表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

2、正論も過ぎれば嫌われる

 ミオンと別れたリルベルトはすぐに少年に声を掛けた。

確かに「様子見希望」とは言われたが、むざむざ見逃す気は毛頭ない。


 むしろ尾行している間にお菓子を食べられてしまっては損しかない、というのが彼の判断であった。


「菓子屋で盗った物を返して貰おうか」


「えっ!? な、なんの事……ですか?」


「とぼけるな。万引きは犯罪だ。警備隊に突き出されたくなければ今すぐ盗った商品を店主に返……」


 怯えた様子の少年に詰め寄った時だった。


「えーいっ!」


 突然、甲高い声と共に背後から何かが飛び付いてきた。

声の感じからして少女のようだ。


 ダンジョンならいざしらず。

流石のリルベルトもまさかこんな街なかで奇襲を受けるとは思わなかった。


 相手が子供である以上、力任せに振り払う事は出来ない。

一瞬彼の脳裏に意図せず怪我をさせてしまった時の幼いミオンがよぎる。


「……! しまった」


 リルベルトの隙をつき、万引き少年はすばしっこく逃げ去ってしまった。

近くの大通りは人通りが激しく裏道も多い。

この状態から探し出すのは困難だろう。


 まさか自分が失態を犯すとは思わず、リルベルトはギリと歯を食いしばった。


「……で、君は何だ。何故俺の邪魔をする?」


「あわわ……ご、ごめんなさい!」


 パッと背中から離れた少女は慌てて踵を返す。

しかし、動きは当然リルベルトの方が早かった。


「逃がすか」


 彼が無遠慮に首根っこを掴むと、少女は「ぐぇ」と蛙のような声を発して大人しくなる。

万引き少年と同じ年頃の子供だ。


「万引きの手助けも犯罪だ。自分のした事が分かっているのか?」


 冒険時の服装ではないとはいえ、仏頂面の成人男性に睨まれるのは恐ろしいだろう。

少女はガタガタと震えながら、何度も「すみません、ごめんなさい!」と謝罪を繰り返している。


「口先だけの謝罪なら一つで足りる。それより問題はあの子供だ。彼の事を知っているのなら教えてくれないか?」


「すみません、お金なら私が払いますから、彼の事は許してあげて下さい! 本当にごめんなさい!」


「それでは根本的な解決にならない。それに代金を払うのは盗った彼であるべきだ」


 埒が明かないと感じた彼は小さく溜め息を吐くと、改めて少女に事情を聞くことにした。

彼女からすれば詰問に等しい地獄の時間の始まりである。


 相手に優しく配慮するスキルをリルベルトが持ち合わせていなかったのだから仕方ない。


「わ、私はライラ。さっきの子はトム。家が近所なの」


「ならトムの家を教えろ。親に事情を話して店主の元に向かわせる」


「や、やめて! 絶対、トムだって悪い事って分かってるし、きっと今頃反省してると思うの! お金は私が立て替えるから、本当にお願い、許してあげて!」


 ポシェットから小さな財布を差し出す彼女の手を押さえつつ、リルベルトは淡々と言い返した。


「何度も言わせるな。君から金は受け取らない。そもそも俺に支払うのが筋違いだし、許すかどうかは店主次第だ」


「でも……」


「そもそもなぜ君はトムを庇う」


 そんな何気ない質問に、ライラはたどたどしく言葉を紡ぐ。


「だって……友達、だし。そりゃ悪い事だとは分かってたし怖かったけど、それでもトムを助けたかったの」


「意味が分からん。友なら尚更、悪事は止めるべきだ」


 確かにリルベルトの言い分は正しい。

しかし融通の利かない性格と圧の強さが災いし、遂にライラは泣き出してしまった。


 大きな瞳からポロポロと零れる涙が痛々しい──が、それで通用しないのが朴念仁の恐ろしい所である。


「何故泣く」


「ひっく……だってぇ。お兄ちゃんが分からず屋なんだもん!」


「心外だな。俺は何も間違った事は言ってない筈だが。それとも、泣けば有耶無耶に出来ると思っているのか?」


「ぐすっ。違うもん! 何も知らないくせに酷いこと言わないで!」


 真っ赤な鼻を膨らませるライラに対し、彼もまた大人げなく反論する。


「初対面で何も知らないのは当然だろう。君こそ無理を押し通したいなら、せめて事情を説明して俺を納得させる位の努力と誠意を見せるべきだ」


「うぅ~……」


 それもそうだと思ったのか、はたまた口で勝てないと思ったのか。

ライラは悔しげに鼻を啜りながら語りだした。


「トムは、マイク達と友達になりたがってるの。あ、マイクはさっきお菓子屋さんにいた四人組のリーダーね」


「さっきの客か」


「そう。で、マイクはトムに条件を出したの。『オレのダチに女とばっかつるむような弱虫はいらねぇ。チキンじゃない証拠を見せろ』ってね」


「何故友達になるのに条件がいるんだ? 女とつるんだら弱虫という理屈もおかしいだろう」


 逐一否定する彼に構わずライラの話は続く。


「とにかく! マイクの出した友達になる条件っていうのが『私ともう遊ばない事』と『あのお店で万引きをする事』だったって訳。それで……」


「君はそれで良いのか」


「え?」


 痺れを切らしたリルベルトがライラの言葉を遮った。


「君は今もトムを友達だと思っているんだろう? そのトムが君よりも、悪い事をさせる奴等の方を優先している訳だ。君は本当にそれで良いのか?」


「そ、それは……」


「トムが本当に『弱虫でない』のなら、彼はマイクの条件なんて無視して怒るべきだった。それが対等な友達というものだ」


「それは……そうかもだけど、でも……」


「君だってそうだ。友達なのにトムが犯罪者になる手助けをしたいのか? それは友達とは言えないな」


 ライラの濡れた瞳が真っ直ぐリルベルトを見つめる。

先程までの怯えるばかりの目ではない。

まるで目から鱗と言わんばかりの眼差しであった。


「一度トムとは話をする必要があるな。ライラ、改めて聞くがトムの居場所を教えてくれ」

 

「えっ……でも……」


「概ね事情は理解した。いきなり警備隊に突き出したりはしないと約束する。まずはトムと話をして、店主への返品・返金に関しては本人と話し合おう」


 幾分か対応を軟化させたリルベルトが余程意外だったのか、ライラは困惑気味に頷くのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 子どもの頃って、何が正当なことなのか、何が間違っているのか、判断できない幼さがありますよね。 リルベルトは厳しいかもしれないけれど、それはトムやライラにとって、とても大切なことを教えてくれ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ