第156話
一八階層の森の中を進んで行く。こちらの森も一七階層と同じでトロールが通れるくらいの道が出来ていた。しかし、そこにはトロールやサイクロプスの他にかなり大きなボアがいた。ダンジョンにいるので魔物であろう。その体毛は真っ黒で身体の高さはトロールの半分も無いがそれでも人間以上に大きかった。
「あのボアって美味しいのかな?」
フィーナが強いかどうかを聞く前に美味しいかどうかを聞いてくる。
「ボアだから美味しいだろうね。とりあえず、倒してからだね」
僕が先にそのボアへと向かって走る。こちらを見たボアが大きく吠えた。その大きな声に僕の動きが止まる。皆も耳を押さえて動けないでいた。ボアは動きの止まった僕達から背を向けて走り出した。
いきなり逃げ出したので僕達は呆気にとられる。すると、トロールが走るときに起こる地響きが聞こえてきた。僕達は急いで道から森の中に入って行く。
少し離れた場所から様子を見ると数匹のトロールが道の中を走り回って行く。僕達は見つからないようにその場を足早に離れて行く。そして、十分に離れたと思われる場所で話をする。
「さっきのボアは冒険者を見つけたら、吠えてトロールを呼ぶのかもね」
「冒険者というか、攻撃してこようとしたらですかね。最初に遭遇したときにボアはこちらを見ていました、しかしその時は吠えませんでしたから」
「お兄ちゃんが剣を構えてボアに向かったときに吠えたもんね。うーん、剣を構えたときには息を吸い込んでいたような?」
「確かに、ご主人が剣を構えたときには吸い込む動きをしていたね。あの、ボアは戦うつもりは最初から無かったって事かもね。魔物と考えたらおかしいとは思うけどさ」
僕達が話をしているとファルナが何か考え事をしていた。
「どうしたのファルナ? 何か考え事?」
「ああ、はい、以前ジェス兄様に聞いたことがあったような気がするんです。それが何だったのか思い出せなくて」
「そうなんだ、思い出したときでも良いから教えてね」
「はい」
「でも、あのボアは倒そうと思ったら厄介かな。もし、剣で向かったらまたトロールを呼ぶだろうし」
「そうですね、魔法を使ってみても良いですけど、下手をすればトロールやサイクロプスを引き寄せてしまいますね」
「森の中での戦いは面倒そうだからやめた方がいいね。そうなると、あのボアを仕留めるのは不意討ちしかないか」
「まだ、倒す気でいるんですか?」
「いや、せっかくのボアの肉だし。もしかしたら美味しいかもね。そうなったら数が欲しいかな」
「そうだよね。食べてみないとそれも分からないし。一体は仕留めたいかも!」
セシリアは不安そうだが、フィーナは僕の意見に賛成する。
「今度、ボアを見つけたら木の上から狙って切って見ようか。僕ならあの木の高さでも大丈夫だろうし」
「あっ! 思い出しました」
ファルナが大きな声を上げる。その声に皆が振り向く。
「あのですね、あのボアはトロールやサイクロプスを呼び込む魔物らしいです。もし倒したとしても断末魔の叫び声によってかなり広範囲のトロールを呼ぶみたいですね。しかも、そのボアの血が服にでも付いてしまったらトロール達は執拗に追いかけてくるらしいです。ジェス兄様曰く一八階層にいるボアはデスボイスボアと言われているみたいです」
「そうなると、下手に倒してもその血が付いているとトロールは向かって来るって事だよね?」
「そうです。ジェス兄様によるとその血に魔力が込められているらしく、その魔力にトロールは引き寄せられているみたいです。その血を落としてもその魔力は服に付いてしまっているために意味はないと言っていました」
「そうなると、ボアのお肉は難しいね。服に血が付かないようにするなんて難しいもん」
「ところで、そんな話をガージェスさんはファルナにしたの?」
「王族の男性は聖霊のダンジョンに行くことが決まっていて、王族の女性は行かないと決められていたんです。それでも、シルビア姉様が聖霊のダンジョンに連れて行ってもらったと王都に来たときに聞きまして、それなら私も連れて行って欲しいとジェス兄様に言ったのです。その時に教えて貰いました」
「そういえば、シルビアさんも聖霊のダンジョンに連れて行ってもらったと言っていたね」
ガルファスとの戦いに参加する為にシルビア達と一緒に行動をしていて、その時に教えて貰った事を思いだした。シルビアは公爵の令嬢とも言っていたので貴族位は高い。そんなシルビアは行っているのに自分が行けないのは悔しかったのだろう。
「ジェス兄様がダンジョンに行ったときはボアに手を出してはいけないと注意されましたね」
「注意されたって事はガージェスさんはファルナを聖霊のダンジョンに連れて行く気があったって事?」
「後から聞いた話ですが、帝国が攻めてくる前にお父様とその事を話していて連れて行って頂けることにはなっていたみたいです。ただ、帝国が攻めてくるらしいとの情報が入ってしまい無くなってしまいました。その後にガル兄様の反乱が起きてしまいましたから」
ファルナが寂しそうに言う。そんなファルナをセシリアが優しく抱き寄せていた。
「なら、ボアを狩るのは場所を考えないといけないね」
「まだ、狩るつもりなんですか!?」
セシリアが驚いて声を上げる。カルラとファルナも驚いていたが、フィーナだけは嬉しそうだった。
「倒すだけなら何とかなるよね。場所は一九階層へ続く階段の手前なら直ぐに次の階層に逃げられる。問題はその血の魔力の効果が次の階層迄残っているかどうかだね。もし、残っていたら一九階層や二〇階層迄ずっとトロールやサイクロプスに狙われるね」
「そうなったら、不味くないですか? もし、他の階層でも残っているとしたら帰るときも狙われるということですよね」
「そうなるね、どれくらいの数が居るかは分からないけどね。でも休みなく来られるのは正直不味いだろうね。うん、そうなると誰かが死ぬね」
皆が息を呑む。
「ボアを狩るのはやめよう。フィーナもそれでいいね。流石に誰も死なせたくないからね」
「う、うん。私も死にたくないし。良いよ」
フィーナも賛成したことでセシリア達がホッとした顔をする。
「そういえば、ボアの魔力は次の階層でも続くみたいです。その時はその返り血を浴びた兵を囮にして逃げたとのことでしたが……」
「そうなるか。その兵を囮にして他を逃がしたわけだ」
「その時の兵の遺族にはかなりのお金を支払ったらしいですけどね。ただ、階層を変えてもトロールは迫って来たらしいです」
ファルナの話を聞いて僕達はボアと出会ってもそれを避けるように進んで行く事を決めた。そして、途中で果物を採取しながら一八階層を進んで行く。ボアに注意すれば難易度は一七階層と変わらなかったので無事に一九階層へと続く階段までたどり着くことが出来た。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何?」
「ボアと戦ってもその返り血が付いた服を魔法袋の中や捨てていったらトロールに追われることはなくなるんじゃない?」
「でも、解体するときに手に血が付いたらどうする? 魔力は水で洗っても落ちるかは分からないよ?」
「そっか、やっぱりやめた方がいいね」
「やめた方がいいね。今回はとりあえず無しだね」
「とりあえずだね?」
「そうだね」
僕とフィーナの話を聞いてセシリアは盛大なため息をついていた。