第138話
子爵の胸を剣で貫いていたセシリアの兄がこちらを見る。
「もしかして、これを狙っていたのかな? 最初の攻撃は相手を油断させるためで、直ぐに逃げる。そして、僕達の攻撃で混乱して警備兵が慌てているところで子爵を一気に狙ったって所かな」
「そうだ、子爵の普段から居る場所などは大体決まっているからな。これで奴隷達は解放されたな。奴隷を解放したのは私だ。私が連れて帰っても構わないな」
「僕が子爵を殺していたら、僕が奴隷達の所有権を主張すると思ったんだね。で、それを武力で脅そうとしても僕には勝てないから僕達を囮にして本命の子爵を直接狙ったわけだ。自分達だけではあの警備兵達が相手では無理だと判断してこういう手段を取ったわけだ」
セシリアの兄は何も言わない。
「いや、別にその手段を悪いとは思わないよ。まあ、貴方の思惑と違って僕は最初から奴隷達は解放するつもりだったけどね。帰る場所があるならその方が良いでしょう。まあ、本人達の望むようにするつもりだったよ」
「本人達の望むとおりだと、それならばセシリアも解放しろ」
「セシリアは無理だね。流石に解放できないな」
「何故だ。本人が望めば解放すると言ったのはお前ではないか」
「そんなの、僕がセシリアを好きだからに決まっているじゃないか」
僕の言葉にセシリアの兄が目を鋭くする。今にも飛びかかってきそうだ。そんな時に扉が開く。
「ご主人、ここに居たのか。あれ、セシリアはどうしたの?」
カルラが部屋に入ってきた。それに、セシリアの兄が警戒感を強めたのが分かった。
「セシリアなら、従姉妹のところにいるよ。そっちの様子はって、フィーナはどうしたの?」
「ああ、こっちはエルフの奴隷達を見つけたんだけどね。ただ、フィーナやマリアと似たような状態なんだけど……」
「何人ぐらい居るの?」
「人数的には五人だったね。エルフだけじゃ無くてドワーフの子も一人居たけど」
僕はカルラの説明に少し考える。五人とセシリアの所にいるシンシアを助けるとなると六人になる。それだけの人数を治すとなると僕の魔力が持つのか怪しいだろう。
「その部屋は広い?」
「本来は広いんだろうけどね。流石に、五人も入れられているから狭いよ」
「分かった、まあ、後一人ぐらいは大丈夫かな。セシリアが近くの部屋にいるから、合流してそこへ向かおう。ああ、そうだ、お義兄さんも一緒に来てね」
僕の言葉にセシリアの兄はただ黙って付いてくる。そして、セシリアが居る部屋へと入る。その部屋では奴隷だったメイドの女性が力なくベッドに座っていた。セシリアはシンシアの頭を膝に乗せてその女性の頭を抱き寄せて撫でていた。
「どうしたの?」
「あ、ご主人様、そのこの人、帰る場所が無いそうです。今まで奴隷として過ごして来て、今更自由になっからとどうすれば良いのか分からないと呆然としているのです」
「そう、ならウチに来る? この後、奴隷契約はして貰うけどね。メイドとして働いてくれるなら助かるけど……」
僕の言葉に放心していたメイドの女性が顔を上げる。その顔は縋るような顔をしている。
「良いのですか?」
「奴隷としてならだけど?」
「構いません! 今まで奴隷でしたから、一緒です!」
女性は力いっぱいに言う。なので、セシリアと一緒にシンシアを支えて歩いて貰う。片足の無いシンシアを見てセシリアの兄は言葉を無くしていた。
カルラの案内で部屋に到着する。部屋の前ではフィーナが陣取っていた。その周りに数人の警備兵の遺体が転がっていた。
「あ、お兄ちゃん、無事にカルラお姉ちゃんと合流できたんだね。あれ、セシリアお姉ちゃんもいる」
「フィーナ、中の人達の様子はどう?」
「力なく座り込んでるままだね」
カルラとフィーナが話していると廊下を歩いてくる音がした。そちらの方を向くと地下の部屋にいた奴隷だった者たちがエルフの者たちに引きつられてやって来た。
「村長、囚われていた女性達を連れてきました。奴隷紋も消えているみたいです」
エルフの男性がセシリアの兄に話しかける。
「うむ、良くやった。後はこの中に数人居るらしい」
「そうですか、あれ、そちらにいるのはシンシア様では無いですか? 後、そちらにはセシリア様ですよね?」
男がシンシアとセシリアに気付く。男の言葉に他の男達もざわめき始める。
「お前達、落ち着け。それで、お前はこれから何をするつもりだ?」
「まあ、それは秘密かな?」
「ご主人様、兄さんにも見てもらった方が良いと思います。その方が兄さんも理解してくれると思いますから」
セシリアが見せた方が良いという。僕としては誰から秘密が知られるか分からないので教えたくなかったのだがセシリアが言うのでエルフ達の前で行うことにした。
部屋にいたエルフ達とシンシアを一緒に治すのとそれをエルフ達に見せるために広間に集まる。警備兵や使用人達は奴隷が解放されたことにより子爵が死んだことが分かり、子爵が貯めていた財宝を持って逃げたらしい。そのために、今この屋敷に居るのは奴隷だった者たちと僕達と助けに来たエルフ達だけになっていた。
「フィーナ、流石にこれだけの人数を治すのに僕の魔力が持つか分からないから、気を失ったら護衛をお願い」
「うん、分かった。そうなったら誰にも触れさせないよ」
シンシア達、子爵によって手足を切り落とされた者たちを中心にして集まる。僕はその人達に前で剣を両手で持ち魔法を唱える。
「フォルティナ様の力の一端をここに顕現すること願い奉る。この者達の身体の欠損をそのお力で癒やしたまえ、《神魔法リジェネレイト》」
シンシア達の身体が光に包まれる。その光が収まるとシンシア達の身体は元にお戻っていた。そして、僕は気絶した。
「この者はフォルティナ様の加護を持っているというのか……」
「そうですよ。ご主人様、いえ、フレイ様の持っている剣は神具です。フォルティナ様の神具を扱うことを許された方です」
「そうか……」
シンシア達は自分たちの身体を見てお互いに抱き合ったり動かしたりしている。
「兄さん、私はフレイ様の側に居ますから、村に戻りません」
「奴隷のままでもか?」
「はい、逆にそれが私を守ることもありますから。フレイ様は私達を家族と言ってくれています。そして、それを傷つけられると激怒します。今回、この国が滅んだのはこの国の公爵が私達の家族を殺害したからです。兄さんも気をつけて下さいね」
「うむ、分かった。まさか、大地母神フォルティナ様の加護を持つ者だとはな。私ごときでは勝てるわけ無いな。セシリアがあの男に付いていくと言うのなら諦めるとしよう。我々はあの男が目を覚ましたら村へと帰る」
僕が目を覚ますと、全員がその場にいた。エルフの人達も僕の事を守ってくれていたらしい。そして、僕が目を覚ましたこと知るとセシリアの兄たちを筆頭に全員が頭を下げてきた。
「大地母神フォルティナ様の加護を持っている事を知らなかったとはいえ、これまでの無礼の数々、申し訳ありませんでした」
「え、あ、はい」
いきなり事で僕は驚愕する。そんな僕にセシリアが耳打ちをする。
「私達エルフは五大神を信仰しています。普通の人族より熱心にしています。そして、その五大神の一人、大地母神フォルティナ様の加護を持っているご主人様を敬っているんですよ」
「敬われることしてないけどね」
「してますよ、シア達の手足を治してくれたじゃ無いですか。普通、そんな事は誰にも出来ません。それだけでも奇跡なんです。十分崇拝するに値します」
セシリアは嬉しそうにそんな事を言う。
「まあ、知らなければ仕方ないことだから気にしてないですよ。所で、これからどうするのですか?」
「はっ、我々はこれより新たに作った村に帰ります。ドワーフ達も新たに作っていますので一緒に行きたいと思っています。ただ、こちらの彼女なのですが……」
そう言って、一人のドワーフの女性が立った。その女性には見覚えがあった。子爵に両手を切り落とされていた女性であった。
「村を襲われたときに家族を殺されていまして、他の者が世話をすると言ったのですが、助けて頂いたフレイ様に仕えたいと言っております。セシリアからも奴隷で良いなら構わないと言われています。本人も奴隷でも構わないと言っております」
セシリアの方を見る。
「帰るところがないということでしたので」
セシリアが構わないと言ったみたいなので受け入れることにした。
「受け入れて頂きありがとうございます。では、我々はこれで失礼いたします」
そう言って、エルフとドワーフの人達は屋敷を後にした。
エルフの人達が出て行った後に街の住人が大挙して領主の館へと突入してきた。それに気づき僕達は裏口から急いで領主の館を出る。そして、その足で奴隷商へと向かい契約を済ませて宿へと向かうのだった。