第161話
宿の主が指さした方ではライトが食事をしていた。
「あれ、ライトさん? こんな場所で何をしているんですか?」
「おや、これはフレイさんではないですか。いえいえ、私はここの魚料理が好きでしてね。時々長期休暇を取って妻と来るんですよ。こちらが私の妻になります」
ライトの対面で一緒に食事をしていた女性が頭を下げてきたので、慌てて僕も頭を下げる。
「新婚の時に一緒にここに来て、魚と魚醤が好きになりましてね。こうして、妻と一緒に来るんですよ。子供がいるのですが、魚が苦手らしく大きくなってからは来なくなってしまったんですよね」
寂しそうにライトは言う。奥さんの方も何処か寂しげだった。
「それで、フレイさんはどうされたんですか? こんな場所で会うなんて」
「最近、忙しかったので遊びに来たんですよ。ここは貴族もバカンスで来るような場所だと聞いたので来てみたんです」
「そうなんですね、ここは良いところですよね。魚は美味しいし後は魚醤が癖になります。子供達もこの魚醤だけは気に入ってましてね。行ったときにはお土産として買って来ないと怒るんですよ」
「僕達もその魚醤が気に入りましてね。ただ、マルンでは見かけなかったのでどうしようかと思ったらマルンの商人がここに来ていると聞きまして、そしたらその商人がライトさんだったんです」
「なるほど、確かに私は商人です。ただ、扱っているのは武器でここにはバカンスでしかないんですけどね。それで、フレイさんはマルンでも手に入らないかと思って私に声をかけたんですね」
僕の話を聞いて、ライトさんが察してくれる。
「そうですね、マルンでは普通に探しては見つかりませんね。商店でも見つからないでしょうね。私も、自分の家で使う分ぐらいしか買いませんし。ここに来る頻度も年に一度程度ですからね。それなら、フレイさんが直接買いに来た方がいいと思いますよ。魚醤はその季節の物でも変わってくるみたいですし」
「そうなんですね。それじゃあ、たまにここに来ることにします」
「その方がいいでしょう。一度来ただけではその街の良さを全て知ることは出来ませんよ。季節も変えて来たらまた新しい発見もあります。この街だと魚は季節によって取れる物が違いますから、また今度来たときは新しい発見がありますよ」
「なるほど」
「後はこの宿では無理ですが街の中には生で魚を提供する場所もあります。私も最初は忌避感がありましたが、食べてみるとこれが美味しいんですよね。聞いた話によると魚が捕れたその日、しかも、生きた物をその場で切った物でしかダメらしいですね。これも、地元の人しか食べなかったらしいですが、貴族が食べてみて美味しかったので料理屋で出したところ評判になったとのことです。魔物やボアの肉等は生で食べると死ぬこともあるのに魚は食べられる。面白いですよね」
「ライトさん教えてくれてありがとうございます。明日にでもその店に行ってみます」
「そうですね、海の近くにいくつか有ったと思います」
僕は再度お礼を言ってライトさんのいる席から離れる。
「ご主人様、ライトさんは何と言っておられたのですか? 魚醤は取り寄せは出来そうですか?」
戻って来た僕にセシリアが聞いてきた。僕はそれに首を横に振る。
「無理そうだね。ライトさんもこの街には観光できているだけみたいだし、しかも来るのは一年に一度くらいらしいからね。せっかくの家族のお土産に僕のお願いで荷物を余分に増やすことは出来ないかな」
「そうですね、それではたまに来させて頂けると嬉しいです」
「そうだね、買い付けるためにたまに来ようか。所で、ファルナはこの街では生で魚が食べられているって聞いたことがある?」
「あ、はい。貴族達の一部では流行っているらしいですね。ただ、魚はいいですけど貝類はやめた方がいいと言っていましたね。一度、魚もいけるのだから海にいる貝類もいけるはずだと食べた方がいるらしいです。街の方は止めたらしいですけど強行して、お腹を壊したとのことです」
因みに、その貴族は三日三晩生死の境を彷徨ったらしい。一応、命は助かったらしいのだが、それ以降生の魚ですら食べなくなったとの事である。
「その話を聞いたために私達、王族は生で魚を食べる事は禁止になりましたね。その街に行ったことも無いんですけどね。ああ、でも、ラント兄様は何度か行って食べた事があると言っていましたね」
「王族は食べたらいけなかったんじゃないの?」
「その時の兄様は冒険者としてマルンにいましたから、その時は商人の護衛として一度だけ行ったらしいですけどね。ただ、一度王都に帰ってこられたときにうっかりその話を家族での食事中にしまして、ジェス兄様に怒られていましたね。お父様はうらやましがっておられましたけどね」
「それじゃあ、明日はその生の魚が食べられる料理屋に行ってみようか。せっかくだし食べてみよう」
「本当ですか。私もお兄様に聞いて食べてみたかったんですよね」
「私もそれは食べてみたい。ハイメルン王国も海があったけど、生で食べたことは無かったから」
フィーナは焼いた魚は食べたことがあっても生では食べたことがないらしく楽しみだと言う。
「ああ、あんたら生の魚を食べに行くのかい。なら、昼ぐらいに行った方がいいかもな。漁師は朝早く漁に出て昼前に買ってくる。店に魚が行くのは昼食の前だからな」
「そういえば、漁師は舟で魚を捕りに行くんですよね。岸から近いといえ魔物は出ますよね?」
「もちろん、冒険者が護衛に付いているな。もしくは元冒険者が漁師をしている時もある。聞いた話によると近くで出てくる魔物は、精々オークと同程度らしいと言われているな」
「オークと同程度なら、まあ、何とかなるのか。でも、元冒険者という人が漁師なんてやっているなんて珍しいですね」
「この街にもギルドはあるが依頼はその船に乗るのか商人の護衛ぐらいしか無いからな。護衛をしていると漁師の仕事が分かってくる。手伝ったりもしているからな。それで、漁師の仕事を覚えてなる奴がいるんだよ」
宿の主人の話を聞いて納得する。冒険者は何時までも続けられる仕事では無いので、漁師になる者が一定数居るらしい。
「なるほど、オークぐらいの強さなら引退した冒険者でも大丈夫そうですね」
「おう、だから明日も魚は入ってきているだろうから昼ぐらいに行ってみたらいいだろうな」
僕達は宿の主人にお礼を言ってその日は休む。
次の日、僕達が宿を出て海の方へと向かうと人が沢山集まっていた。僕達が何事かと砂浜に行くと沢山の船が壊れて海岸に打ち上げられていたのだった。