第182話
かなりの数の帝国の軍と思われる者たちが森の切れ間から姿を見せる。その者達はその姿から帝国にいる冒険者と思われた。
「フレイ、済まないが左側の死の森近くの城壁の方で戦ってくれないか。この中央は俺が指揮して戦う。聖武具使いと神具使いが一緒の場所というのは得策じゃないからな」
「分かった。そこの指揮をする人の元に入ればいいね」
「ああ、頼む」
僕はラントに言われて死の森の方の城壁へと移動する。その間に侵攻してきた帝国の軍は地面から現れたゴーレムと戦いを始めていた。
「弓矢で攻撃しろ、頭上から攻撃を加えて少しでも数を減らすんだ」
ラントが城壁の上から声を上げると、皆が一斉に弓矢で攻撃を開始した。城壁の近くでは魔法は弱くなるので相手は近距離でゴーレムの相手をしなければならない。それで、少しずつは倒されている。しかし、相手の兵の数を見ると微々たるものだ。中には門に近寄って来て梯子をかける者もいた。それらは、気付いた者が蹴り落としているので登ってきている者はいない。しかし、森の奥からは兵が絶え間なく現れていた。
「ここだけでも、これだけの数か。他は大丈夫か? フレイが行った場所は大丈夫だろうが、海側のセイルが中心となってくれているが大丈夫だろうか?」
ラントは出てくる帝国の兵の数を見ながら、他の場所の心配をした。
僕が死の森側の城壁の上に着いたときにはすでに戦いが始まっていた。こちらでも、地面から現れたゴーレムと帝国の冒険者と思われる者たちが戦っており、城壁の上からは矢が間断無く放たれている。帝国兵はゴーレムの隙を突いて梯子をかけるがそれらは蹴り落とされていた。
(敵兵はがむしゃらに城壁に突っ込んで来るだけ。相手が待っているのはゴーレムが動かなくなることかな? ゴーレムも魔力が無くなれば消えるし、それでも、魔法は使えないから破城槌でもないと城壁は壊せないだろうけど)
それから、一時間程するとゴーレムの魔力が尽きてきたのか土へと還って行く。ゴーレムがいなくなってから森の奥から破城槌がゆっくりと現れたのだ。
「弓兵は火矢を準備しろ!流石に直ぐに壊されることはない。それと、油の準備だ」
こちら側の指揮官と思われる者が皆に指示を出していた。僕も火矢用の矢を準備して破城槌に向かって射る。しかし、破城槌の屋根の所には濡れた布が張っているのか。燃え広がらずに消える。
「油の準備が出来たら破城槌のある所に投下しろ!」
熱せられた油が破城槌に向けて投下される。破城槌を運んでいる兵は屋根があるために被ることは無かったが、破城槌を守る為に盾を構えた者は足元に落ちた油が跳ねたのか盾を取り落とす者達がいた。さらに城壁から火矢が放たれる。その火矢によって油に引火する。破城槌にも火は燃え移ったためにたまらず、破城槌で城壁を攻撃していた者達も逃げ出していた。
「よし、最初の攻撃は何とかなったな。まず、最初に布陣していた半数は身体を休め。残りの半分はこのまま警戒を続けるように」
指揮官の指示で半分の兵達が城壁を降りて行く。こちら側の少し離れた所には数多くのテントが用意されていてそこで休む事になっているようである。その指揮官が僕の方に歩いてきた。
「さて、戦闘中であった為に挨拶が出来なかったな。儂はファールン王国公爵、ブルグンド・ヴァン・バラガラドだ。其方のことはラント王子と娘から話を聞いているフレイ君でいいのかな?」
「あ、はい。フレイです。バラガラド公爵、初めてお目に掛ります。所で、その娘というのは?」
「儂の娘はシルビアという。バルドラント王国のダンジョンで出会ったのだろう。娘が素晴らしい冒険者だと言っておったわ」
「シルビアさんのお父様でしたか。ラントから聞きましたが子供が生まれたとかおめでとうございます」
「うむ、ありがとう。しかし、ラント……か。ラント王子が友人だと言っていたが本当の事らしいな」
ブルグンドはニヤリと笑っていた。
「あ、もしかして様とか付けた方が良かったですか?」
「いや、かまわんだろう。ラント自身が友人と言っているぐらいだ。逆に敬称を付けて呼ばれる事を嫌うじゃろうな。さて、フレイよ、話は変わるが帝国兵の動きをどう見る?」
「まだ、本気では無いでしょうね。ゴーレムがあるのは分かっているでしょう。後、先程の兵は味方の損害を気にせずに向かって来ていました。帝国兵としては本体では無く、別に居なくてもかまわないと思っている部隊かもしれませんね。かなり、兵をかき集めたみたいですから、もしかしたら、犯罪者奴隷とかだったかも知れませんね」
「ふむ、なるほどな。戦争などではよくある手じゃな。最初の奴らは前に進むしか無いが、破城槌が壊れれば流石に無理じゃと思い退却したのじゃな」
「奴らが姿を見せて攻撃してくるのが遅かったのは破城槌を用意していたからじゃろう。今晩にでもまた用意するじゃろうし、兵も増える。本番は明日からじゃな」
ブルグンドの言葉に僕も頷く。
その後、他の所でも日が落ちる前に帝国軍は退却し、無事守り切れたとの報告が届いた。
「他の所でも守れたみたいじゃな。では、儂はしばらく休む。フレイよしばらくは其方が指揮を執ってくれ。この場には冒険者が多くてな。指揮を執れるほど経験を積んだ者も少ない。其方がガルファス王子の反乱の時に戦っていたのを知っている者もおるからな文句を言う者は少ないじゃろう」
「僕も軍の指揮を経験したことは無いですよ」
「まあ、それでもじゃ。敵が来れば起こしてくれて構わん。それと、今から錬金術師達がゴーレムを設置するとからのう。その間、警戒を密にして置いて欲しい」
「分かりました」
僕は言われたように見張りの冒険者達と森の方を警戒する。その間に錬金術師達は城壁の門を出てゴーレムを設置していく。
「やあ、フレイさんお久しぶりです」
森の方を警戒していると冒険者が声をかけて来た。
「あれ、貴方はセルシュ公国の冒険者のレイルズさんではないですか? セルシュ公国の冒険者である貴方もこの戦いに参加しているなんて、どうされたんですか?」
「帝国の大軍勢がファールン王国に攻め込むとギルド経由で国の上層部に報告があってね。それで、国から公国の冒険者にファールン王国に行って一緒に帝国を追い返す手助けをする様にってね。まあ、ファールン王国が負ければ次は我々の国に来るのは分かっているからね。帝国とは仲も悪いし、全力で援護すると決めたみたいだよ。直ぐに動ける冒険者が先に派遣されたのさ」
話によると、セルシュ公国の軍隊も準備しているらしい。ただ、正規軍は準備にも時間が掛るので到着にはまだしばらく掛るとの事だった。そして、レイルズと話していると一人の冒険者が森の方を指差して声を上げる。
「森から帝国の騎馬兵と思われる影が見える。錬金術師は急いで城壁の中へと戻れ! 城壁の上に居る者は弓で錬金術師達を援護しろ」
森の方を見ると騎馬兵と思われる帝国兵がこちらへと向かってきているのが見えた。その早さはかなりの速さであった。このままでは錬金術師が全員入る前に騎馬兵は門に入ってくるだろう。
僕は、錬金術師達を助ける為に戸惑うことなく城壁から飛び降りたのだった。