第173話
長老の家で母が来るのを待っていた。長老は僕にお茶を出してから、離れて座っていた。毅然と振る舞っているようだが少し震えているのが分かる。
しばらくして、外から話し声がしてきた。
「お兄様、私に会いたいという者が居るとのことですが私には心当たりが無いのですが、エルダードワーフの人に何かをお願いしてもいませんし」
「ああ、エルダードワーフとは関係無い」
「それでは、一体誰ですか?」
「それは、見たら分かるだろう。だが、相手に対して攻撃するな。もし、そいつが本気になればこの村は滅びるからな」
母と話している叔父の言葉を聞いて、僕は苦笑する。どうやら、叔父は先程の僕との戦いがトラウマになったみたいである。
母と叔父が僕のいる部屋の前に着いたのかノックをしてきた。
「長老、セリシャを連れてきました」
「う、うむ、入るが良い」
「それでは、失礼します」
叔父と母が部屋へと入ってくる。そして、母は僕の姿を見て目を大きく見開いた。
「え、お前はまさか……いや、でも、あの時の男よりも若い? いったい、お前は誰?」
母は僕では無い誰かと僕を重ねて見ているようだった。
(まあ、母は僕の顔を見ると殺そうとしていたし、死んだと思っていたら忘れているのも普通かな)
「セリシャ、この者はお前の子供だ。お前が人間共の奴隷だったときに出来た子供、フレイだ」
叔父のその言葉を聞いて、母の顔の血の気が無くなった。
「兄さん、あの子供は死んだはずでは無かったのですか? 闇魔法をかけて心を殺した上で死の森へと落ちていったと、もう生きてはいないだろうと、そう言いましたよね」
「すまない、どうやら、フレイは生きていたらしい。それどころか、大地母神フォルティナ様の加護を授けられる位に強くなっている」
「そ、それは、いったいどういうことですか?」
母はかなり動揺しているようだった。
「フレイは私達ハイエルフ族よりも強くなっている。私達を全て相手にしても勝てるだろう。先程言ったな、フレイに攻撃はするな。フレイは別にお前や私に復讐するために来たわけでは無いようだ。敵対しなければ何もしないだろう」
「ハイエルフ族よりも強くなるなんてそんな事あるのですか?」
「神の加護を持っているということは、神具を授かっているということだ。この村にある、文献ぐらいはお前も見たことがあるだろう。そして、その文献にもある言葉が載っているのを忘れたのか。神具持ちは神の使徒でもあり、それに見合った実力もある。先程、村に入れないようにと戦ったが四人死んだ。それでも、フレイには余裕があった。もしそのまま続いていたらこの村は滅んでいる」
叔父の言葉を母は黙って聞いていた。しかし、その顔は苦々しくなっている。
「フレイはお前に聞きたいことがあるようじゃ。それを聞いたらこの村から去るという。すまないが、フレイの聞きたいことに答えて貰いたい」
「長老……、分かりました」
母は俯いた後に顔を上げて、覚悟を決めたように僕の顔を見つめた。
「それで、何を聞きたいのですか?」
「僕の聞きたいことはただ一つです。僕の父親って誰なんでしょうか?」
「父親……ですか」
母は苦しそうな顔をしていた。自分が奴隷だったときの相手である。思い出したくも無い記憶だろう。只でさえ、僕が生まれた時にその容姿が父に似ているということで殺そうとしたぐらいなのだから。それでも、母は思い出してくれたらしい。
「貴方の父は帝国の皇帝です。私を奴隷としていた伯爵の領地に視察に来たときに相手をさせられました。貴方はその時に出来たのでしょう」
「伯爵の方という可能性は無いですか?」
「伯爵とは髪の色が違います。なので、伯爵との子供では無いでしょう」
「なるほど、ありがとうございます」
「聞きたいことはそれだけなのですか?」
「はい、それだけです。僕の大切な者達が知りたかったみたいでしてね。本当にそれだけのためにここまで来ました。僕は父親の事なんて何一つ知らなかったですから」
それに対して叔父も苦い顔をしている。どうやら、叔父は僕の父親が誰か知っていたらしい。
「フレイ、すまなかったな。その、村の方針としてな。その事をお前には話さないということに決まっていた」
まあ、僕を殺すつもりだったのだ、話す必要は無いだろう。
「さて、では聞きたいことは聞けましたので僕は帰ります。待っている人もいますし」
「今回は其方の希望を叶えねば村が滅びる可能性があったから、いれただけじゃ。他の者も今回ばかりは認めるじゃろう。その力を見てしまったしの。だが、流石に泊めることは出来ぬ」
「分かっています。それに、寝込みを襲われるかも知れませんし」
僕は長老の家を出るために部屋を出ようとする。
「フレイ、その、こんな事は言うのはおかしいかも知れないが、今はどうなんだ。幸せなのか?」
叔父がそんな事を聞いてきた。
「村の方針で十歳の時に殺すことが決まっていた。だけどな、十年もお前を育ててきたんだ。私は本当はお前を殺すことには反対だった。村の出入りは許可を取り消すだけで良かったからな。そうすれば森の結界がお前の侵入を防ぐからな」
叔父の話を聞き、僕は不思議に思う。叔父は僕を殺そうとするのは村の決定もあるだろうが、母がそうしないと笑えないからだとも言っていたからだ。
「セイルの言葉に嘘は無いぞ。セイルは最初から其方を殺すことに反対していた。それを、儂が村の決定として殺させたのじゃ。まあ、それは失敗してしまったがな。しかも、死んでしまったと思っていたので、森の結界に入る許可を残し続けていたというミスまでしてしまった」
死んだ者の許可は残していても残していなくても変わらない。だから、その許可を放置していても誰も何も言わないだろう。しかし、叔父は僕を殺そうとしていなかったということを知って少しだけ嬉しく思う。
「叔父さん、僕を育ててくれてありがとうございます。叔父さんのお陰で僕は死の森で生き残ることが出来ました。僕は今は大切な人が出来て幸せです」
「そうか……」
叔父さんはそれ以上は何も言わなかった。僕ももう何も言わずに長老宅を出る。そして、そのままハイエルフ達の村を出て行くために歩き出す。出て行く僕をハイエルフ達は苦々しい表情で見送っていた。僕に殺された者の家族もいただろうが攻撃してくる者は居なかった。
「さて、それじゃあ帰りますか。セシリア達の所へ」
大切な人の待つ家へと向かうために死の森へと降りていくのだった。
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