第134話
中心都市セレティグト迄シルビア達と一緒にやって来た。ここより、シルビア達とは分かれて進むことにしているのだが、中心都市セレティグトはかなり慌ただしくなっていた。警備の兵達が自由都市マルンへと続く門や城壁の上で警戒している。
都市の中を歩いていると、住民達が話しているのが聞こえた。
「おい、何でもファールン王国が攻め来たみたいだぞ。ファールンの騎士団ももう直ぐそこまで来ているらしいが、大丈夫なのか?」
「領主様は相手と交渉する為に自ら出向いたって話だけど大丈夫なのかい?」
「何でも、あいつらはこの国の王都も騎士団も壊滅しているとか言っているらしいな。隣の都市から逃げてきた奴がそう聞いたらしい」
「王都の壊滅は本当らしいぞ。商人が王都に行ってみたら瓦礫の山になっていたらしい。王都では少し前に魔物の群れが襲っていたらしいからな。しかも、ドラゴンも王都を襲っていたとか」
「ドラゴンは本当かよ。そんな物この国で見たことがある奴なんていないだろ」
「商人が上空を飛んでいるドラゴンを見たって話だぞ。しかも、そのドラゴンが王都を攻撃していたって話だ」
王都での皇龍神グランバハムートの姿を遠目でも見ていた商人がいたのだろう。そちらの方も噂になっていた。
シルビア達が困った顔をしていた。
「これは、マルン側の門は封鎖されていると思って良いかもしれませんね。冒険者がマルンに行くことは多いとはいえ、ファールン王国が攻めているときに行こうとするのは疑ってくれといっているような物ですね」
「まあ、僕達は反対側だから大丈夫かな」
「そう言えば、聞いていませんでしたけど、どちらへと向かう予定なのですか?」
「そういえば、私達もそれを聞いていませんでした」
シルビアが聞いてくる。セシリアもどうしてマルンとは反対の方へ向かうのか聞いていないので不思議に思っていた。
「向かう先は中心都市オルベルクだよ。今も居るかは分からないけどね」
「ご主人様はそこに知り合いの方がいらっしゃるのですか?」
「僕には居ないよ。でも、セシリアには居るじゃないか。最初に言っていたじゃ無いか。従姉妹も奴隷にされているってね。まあ、あの時から結構時間が経っているからどうなっているかは分からないけどね」
「ご主人様、覚えていらしたんですね」
セシリアが嬉しそうな顔をする。
「それでは、フレイさんはそちらの方へ向かうのですね。私達はこの街がどうなるかは分かりませんが、宿へ泊まろうと思います。もし、ファールン王国の騎士団がこの都市に攻めてきても大丈夫ですから」
僕達はシルビア達と分かれて街を出る。オルベルク領への門は閉じられていなかったのですんなり出ることは出来た。しかし、街道に出ると都市を出た人達で長い列が出来ていた。セレティグト領だけでは無く、ファールン王国が攻めてきたのを知った近隣の領からの住民も多いらしい。
「ファールン王国は直ぐに降ればその爵位と領地を保証すると言っているみたいだぞ。けど、今のところ、何処の領主もそれを受け入れなかったみたいなんだが、セレティグトの領主は受け入れるらしいと言われてな。王都が壊滅したなんて話が領主の耳に入ったからなんだが、それが本当かどうか俺達は分からないからな。もし、王都が無事で騎士団が派遣でもされたら住んでいる者も無事では済まないから逃げているのさ」
近くを歩いていたおじさんが教えてくれた。おじさんは近くの村に住んでいる親戚を頼るために都市を出たらしい。
数日をかけて歩いてオルベルク領へと到着した。その間にも色々と話を聞いたが、セレティグトの領主は守ることはせずにファールン王国に全てを明け渡したらしい。ファールン王国は王都の方へと侵攻したという。そして、バルドラント王国によって一度は滅ぼされたハイメルン王国が建国を宣言したという話も聞いた。その王は先王の娘であるという。
オルベルク領の中心都市でも住民はかなり慌ただしかった。何でも、バルドラント王国に隣接しているセルシュ公国が攻めてきたらしい。オルベルク領ではファールン王国に付いた方が良いという者達と、セルシュ公国側に付いた方が良いという者達がぶつかり合い暴動が起きていた。
「ここまでの暴動は普通は無いよね」
「そうですね、本来であれば領主が押さえると思うのですけど何があったのでしょうか?」
僕達は宿に向かう。暴動が起きていたが宿はちゃんとやっていたので部屋を取る。宿の主人に聞いたところ、領主は今回の暴動に関しては無関心を決め込んでいるらしい。中には領主は逃げたのでは無いかと言っている者もいるという話であった。
「領主が逃げているとなると逆に困った事になったね。まだ明るいから、この後奴隷商に行って確認しようか。もし、居なかったらそれこそ、領主の館に侵入しないといけなくなるね」
「領主の館は警備兵が沢山居るみたいですがどうしますか?」
「とりあえず、奴隷商の方に行ってみよう。そっちにいたら行く必要も無いわけだからね」
「分かりました」
そして、僕とセシリアの二人だけで奴隷商へと向かう。奴隷商の前には冒険者と思われる人達が何故か警備をしていた。
「どうしたんですか? 何か物騒ですけど」
「ああ、すまないな。俺達はここの主人に頼まれてな。最近、隣の領で奴隷商が襲われる事件が起きてな。その時に、エルフやドワーフの奴隷が逃げたんだ」
「それで、俺達がここもあるかも知れないと雇われたってわけだな」
「誰がそんな事をしたのかは分かっているのですか?」
冒険者達は揃って首を横に振る。
「流石に、分からんな。ただ、エルフやドワーフの奴隷を所持している商人等も襲われて殺されているらしいからな。エルフやドワーフの連中がしているんじゃ無いかと言われているな」
「で、ここの領主はエルフの奴隷が好きだからな。襲われないように屋敷に閉じこもっているのさ」
どうやら、領主は暴動よりも奴隷商を襲った者たちが恐ろしいようだ。
「知り合いの警備の奴に聞いた話だと、領主は公国に付くと決めているらしいけどな。公国は帝国と接していないから安全だしな」
「領主が決めているのに住民が暴動を起こしているのを止めないはどうして何ですかね? 暴動でいくつかの商店がボロボロに成っていましたよ」
「金のある商人などは俺達のような冒険者を雇っているな。宿は他から来た冒険者がいるかも知れないから襲われていない。領主は、住民の事なんてどうでも良いと思っているんだろうな。さて、店に用があるのか?」
「ああ、そうです。奴隷を買おうと思いまして、少し前に貴族に殺されたのでその補充に来たんです」
「貴族は取り決めなんて守ろうとしないからな。分かった、入って……」
冒険者が扉に手をかけて開けてくれようとしたところで何か走ってくる気配がした。僕はその気配に振り向くと全身をマントで覆った男が僕に向かって剣を振り降ろしてきた。
僕は咄嗟に神剣でその剣を弾く。その男は防がれたと分かるといきなりきびすを返して逃げて行った。
「おい、大丈夫か、あんた!」
冒険者の人が声をかけてくる。
「大丈夫です。まさか、街中で襲われるとは思っていませんでした」
「俺達も驚いた。しかし、何であんたが狙われたんだ?」
「僕の連れている彼女がエルフの奴隷だからでしょうね。さっき、言っていたじゃ無いですか。エルフやドワーフの奴隷を所持している商人が襲われていると」
「そっちのエルフの奴隷だったのか。だから襲われたのか。しかし、前に聞いたときは街中では無く街道だったんだがな。まあ、今、この街は暴動で街の門番も領主の館の警護に駆り出されているからな。入りやすいか」
「今なら大丈夫だろう。早く中に入れ」
僕達は冒険者に促されて奴隷商のなかに入る。入りながらさっき襲ってきた男の事を考える。剣を振り降ろすときに顔が少し見えた。それはエルフの男だった。
(セシリアの村も貴族に襲われて奴隷にされたから、それを助けようとしていたのかもね。だからといって、セシリアは手放せないかな。今度、襲われたときに少し話をしてみるか)
僕はそんな事を考えながら奴隷商の中へ入る。セシリアはそんな僕の後ろを暗い顔をしながら着いてきていた。そんなセシリアが呟いた言葉を僕は聞き逃さなかった。『兄さん……』と。