第179話
セシリアの妊娠が分かってからかなりの月日が経ち、助産師の方の話ではもう一ヶ月もしないうちに生まれるだろうと言われた。ただ、助産師の方もドワーフ族の出産には立ち会ったことはあってもエルフ族の出産には立ち会った事が無いとのことで心配なのかよく来るようになっていた。
「エルフ族は森に住んでいることがほとんどで、町に来ることは無いからのう。儂も見たのはあんたのとこが初めてじゃわい」
助産師の方はかなりの年齢になっている老婆でシャロルと名乗った。他にも数名の女性がそのシャロルを手伝っていた。
「この町で、ずっと、助産師として働いてきたんじゃ。経験では儂に叶う者はおらんからな。安心しなされ」
セシリアに安心するように語りかけてくれる。セシリアも安心したように頷きお腹をさすっている。
「子供は宝じゃからな。しかも、この後にも控えておるからな。楽しみじゃて」
そう、少し前に分かったことではあるのだが、カルラとファルナが妊娠したことが分かったのだ。それが分かったとき、二人はとても喜んでいた。それを見てフィーナが寂しそうな顔をしていた。
それから、三週間ほどしてセシリアと一緒に歩いているときにその時が来た。いきなり、セシリアが辛そうな顔をして僕の手を握ってきたのだ。
「フレイ様、どうやら、陣痛が来たようですのでシャロルさん達を呼んできて頂けないでしょうか」
最近になり、セシリアは僕の事をご主人様からフレイ様と名前で呼ぶようになっていた。
僕はメイアにセシリアの事を頼むとシャロルの所に向かう。シャロルは僕の姿を見るや急いで準備をしてくれ、他の助産師達と一緒に僕の家へと向かった。
家に着くと、メイア達に指示を出していく。僕は手持ち無沙汰になり、何かすることが無いか聞く。
「男は黙って待っておれ、ここからは女だけの戦場じゃからな。出産は命がけじゃ、じゃがそれを助ける為に儂等がおるんじゃ。男はどっしりと構えて待っておればいいんじゃ」
そう言って、セシリアの部屋へと入っていく。僕はどうすることも出来ないので部屋の前に椅子を置いてただ待っていることしか出来なかった。
それから、数時間が経った。数時間がとてもとても長い時間に感じる。その長さに不安になりかけたとき大きな鳴き声が響き渡った。そして、助産師の女性の一人が扉を開けて出てきた。
「無事に生まれましたよ。元気な男の子です。種族はエルフ族ですよ。どうぞ、入って奥様とお子様を労って上げて下さい」
「あ、は、はい」
促されて部屋へと入っていく。部屋では焦燥した様子のセシリアが赤子を抱いていた。
「フレイ様、見て下さい。私達の子供ですよ」
セシリアは赤子を見せてくる。とても小さな、可愛い赤ちゃんだ。
「抱いて上げて下さい」
「えっ、僕が抱いても大丈夫かな?」
「父親じゃろう。怯えるでない。優しく抱いてやればよい」
僕は初めて自分の子供をその手に抱いたのだった。その子供はとても小さく、軽かった。今は眠っているようでその寝顔はとても可愛かった。
「フレイ様、名前を付けて上げて下さい」
「え、あ、名前、ああ、僕が付けて良いのかな?」
「フレイ様は父親ですよ。父親が付けないでどうするんですか」
セシリアに子供の名前を付けるようにお願いされる。
「父親としての最初の仕事じゃ、ずっと、その名前を使っていくのでな、重要じゃよ」
僕は子供の顔をじっと見る。すると、寝ていた子供が目を開けた。そして、僕をじっと見つめてくる。
「うん、そうだね。なら、フリードだ。君の名前はフリードにしよう」
「フリードですか。良い名前ですね」
僕はフリードをセシリアに預ける。フリードはセシリアと僕を交互に見ていた。しばらく、子供を見ていると、部屋がノックされてカルラ達が部屋へと入ってきた。
「セシリア姉、おめでとう」
「セシリアさんおめでとうございます。わあ、可愛いですね」
「うわあ、赤ちゃんだ。可愛い、ねえねえ、名前はもう決めたの?」
「フレイ様にフリードと名付けて頂きましたよ。今度は、カルラさんと、ファルナさんですね」
「まあ、あたい達はまだまだ先だけどね」
カルラとファルナのお腹も大きくなり始めていた。それでも、生まれるのはまだ先だろう。ふと、見るとフィーナがフリードをじっと見つめていた。
それから、助産師の方に手伝いをして貰いながらフリードの世話を皆でする。皆が初めての子供の世話と言うこともあり積極的に頑張っていた。特にカルラとファルナは次に産むと言うこともありセシリアを手伝っていた。
そんなフリードが産まれて四ヶ月程経ち、そろそろカルラとファルナの出産も近くなってきた頃、王都よりいきなりラントがやって来た。
「フレイ、いきなり、すまないな。その、かなり厄介なことが起きてしまってな」
「そう、長くなりそうだから客間で話そうか。メイア、お茶を二つお願い」
「かしこまりました」
メイアが頭を下げて奥へと向かって行く。
「彼女は初めて見るな。いつ頃からここにいるんだ?」
「メイアはバルドラント王国の王都を潰した後に、オルベルク領で奴隷になったんだよ。元々はオルベルク領の領主の元で奴隷になっていたんだけどね。その領主が死んだときに帰る場所が無いと言ったからね、奴隷でもいいなら僕の所に来る? って聞いたら来ると言うんで奴隷契約して家に連れて帰ったんだ」
「ふーん、所で、そのオルベルク量の領主はフレイが殺したのか?」
「僕じゃ無いよ。殺そうとは思ったけど、結局横やりを入れられてね。殺したのはセシリアのお兄さんだったね」
セシリアのお兄さんと言ったところでラントは不思議そうな顔をした。
「何で、フレイの奴隷のセシリアの兄が領主を殺すんだ。それよりも、フレイも領主を殺そうとしていたのかよ」
「ああ、その領主はね。元々セシリアの主だったんだよ。で、セシリアをボロボロにして奴隷商に売った後に僕が買ったんだよ。その領主の元にはまだセシリアの従姉妹がいると言うからそれを助ける為にね。
「そしたら、セシリアのお兄さんに先を越されたわけだ」
「そう言うこと」
客間に入り、メイアがお茶を持って来てくれたところでラントに訪問した説明を聞く。王都からわざわざマルンまで手紙では無く、直接来るぐらいである。かなり重要な事が起きたのだろう。
「実は帝国が近々攻めてくることが分かった。しかも、前回はいなかったという皇帝自らの出兵らしい」
「皇帝自ら出てくるっていうことは本気でファールン王国を攻め滅ぼす気って事だよね」
「そうだ、こちらも兵の訓練も終わって兵数も揃って来てはいるが、それでも、前回の侵攻の時の半分位しか兵数はいない」
「帝国はどれくらいの兵数を用意しているの? 一応、分かってはいるんでしょ」
「諜報員の報告では三十万以上とのことだ」
帝国は本気でファールン王国を落としに来ているのが分かる数字である。
「フレイ、すまないが俺達を助けて欲しい。一緒に帝国と戦って欲しい」
ラントは深々と頭を下げて、そうお願いしてきたのだった。