶子である者を貴族の血と偽ったことは許されることではなかった。

 せめて庶子として引き取ればまた違った結果であっただろうが、今となっては後の祭りだった。


 侯爵家で働いていたシャルロッテを虐げた者達も、罪に応じて罰を受けた。

 マデリンの母アンとマデリンは重い罰を受けたあと、メイナード達と同じ鉱山の奴隷になった。

 しかし、あまりにお互い口汚なく罵り合うので、結局、別の鉱山に移されたそうだ。



 そして、シャルロッテとルイはと言えば……。


 シャルロッテは、今日もルイのそばをフワフワ妖精が飛んでいるのが見えた。

 彼はぼんやりした顔で明後日の方向を見て妖精の話を聞いていていた。時折、何かブツブツ言っている。


 少しすると、妖精は次の花に行く蝶々のようにどこかにヒラヒラ飛んで行った。


「妖精さんは何と?」

「うん、『シャーリー、超ウケる』『え?何々?』『こないだから太ったとか焦ってるじゃん?』シャーリー、焦っていたのか?気づかなくてすまない」

「な、な、何で妖精さんてば、ばらすのよ!?」


 真っ赤になったシャルロッテをルイは優しく抱きしめてそっと耳元に口を寄せた。


「『シャーリーのお腹に赤ちゃんがいるだけなのにね〜』と……」



お読みくださり、ありがとうございます。



⭐︎電子書籍化のお知らせ⭐︎


『21年耐えたので離婚して今度は自分のやりたいことをしようと思います〜妖精が見えるだけの男爵令嬢は、妖精の声が聞こえるだけの公爵様に溺愛される』

限定SS「シャルロッテとウエディングドレス」付き


短編のお話を十万文字に大幅加筆しました。

電子書籍では、シャーリーとルイの甘々な馴れ初めや、男爵令嬢に真面目に恋する王太子とその婚約者が妖精の魔法で入れ替わってしまったお話など、一風変わった妖精達とシャーリーとルイの関わりを描きました。

ほっこり幸せな気持ちになれるお話です( ^ω^ )


イラストは、水辺チカ先生です。

ルイが格好いい!シャーリー可愛い!

ぜひお読みいただけたら嬉しいです ∩^ω^∩


https://www.cmoa.jp/title/1101443955/vol/1/


挿絵(By みてみん)


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html>                             10万文字に大幅加筆して発売中ですo(^▽^)o     ルイとシャーリーの馴れ初めや、真面目に浮気している王太子と婚約者の一風変わった馴れ初めを加筆しました。 よろしくお願いします。          
― 新着の感想 ―
マイナデリンの名前を読むと、時折マイナンバーと空目してしまう自分がいた(≧▽≦)
楽しく読ませていただきました! シャーリーは肉体的には10代でも、実年歴は35歳ですよね。 ルイとの年齢差は如何ほどなのでしょうか…?
[一言] 義息子可哀そうなんてコメントあるけど、田舎の長男教で育てられた男みたらそんな事言えないよ、いやマジで 周囲の全員が全員敵みたいなもん あれはお母さんもどうしようもないんだって
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