第48話
領主館
「この馬鹿者が!!領内で他の貴族に弱みになるような行動を取るとは!!」
怒っているのはセレティグト伯爵だった。その怒っている伯爵の前で縮こまっているのはその息子のマルスであった。その後ろには護衛をしていた2人の騎士の姿もあった。
「決定的な所まで行っていなかったから良かったもののもし、相手を殺してでもいたら他の貴族から吊し上げを食らうところだったのだぞ!!」
「しかし、あの場所には他の貴族なんていませ・・・」
「馬鹿者、他の貴族の息のかかった者がいると思えと前から言っているだろうが、この領地は他の貴族からしたら金のなる領地だ。いついかなる時でも相手の弱みを握るために自分の配下の者をこの領地に潜り込ませているのだ。まったく、そんなことも分からんとはな。そんなに女の奴隷が欲しかったら奴隷商にでも行けば良かろう」
父親に怒られマルスが項垂れる。
「しかし、あそこまでの奴隷はここの奴隷商にはおりませんし」
「お前がそこまで言うほどの奴隷だったのか」
それに、後ろにいる護衛の騎士の一人が口を挟む。
「マルス様の言うとおりあの奴隷は美しかったですね。エルフの奴隷でもあそこまでのはいないのでは無いでしょうか」
「ふむ」
伯爵が顎を撫でながら考える。
「マルス、その奴隷を諦める事は出来るか?」
「出来ません!」
「で、あるならば町の中では手を出すな。町の外でなら何とでも言い訳が出来る」
マルスの顔に満面の笑みが浮かぶ。
「で、では」
「ああ、町の外でなら好きにしろ」
「ありがとうございます。お前達あの2人が門が出た事を知らせるように門兵に言ってこい」
「分かりました」
護衛の騎士の2人が部屋を出て行く。
「よしよし、これであの奴隷は僕の物だ」
喜んでいる息子を見て伯爵はため息をつくのだった。
朝になり身支度を調えて僕とセシリアは宿を出発する。目的地であるゼイル侯爵領に向かうために門へと向かう。そして、門を出た時に門兵の一人が走り去って行くのが見えたが気にせずに歩いて行くのだった。
セレティグト伯爵領を出てからしばらくしてから後ろから馬に乗った一団が向かってくるのが見えた
。僕達はそれを道の脇に逸れて過ぎ去るのを待っているとその一団が僕達を通り過ぎたところで停まった
。そして、先頭に出てきた男を見て眉をひそめる。出てきたのは昨日オープンテラスで会ったマルスと言った領主の息子だった。その領主の息子が馬から下りて言う。
「探しましたよ。麗しき我が宝石よ」
声をかけられたセシリアが顔をしかめる。
「そこのお前、これが最後です。その奴隷を私に譲りなさい」
「断ります」
僕は即答する。そんな僕を見て領主の息子は首を横に振る。
「状況が飲み込めていないようですね。こちらには30人の騎士がいるのですよ。それに、私はお願いしているのでは無い。命令しているのです。ここは町の中では無い、人の目はありませんよ。ここで死んだとしても盗賊に殺されたと思われるだけです。殺されるのは嫌でしょう?」
「たとえ僕が殺されたとしても、ただ、彼女が奴隷から解放されるだけであんたの奴隷にならないけど」
「そうですね。しかし、貴方は罪を犯したのです?」
僕が首をかしげる。
「貴方はオルベルク子爵領の方から来ましたね。そういえば、オルベルク子爵領の先にあるベルン伯爵領では奴隷の反乱があったそうですよ。しかし、それはおかしな話です。本来奴隷は反乱を起こせません。しかし、その時にはベルン伯爵が亡くなっていたらしいのです。そのために奴隷達は奴隷から解放されて反乱を起こしたのです」
「それで、僕の犯した罪って何です?」
領主の息子はしたり顔で言う。
「ベルン伯爵を殺したことが罪ですよ」
「そんな証拠無いと思いますけど?」
僕が困った顔をして言う。
「馬鹿ですね。証拠なんていらないんですよ。私が貴方がベルン伯爵を殺して奴隷の反乱を誘発した者だと言えばそれが真実になるのです。まあ、その時には貴方は死体になっているんですけどね」
「ああ、僕を殺した後にそういった罪をねつ造してセシリアも僕の奴隷だからって言う理由で罪を背負わせて解放されたセシリアを奴隷にするわけだ」
「おやおや、頭は回るのですね。ええ、そういうことですよ。と言うわけで貴方は死んでください、やれ!」
領主の息子が腕を上げて振り下ろす。それを合図に騎士達が剣を構えて突っ込んで来る。それにセシリアが恐怖で僕の腕を握る。僕はその手に自分の手を重ねて安心させる。
「《地魔法アースウォール》」
騎士達と僕の間に土の壁が形成される。僕の腕からセシリアの手を優しくどかすと剣を構えて土の壁を乗り越える。
騎士達は上からの奇襲に驚いていた。僕は驚いている隙に剣を横に1閃し3人の騎士の首を切り飛ばす。そして、着地してさらに1閃して3人を真ん中から上下に切った。
「馬鹿な、鎧を着ているのに真っ二つにするなんて、こんなに強いなんて聞いていないぞ」
浮き出しだった騎士達を神剣で蹂躙していく。中には剣を構えて受け止めようとする者もいたがその剣ごと身体を切り裂く。
自分の連れてきた騎士達が何も出来ずに蹂躙されている様を見せつけられて領主の息子であるマルスは尻餅をついてその光景を見ていた。
「ば、馬鹿な、我が領地の騎士だぞ。装備も充実している。練度も他の貴族の騎士などよりも高く強いんだ。そ、それがあんな冒険者一人に歯が立たないなんて、そんなこと、ど、どうしようお父様に殺される」
全ての騎士を倒して後僕は土の壁を消す。その土の壁が消えて見た光景にセシリアが息を呑む。
(え、たったこれだけの時間で全部倒したの?ご主人様ってどれだけ強いの?)
僕はゆっくりと領主の息子に近づく、領主の息子は腰を抜かしたのかジリジリと後ろに下がることしか出来無い。
「ぼ、僕を殺そうと言うのか、良いのか僕はこの領地の息子で次の領主だ。そんな僕を殺したらお前、この国で生きていけないぞ」
領主の息子は右手を前に掲げながらそんなことを言ってくる。
「そういえば、先程面白いこと言っていましたよね。僕の罪のことで、ベルン伯爵を殺したとか何とか
」
「いやいや、あれは思い付きで言っただけでお前が殺したなんて思ってないから、そんな嘘を広めることもしないから、だから僕の命だけは助けてくれ」
僕は笑顔を作ると領主の息子は引きつった顔をする。
「君が言った僕がベルン伯爵を殺したっていうのはね。・・・・本当の事だよ」
「へっ」
僕は剣を振り抜きその首を切り落とす。それに、セシリアが驚いた顔をする。
「あの、よろしかったのですか?」
「うん、別に構わないよ。じゃあ、離れようか。そろそろ、オークが近づいて来そうなんだよね」
「どうして、分るのですか」
「風魔法にそういう気配を感じる魔法があるんだよね」
「知らなかったです」
「まあ、これは応用魔法だからね。さ、離れよう」
そうして、道なりに走って行く。生きている馬はいるのだがあいにく乗ったことがないので置いていく事にした。そして、かなり離れた頃にセシリアが聞いてくる。
「あの、本当に貴族のベルン伯爵を殺したのですか?」
「そうだよ。内緒だよ」
「分りました」
そうして、ゼイル侯爵領に向かって進んで行くのだった。