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ハッピーエンドをつかまえて!  作者: 沢谷 暖日
ハッピーエンドにするために

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44/48

リリィのプロローグ

 901周目。

 リリィは抑えきれない怒りを無理にでも抑えながら、策を練った。

 今回はミリアと一度も顔を合わせていない。

 あの家にいるだけで、気分が悪くなりそうだったからだ。

 地上に降りる際に持ったお金で宿に泊まり。毛布にくるまっていた。


 リリィは考えた。

 ミリアの『私たち家族が幸せになれますように』という願いを叶えるならば。

 ミリアとデーヴィドの関係を修正すればいいのだと。

 なぜならミリアの家族はデーヴィドしかいないのだから。


 したらば、やはりまずはリリィがミリアとの好感度を上げることだ。

 好感度を上げる──ここでは、好きになって貰うこと。

 ミリアがリリィを好きだと言ったら、デーヴィドの現状を説明する。

 好きな人の言葉なら。真実を、信じてくれるはずだ。


 次に、デーヴィドをミリアに説得して貰う。

 娘の言葉を無視することなど、いくらデーヴィドであってもしないはずだ。

 やっている禁忌の行いを中止させ、ミリアにかかった呪いを解かせる。

 そしたらミリアの願いを叶えたことになるのではないだろうか?

 リリィはそう思っていた。それ以外に、今は考えが及ばなかった。


 ──兎も角は三日目の夜の七時辺り。そこを目安にしようか。


 そこまでにミリアがリリィのことを好きになれないのなら。

 また。死んで、繰り返す。


 ──リィンカーネーション。


 902周目。

 リリィが扉前に降り立って。

 ミリアが扉前にやってくる。


「あと三日の太陽が沈むまでに、私のことを好きになって」


 少し長文なのを、リリィは少し後悔した。



     ※



 一分でも無駄にしてはいけない。

 無駄にしてしまったら、ミリアはリリィを好きになってはくれない。

 今までの経験で、好感度を上げることは割と容易にこなせていた。

 だが。好きだという素振りは、全くと言っていいほど見せてくれなかった。


 しかし、902周目以降は発見も多かった。

 特に今後に関わることになった重要な発見は一つ。

 それは、リリィの女神像がある森の中に、魔物が湧くということ。

 その魔物は時期外れの魔物らしい。

 女神像の周りを覆う、若干の時の魔力のせいかもしれない。

 恐らくはそうだろうが、真意は不明である。


 発見したのは998周目の一日目の夜。

 リリィが『街の外を散歩しよう』と言い出したのがきっかけだった。

 こういうなんでもないような事が、好感度を上げる事に繋がると思ったのだ。

 森の手前までやってきた時に、叢がガサガサと揺れ、魔物が飛び出してきた。

 巨大なリスの形をした魔物だった。

 リリィは判断が追い付かず、それに距離を詰められ。

 かと思えば、隣にいたミリアにそいつは襲い掛かった。

 悲痛な叫び声に胸を侵食されながら、彼女に咽喉に食らいついている魔物に魔法を放つ。

 風の魔法に盛大に吹き飛ばされた魔物は、間も無く絶命の寸前に咆哮を上げた。

 その超絶な咆哮に、次々と魔物が森の中から飛び出してきた。

 火の魔法でなんとか処理をしたリリィは、すぐにミリアの元に駆け寄る。

 だが、喉元を食い破られたミリアは、苦しむどころか動いてもいなかった。

 脈を測るとまだ生きていた。しかし、弱すぎる脈だった。

 ミリアは最後の力を振り絞るように『魔法、使えるんだ。凄いね』と。

 目を細めて、優しく、力無い笑みを浮かべ、そう言った。

 ミリアが死んだ後、街に戻ったリリィはすぐにロープを買って自殺した。


 リリィはミリアの前で魔法を使ったことは、ほとんど無かった。

 魔法は危ないものだと、リリィは思い。使用しなかったのだ。

 使った魔法はと言えば、暗いところを照らすための光の魔法。

 見えはしなかったが、ミリアの顔は輝いていたのかもしれない。

 けれどリリィは、魔法がまさかそんな有効とは思ってもみなかったのだ。


 だが。魔法を使うリリィのことを、ミリアは凄いと言ってくれた。

 次から試してみようかと、リリィは思った。


 999周目。

 例によって、最初は好感度を上げた。

 そして夜に、街の外へ散歩をしに行った。


 これは自作自演。

 魔物が出るということを分かっていてしている事なのだから。

 あぁ。自分は何て愚かなのだろうか、と。リリィは罪悪感を覚えた。

 覚えながらも実行をしようとしているのが尚又愚かであった。


 予定通りに、魔物は森の中から湧いてきた。

 怯えて腰を抜かしたミリアの横に、冷静に佇んで。

 そしてまた。全く恐れる様子も見せず、目を瞑った。


「……『ファイヤ』」


 魔法の構造、魔力の流れを意識。

 燃え盛る火の形を想像。

 瞼を持ち上げ。

 ──発射。


 一点に魔力密度を集中させたリリィの魔法は、一瞬で魔物を灰にした。

 それはもう。断末魔をあげさせる余裕もないほど一瞬だった。

 前回はここで大量の仲間が飛びしてきたところだが、お陰で今回は一体。


 あまりにも呆気なかったかと、リリィは思いながら。

 へたり込んだミリアを見る。

 彼女は泣いていた。

 リリィは近づき、そんなミリアを抱き締めた。


 ──私は、何てズルいやつなんだ。


 そう思っているのに。

 抱き締めて、嬉しくなってる自分がもっと嫌だった。

 けれど。今まで一番、ミリアとの距離が狭まった。

 魔法のことも、褒めてくれた。

 これからは積極的に、魔法を使っていこう。

 リリィは思った。


 二日目。

 この日は他の日よりも。かなり誤差が出る日でもある。

 一つでも何かが違うと、全てが変わる。

 だがリリィは気にせず、ミリアとの距離をもっと縮めるために努力をした。

 それ以上のことは、特に何も無かった。


 三日目。

 リリィは、ミリアをお祭りに誘った。

 ミリアは快諾してくれた。

 お祭りの終了時刻は、花火を含めると午後七時頃となる。

 ここまでに好きという言葉を引き出せなかったら、潔く死のう。

 999周目は進展があったのだから。それでいい、と。


 午後六時。

 リリィとミリアはお祭りを楽しんだ。

 花火を街の広場で一緒に見て。

 ミリアは少しだけ、悲しそうにしていた。

 別れが近付いているからだろう。


 お祭りが終わる。


 ──やっぱりダメだったか。


 この後は、ロープやらを買いに行って次に行こう。

 進展があった事を惜しみつつ。しょうがないと心の中で頷いた。

 リリィはミリアに背を向ける。

 『少し待ってて』と、この場から離れようと口を開いた。

 そのとき、ミリアは言った。


「ちょっと、私に着いてきて!」


 リリィは戸惑ったが、その後でもいいかと、ミリアの声に頷く。

 少なくとも。ミリアがこう言ってくるのは初めてのこと。

 何が起こるのだろうか。心には期待と不安が入り混じる。

 しかし向かっているのは、確実に家の方向である。

 リリィはミリアの背中を追い続ける。


「ここ通ると近道なんだー」


 無邪気なその明るい声と共に。ミリアは急に方向転換をし、路地裏へと姿を消す。

 リリィは「おっとっと」とコケそうになりながら、小走りで背中を目指す。


 リリィはミリアの事は、全てを知った気でいた。

 知らない情報が一つ増えたリリィは、素直に嬉しくて。

 焦点が思考の中だったリリィは、急に立ち止まったミリアに身体をぶつけてしまった。


「……あ、ごめん。ミリア」


 リリィは鼻頭を擦りながら、慌てて一歩二歩と後退する。

 しかしミリアはピクリとも反応をくれない。

 かと思った時、ミリアはくるりと踵を返しリリィを見た。

 ミリアの顔は紅潮して──視線を移動させると全てが赤く染まっていた。

 それは夜の暗い路地裏でも、存在感を放つほどの赤さだった。

 荒い呼吸音が、狭い路地裏に木霊している。


 刹那。一気に距離を詰め寄られ。

 柔らかい唇の感触が、リリィの唇を包容した。

 その時間は、長いのか短いのか分からなかったけれど。

 少なくとも、永遠に続いて欲しいと感じていた。


 やがて、唇はゆっくりと距離を置いた。

 嬉しかったけど、名残惜しさもあった。


「先に帰るね!」


 言われて、その向けられた背中は向こうに消えていった。

 リリィは唇を撫でながら、思案した。

 確かに今、キスをされた。

 キスって。そんな簡単にできることではない。

 だから。


 ──私のこと、好きになってくれたのかな。


 こう思う他に、何も無かった。

 その考えに背中を押されるように、ミリアの家へと向かう。

 部屋の中。ベッドの上で毛布にくるまれたミリアの元に寄った。


「ねぇミリア」

「は、はぃ!」


 毛布を緩衝し曇った、けれど大きく、慌てた声だった。


「もしかして、私のこと好きになったの?」

「ち、違うから! あれはあくまで、お礼というか。なんというか!」


 言い訳じみた発言に、リリィはクスッと笑い声を漏らす。


「本当に違うからね!」


 漸く。漸くだ。好機が訪れた。

 好きになってくれたんだと、リリィは疑わなかった。

 けれど──。


「そっかー。違うなら、別にそれでいいんだけどね」


 なぜだろうか。

 今のミリアに、デーヴィドの説得をさせる気に、どうしてもなれなかった。

 ここでそんなお願いをするのは、何かが違うと思ったのだ。

 だから、こう言った。

 ミリアは「はーい。違いますよー」と、まだ焦った様な声だった。


 それからは、別れの時間まで。一緒にゲームをしたり、お話をした。

 時間に余裕が無いこれまでとは違って、自由に時間を使った。

 とても楽しくて、あっという間に時間は過ぎた。

 こんな日がずっと続けばいいのにって思いながらも、時間は待ってくれなかった。

 今回は、少しギリギリになり過ぎたかもしれない。


 ──でも、今回が一番幸せだったな。……次も、頑張れそう。


 幸せだったけど、この時間もミリアは忘れてしまう。

 それがどうしようもなく悲しくて。

 あぁ。やっぱり、説得を頼めばよかったかな、なんて思ってしまった。

 だけれど、それはもう遅い。でも、大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 ミリアの笑顔を、辛くなったら思い出せばいい。

 決意したリリィは、すっくと立ち上がって、


「少し、待っててね」


 涙腺が崩壊寸前なのに、強引な笑顔を見せながら踵を返した。

 付いてこないように、無理矢理にでも明るい声にした。

 だけどその声は、とても固く、悲哀に満ちていた。

 ミリアは、それに少しの違和感を抱いた。


 リリィはそのまま部屋を出て、堪える必要の無くなった涙をボロボロと零しながら。

 ロープを購入しに、店に向かって。

 そしてすぐに、家の裏。墓の集合地帯。そこへ向かった。

 リリィの足取りは、断頭台への行進の様に重かった。

 土台を設置して、飛び出した丈夫な枝にロープをキツく結んだ。

 早くなる動悸が死の実感をさせる。

 しかし時間も無い。もうすぐ例の時間だ。

 リリィは、息を呑んで。土台に立つ。

 ロープの輪っかを両手で掴み、自分の頭をくぐらせて──。


「──っあぁ」


 太い縄の繊維一つ一つに締め付けられる感覚が、リリィ襲う。

 言葉にも出来ない苦しい声を漏らし。

 意識は、次第に離れてゆく。

 いつもこの瞬間は慣れない。

 だけど、この苦しみからはもうすぐ解放される。

 また。ミリアに会える。

 リリィはそれだけを希望に、毎回首をくくってきた。

 だから今回も、同じはずなのに。

 いつもよりも、ずっとずっと、その縄は痛かった。


 ──もうすぐ死ねる。


 そう思ったのに。

 血液の流れ、魔力の流れがもうすぐ完全に止まるという時。

 不幸中の大不幸か、遠くから声が聞こえてきた。


「──リリィ!」


 酷く怯え、震えた声。

 その声は遠いが、存在はすぐそこにある。

 ミリアだった。


 見られた。

 けれど。もうリリィの意識はこの世を離れる。

 ミリアに見られるこの苦痛も、一瞬だけ。

 そう思っていたのに。


 リリィの首が、不意にスッと軽くなった。

 身体が地面にぶつかり、うっすらとした痛みが走る。


 何も分からなかった。

 何が起こっているのか。何をされたのか。

 けれどリリィは自分が生きていることを理解した。

 まだこの世に居続けていることを、理解してしまった。


 ──嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


 意識が覚醒してゆく。

 薄いぼんやりとした靄が、次第に晴れてゆく。

 自分が地面に転がっていることを認識した。


「リリィ! 何やってんの!」


 ミリアの声は弱々しくて、同時に荒々しい。

 重い瞼を持ち上げると、そこには悲痛を(あらわ)にしたミリアがいた。

 目に見えるほど大粒の涙がポタポタと落ちているのが見えた。

 加えて、ナタの様な物も見えた。これで縄を切断したらしい。


 自分が死んでこんなにも悲しんでくれるんだって。

 リリィは、目の前の存在が凄く尊いものだと思えた。


 ──そんな人を悲しませたりして。私は……。


 不意にリリィは、なんで自分がこんな想いをしなきゃいけないんだって疑問に思った。

 自分はただ、ミリアを幸せにするためだけにやってきて。

 それなのに。毎回毎回こんな想いをしてしまって。

 そんな自分を哀れんでくれる女神もいなくて。ずっと独りで。

 ミリアがいるけど、結局三日も経ったら自分独り。

 これが、どれだけ辛いことか。どうして辛くならなきゃいけないのか。

 好きな人が目の前で泣いているだなんて、こっちも何もできないのに。

 ただ死を待つのみで、だけどそれを乗り越えたら、全てが最初からで。

 ミリアはリリィの記憶を、全て元に戻されてしまう。

 凄く頑張ったのに。何も進まない。そんなの、もう嫌だ。

 こんな想いをするくらいなら、せめてこの苦しみを誰かに、ミリアに共有したい。


 リリィの心の中は暴れ、荒れて。

 もうどうでもいいやって。

 こんな事を続けるくらいならって。

 リリィはミリアに。吐いた。

 全てを吐いた。人が神に縋るように。

 全てを。自分の抱えた、途轍もない想いを。

 苦しいはずなのに、止まらずに。


「ずっと繰り返していた。

 だけど毎回違っていた。

 運命は蝶々の様にヒラヒラと私の前を踊った。

 それを捕まえようとしても、私には不可能だった。

 それを捕まえたかった。だから私は何度も命を絶った。

 ミリアを死なせないために、私は何度も命をダメにした。

 ミリアとのお別れの時間が近付いて、裏庭に行って私は死んだ。

 音を立てて気付かれたくないから、私は首を吊った。

 次はきっと上手くいくと信じて、私は首を吊った。

 じりじりと死の実感を覚えるその手段は、最初はとてつもない程に辛かった。

 けど、ミリアのことを思えば辛いことなんて徐々に薄れていった。

 ずっとずっと、ミリアのために私は繰り返した。

 ねぇ、ミリア。今は何周目だと思う?

 私……。もう忘れちゃった。

 どうやれば、うまくいくのかな?

 私が求めていた幸せな結末は。私にとったら最低な結末だった。

 ミリアのために、それを求め続けていた。

 だけど幸せになれる人は、誰もいなかった。

 私も。ミリアも。本当に誰も……」


 こんな事を。吐き続けて。遂に止めた。

 自分が三日を繰り返していることを、伝えた。伝えてしまった。

 女神が自分の存在を人に伝える。それは神罰の対象なのだ。

 これでリリィが、ミリアの願いを叶えたとしても、神世界に戻った際に神罰を受けてしまう。

 だからってリリィは後悔なんて、全く無かった。

 嬉しいという気持ちの方が大きかった。

 やっと、誰かにこれを吐き出せたのだから。

 ずっと守り続けていた秘密だったけど、どうでもよかった。


 ミリアはリリィの言葉を、理解しただろうか。

 してなくてもいい。伝えられただけ、今は。


 しかし。迂闊だった。

 次の瞬間だった。本当に一瞬だった。

 ミリアの反応を待っていただけなのに。

 ミリアは悍ましい叫び声を上げた。

 次いで、人形の様にコテッと地面に倒れた。

 その顔が、リリィの目の前に置かれた。

 まるで三日間を取り巻く何かに、嘲笑われてるかの様で、酷く恐ろしかった。

 もう十一時二十三分だったのだ。


 ──ミリア。ミリア。ミリア……。


 こんな風に、顔を見合わせて一緒に床で寝るだなんて、側から見たらとっても仲良しな二人に映るのだろうか。

 けれどミリアの目は虚ろに剥かれて、少しも命の鼓動を感じさせなかった。

 ミリアは死んだ。魂を、デーヴィドに抜かれた。

 リリィは己の身体を無理に動かし、ミリアの頬に手を添える。


「……ごめんね」


 既にその頬は凍りついていた。

 震える身体を少しだけ動かして、その頬に口づけをした。

 せめてもの思いでやったキスなのに、ミリアの抜け殻がリリィに与えたその頬の感触は、心を抉り取るには十分すぎる破壊力を備えていた。


「あぁ。あぁああぁ……」


 考えることも何もしたくなくて、リリィは叫んだ。

 叫び声が音量を落とすにつれ、リリィの意識は再び離れていった。

 血液の流れ、魔力の流れが感じられなくなり。やっと死ぬんだ。とリリィは思った。

 冷たくて固い地面の感覚を肌に覚えながら、


 ──リィンカーネーション。


 1000周目。

 全ての根幹が覆された1000周目。


 リリィは、頭がどうにかなりそうだった。

 いや、既に頭は壊れていたのかもしれない。

 瞬きをすれば、さっきの光景がすぐ前に浮かんでくる。

 唇には、先の冷たい感触が張り付いている。


 ──もう嫌だ。こんなこと、続けたくない。


 しかし途中で止めるという発想はリリィには存在しなかった。

 だから、いつもの流れに沿ったのだ。

 やってきたミリアに、いつもの言葉を投げ、会話を続けた。

 けれど自分が何をしたのか、リリィはあまり覚えていなかった。

 分かった事は、気付いたら自分はミリアのベッドの上で寝ていたということ。


 リリィは気絶をしてしまったのだ。

 もう全てが、とっくに限界を迎えていたのだ。


 正午頃に目覚めたリリィは、ミリアに時間を尋ねた。

 思ったよりも時間が経っていたのを聞いて、リリィは今回を諦めた。


「……もう。好きになって貰う事は、間に合わない」


 リリィはミリアの部屋の中で、寂しげにポツリと漏らした。


 もうリリィは、どうでもいいと思った。

 この回はどうなっても。どんな事をしても。

 どうせ間に合わないのだから。

 これでリリィが死んでも、誰も覚えていないのだから。

 今の自分なら何でも出来そう。そうリリィは思っていた。


 だから「ねぇ。犯していい?」こう問うた。

 けれど。これに応じてくれるとは、一切も思っていなかった。

 ここでビンタでも幻滅でもされて、ミリアの事を嫌いになろうと思ったのだ。

 女神として。心を無にして、ミリアの願いを叶えようと思った。

 しかしミリアの反応は、予想を外れた。考えれば当たり前のことだった。

 ミリアは、そもそもリリィの言った言葉の意味を理解していなかったのだ。

 何の知識の無いそんなミリアが、懐かしく、そして愛おしく思えて。

 「そっか。分からないよね」と、少し明るく零した。


 リリィは暫くした後に思案した。

 どうせ間に合うわけが無いのだから、この回は諦めて、自由に過ごそう。

 そう考えた後に、リリィはハッとした。


 ──私、ずっとミリアの好感度を上げることばっかりで。


 特にこれといった、他のことを。

 ただ自分が、ミリアの好感度上げようとするだけだった。

 自分だけがミリアに何かをしていた。

 ミリアから何かをして貰うことなんて、頼まない限りほとんど無かった。

 リリィは今更。本当に今更ながら。自分が盲目的にこれまでを過ごしていたのだと、実感をした。


「今日は家に来てごめん」


 謝り、ミリアとの関係を再構築するよう試みた。

 加えて、好感度を上げる会話は、あまり意識はしなかった。

 本当に自然体に、出てきた言葉をミリアに返した。

 好きっていうことだけは、沢山伝えてみた。

 今回は、それだけでいいやと、本来の目的の事は思考の外に置いた。


 進展はすぐに訪れた。それは昼食時。

 ぬるい水を冷やすために、無意識に使った氷魔法にミリアが食い付いた。

 ミリアはキラキラと輝いた目で、掌から発現した氷を眺めていた。

 ミリアは、少しの思考と会話の末に『魔法を教えて欲しい』とリリィに頼んだ。

 これはリリィにとって初めてのことであった。故に驚いたのだ。

 いつもだったら断る頼みだったのかもしれないが、受け入れた。

 共に外に出て、ミリアと会話をしながら、『あぁ。これだったんだ』とリリィは納得どころか感動すら覚えてしまった。

 自然体の会話は、とても弾んで楽しかったのだ。


 一日目の夕方。その時には。

 今までと比べられないほどに、ミリアはリリィに信頼と好意を寄せていた。

 ずっと抱き締めていても、ミリアはちっとも嫌がらなかったのだから。


 そして夜。午後七時頃。

 リリィは、ミリアと外食に行くことになり。

 二人外に出たのだが、ミリアは忘れ物をし、部屋に戻った。

 やがて普通に戻ってきたが、時間的にデーヴィドに遭遇していたのだろう。

 けれどリリィは、それについては言及しなかった。

 この三日間は余計な事は考えず。ただ自然体に、三日間を過ごすと決めていたからだ。

 そうした方が、新たな発見も多いとリリィは信じていた。


 実際その通りだった。

 レストランへと向かう道中。

 リリィは、現在の自分の印象を尋ねた。

 案の定、ミリアからは良い返事が来た。

 リリィは嬉しさ故か、ミリアに対して意地悪な発言をした。

 心臓の動きが早いこと。手汗でまみれていることの二つを指摘した。

 すると思った以上に、ミリアは過剰に反応した。

 その後にもっと意地悪をしてみたら、リリィは少しだけ泣きそうな顔になった。

 流石にやり過ぎたとリリィは、何でも無かったかの様に本来の目的に向き直った。

 しかし、時既に遅し。

 後ろから、地面を蹴る荒々しい音。

 振り返れば、ミリアは逃げるように走っていた。

 少ししてから、リリィはミリアを探した。

 だけれど、ミリアはどこにも見当たらない。

 もう帰ろうか、と諦め、家に向かおうとした時、街の外から咆哮が聞こえた。

 胸騒ぎがしたリリィは、それが聞こえた場所に全力で向かった。

 門番の横を駆け、門を抜けた瞬間に、前には大量の魔物の群れ。

 そして地面にへたり込んだミリアが小さく映った。

 リリィは罪悪感に胸を痛め。不安になりながら、更に速度を上げる。


 ──どうか間に合って。


 ミリアが一度、魔物に殺された事が頭をよぎる。

 もうあんな光景、二度と見たくない。

 リリィは、走りながらも呼吸を整え、魔力の流れを意識した。

 掌に魔法の力を込め、発射と同時に意識した魔法の名を呼ぶ。


「……『ファイヤ』」


 炎は、ミリアの頭上を迅疾(じんしつ)に通り過ぎ、魔物に命中。そして広がった。

 リリィは心から安堵し、ミリアの横を颯爽と抜け、少し気取った感じに振り返った。

 ミリアの笑顔を見て、リリィは自分の価値を自覚した。

 そして、魔物がまだいるにも関わらずミリアはリリィに抱きついた。

 凄く嬉しくて、同時にとても恥ずかしかった。

 その後の魔物の処理は、なんだかとても楽しかった。

 何せ、ミリアがとても目を輝かして見てくれていたのだから。


 魔物を処理した後、街の中に二人は戻った。

 リリィには、どうしても確かめたいことがあった。

 それは、自分の事を好きかどうか。

 今度は逃げないように、ちゃんとミリアを押さえた。

 試しにキスしようとしてみたら、ミリアは目を瞑って口を少し開いた。

 その事実を目の前にして、リリィは驚愕した。

 キスをしたかったのか問うたら、乙女らしい反応が返ってきた。

 どうやら、キスをされても拒むことはしないそうだ。

 それはもう、好きって答えが出ているようなものじゃないか。


 思いながら、ミリアに意識を移すと誤魔化すように家に帰る旨を伝えてきた。


 言われた瞬間に。

 リリィの頭に、ふと前回のことが蘇った。


 ──前にキスした時も、こうやって家に帰る時だったっけ。


 リリィは試してみようと、ミリアを路地裏に引っ張った。

 何を試すのか。それは、ミリアがここでの出来事を覚えてくれていないのか。

 それを試したかった。

 無理だとは分かっている。

 けど、その不可能は、まだ試していないから不可能って思っているだけなのだ。

 だから、リリィはこうした。


 連れてくるまでは良かった。だが。

 逆に、自分が前回のここでの出来事に頭を支配されて。

 ついには、なんでか泣き出してしまった。

 ここでの出来事はもう二度と戻ってこない。

 それが凄く、悲しいことに思えたから。


 キスをしたことを伝えると、やはりミリアは覚えていなかった。

 当たり前のことなのに、目の当たりにしてしまうと、辛いものがあった。

 落ち着きを取り戻したリリィは、早く家に帰ろうと一歩を踏み出した。

 そしたらなぜか、ミリアがリリィの名を呼び、その場に留まらせた。

 ミリアが凄く恥ずかしい事を、恥ずかし気もなく堂々と。リリィに告げた。

 最終的には今回のことを『絶対忘れないから』と言ってくれた。

 リリィは根負けして、その言葉を信じたくて。ミリアに身体を委ねた。

 何をされるか理解はしていたが、やはりキスだった。

 だけどそのキスは、思った以上に情熱的なキスだった。


「……絶対忘れないで」

「うん。絶対、忘れるわけないじゃん」


 キスの後、リリィはミリアに抱き付き、囁いた。

 ミリアは、欲しかった答えをちゃんと返してくれた。

 本当にそれが嬉しかった。

 こんなミリアは、初めてで。

 溢れそうなくらい、好きという気持ちが大きくなって。

 自分自身の熱が、とても熱かった。


「嘘は、無い?」

「うん。ほんとだよ。……約束ね」


 そう言ってくれて、本当にリリィは嬉しい気持ちに満たされた。

 でも。そんな事は有り得ないと、心のどこかでは感じていた。

 どうせ別れの日が来て、新しい三日間が始まるのだと。


 家に帰り、リリィは風呂に入りながら思考した。

 もう自分は神罰を受けるわけだから、全て話していいのかも知れない。

 この三日間のこと。自分の正体。そして、デーヴィドの所業について。

 思い立ち、リリィはすぐに風呂から上がり、ミリアの元へと向かった。

 まず『後で話したいことがある』と、お風呂に入ることを優先させた。

 その方が、ゆっくりと話ができるだろう。


 リリィはミリアの帰りを待ったが。

 そこでまた、ハッとした。

 まだ好きって聞けていないのに、そんな話をしていいのかと。

 距離はかなり狭まったとはいえ、まだ一日目。

 それだけしか経過していないのに、それはするのは如何な物か、と。

 風呂上がりのミリアに、リリィは開口一番に『ごめん。なんでもない』と伝えた。

 ミリアは、かなり面食らった可笑しな表情をしていた。


 ミリアを自分の横に呼んだリリィは『私のこと好き?』と問うた。

 これで好き、とでも言ったら先のことを話そうかと思っていた。

 が、ミリアは何も答えなかった。

 それでいいかとリリィは考えて、二人は布団に潜った。

 ミリアはリリィに『今、とても幸せ』と告げた。

 言われたリリィも、凄く幸せだった。

 我慢ができなくなったリリィは、ミリアにキスの要求をした。

 ただ『いいよ』と答えてくれたミリアに、リリィは己の唇を重ね。

 そして、舌を絡めた。触れ合う度に、少しだけピリッとした。

 けれどミリアは、それについては特に何も感じていなさそうだった。

 幸せすぎる一時を終えて、二人は眠りに就いた。


 好きとは言われなかったが、むしろこれで良かったのだろう。

 自分は、この三日間をただ自然体に過ごす決めていたのだから。

 それでいいと。



      ※



 二日目。朝。

 リリィは、感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。

 そのために、得た知識を活かしてミリアに料理を振る舞った。

 食材を購入するお金は、ミリアの財布から拝借した。

 自殺用の道具を購入するお金が尽きたら困るからだ。

 死ぬ前提でいる自分に、この時は何の違和感も抱かなかった。


 昼ご飯の後。

 何が起こるのだろう、と。

 ミリアに任せるのが初めてのリリィは、期待をしていた。

 昼ご飯を食べながら、ミリアはリリィを街の観光に行こうと誘った。

 リリィは街の構造は全てを知っていたけれど、断る理由も無い。

 だって、そう言われるのは初めてなのだから。

 自分が何もしないだけで、こんなにも変わってしまうのだと。しみじみ、リリィは感じた。


 結局行われたのは、観光というよりもデートだった。

 お揃いの物を買おうと言われ。でも、これも消えてしまうのか、とリリィは悲しく思いながら、ネックレスを購入し、身につけた。

 次に、街の展望台に行った。

 今度はミリアに意地悪をされてしまった。

 けど、とても楽しかった。やはり今回は、今までと色が違かった。

 最後には庭園で、好きな花の話を語ったりして。そしてキスをした。

 ずっとキスをし続けていた。日が暮れるまで、ずっと。

 素晴らしい時間だったと思いながらも、リリィは少しだけ後悔をしていた。


 夜。

 さして大したことはない。

 一緒に二人、くっついてベッドの上に一緒。

 キスは一瞬。

 リリィは、胸が刺されたように痛かった。



      ※



 三日目。朝。

 リリィは、かなり深い眠りに就いていた。

 ミリアにほっぺたをキスされたことで、うっすら頭が覚醒した。

 数十分が経過し、リリィはミリアの元に歩いた。

 おはようと言って、キスを仕返した。


 昼ご飯は家では食べずに、お祭りで食べようということになった。

 そこからはもう、時の流れは早く進んで。余計なことは少し忘れられていた。

 いつの間にか、夕方だった。

 街を守る女神への感謝の集いが行われた。

 ミリアが『女神とか信用していない』と言ったのが、少し悲しかった。


 二人は、花火を見ようと家に向かった。

 浮遊の魔法が使えないリリィは、風の魔法で無理矢理に浮き上がり屋根に乗った。

 その場所は花火を見るためには、絶好の観光場所と言えた。

 景色を眺めながら、お互いに三日間を振り返った。

 またミリアは、幸せだと。しかも、一番幸せだと。そう言ってくれた。

 そうしている内に、花火の開始時刻となっていた。

 花火が打ち上がった瞬間、ミリアが意を決した様な表情で何かを言ってきて。


 リリィは、それを聞えないフリをした。

 ここでそれを聞いて、受け入れてしまったら。

 それはもう。また、変な方向に思考が向いてしまいそうだったからだ。

 だから。嬉しかったけど。何も反応しなかった。

 これでいいんだ。リリィは自分に言い聞かせる。

 いつの間にか、花火は終わっていた。


 二人部屋に戻る。

 リリィは自殺用の道具を予め用意するために、少し席外し。

 そしてすぐに戻った。その道具類は、もう例の場所に待機させておいた。


 もうすぐ、死ぬ。

 この回はリリィにとっても、一番幸せだった。

 でも。リリィにとっての幸せは、最後には残酷に変化する。

 この三日で幸せになればなるほど、最後は凄く辛いのだ。

 ミリアと、最後になるであろうキスをしながら、強くそう思っていた。

 だから。そのキスは、とても激しかっただろう。

 悲しさを全て、キスに込めていた。

 それでもミリアは嫌な顔一つしない。

 ミリアに甘えて、もっと激しくした。


 そしたらもう。全部が溢れてしまった。

 リリィの悲しさを覆う袋の様なものが、破れて。中から全てが飛び出した。

 リリィは今まで誰にも見せたことないくらいの大声で泣き喚いた。

 そんなのでも、ミリアは受け止めてくれたのだから、もっと甘えたくなってしまった。

 だけどここで、自身にストップをかけた。

 こんなに幸せなのに、悲しんでしまうのは申し訳なかったからだ。

 リリィは、自分の死とミリアとの別れを呑み込み。

 そして『帰らない』と、安心させるためにそう告げた。

 ミリアはとても喜んでくれていた。

 リリィは、嘘を吐いた。だけど喜んでくれてるのだから、良いと思った。

 優しい嘘だと気付かれない内に死ねばいいのだから。


 そこからは本当に他愛もない話をした。

 少しでも、ミリアを笑顔にしたいという想いからだった。

 これが自分に出来る、ミリアへの感謝の気持ちの伝え方。

 最後まで、ずっと笑顔でいて欲しかった。


 時間は過ぎて十一時となった。

 ミリアは死ぬために、繰り返すために。

 警戒心を持たれないようにミリアに話しかけ、外へ出た。

 けれど。少しだけドアを閉めるときに音を出してしまった。

 リリィは急いだ。墓の場所まで走った。

 着いて、すぐに準備をした。

 土台を置いた。縄は既に結んであった。

 1000周目に思い残すことは無いと、自分に言い聞かせながら。

 リリィはその見慣れすぎた形の縄に、己の首を通した。


「──あぁっあぁ」


 ──苦しい。

 やっぱり苦しい。

 涙も、出てきてしまう。

 だけど。もう。いいんだ。

 凄く楽しかったから。

 ミリアが忘れなくとも、自分は忘れない。

 それでいい。それにも十分価値がある。

 リリィの意識が途絶えるまで、心の中はずっとうるさかった。


 …………。

 …………。


「──ゲホッ」


 唐突に。あまりにも唐突に、苦しさを感じた。

 目を開くと。

 目と鼻の先には、ミリアがいた。

 ここは1001周目だろうか。

 しかし、やけに苦しい。首も痛い。熱も感じる。

 リリィは自分がまだ死ねていないのだと理解した。

 理解しているのに、そこにいるミリアに問うた。


「ミ、ミリア……? ……今、いつ?」


 答えは来なかった。

 だから自己完結した。

 未だ意識が遠いリリィは、ミリアに殺しを乞うた。

 しかし、それは叶わない。当然だった。


 このまま終われていたら、少なくともミリアは幸せのままだったのに。

 胸を痛めながら、ミリアと会話をした。

 ミリアの表情は、見るだけで顔を背けたくなる様なものだった。

 リリィが生き返ると信じて疑う様子を見せないミリアが、酷く哀れだった。

 もう助からないのに。ミリアだって絶対分かってるはずなのに。


 ──いやだ。


 一番嫌なのは、現在時刻が分からないことだ。

 いつ。ミリアが死んでしまうのか、分からない。

 その光景を嫌でも想像してしまって、想像されたその景色が凄く残酷で。


 ──ミリアに苦しんで欲しくない。


 そう思った時には既に。リリィの意識は再び、現世を離れようとしていた。

 まだ例の時間じゃない。これは不幸中の幸いだった。

 リリィは最後に、ミリアにこう伝えた。


「愛してる。また──ね」


 リリィは静かに目を瞑った。

 この結末は。ミリアは悲しんでしまう。けれど。

 ミリアが悲しいことになるわけではない。

 どちらも嫌だけど。まだ、マシだと思った。

 それでいいと思った。

 それ以上を求めなかった。

 だが。しかし。想い届かず。

 呪いに苦しめられるミリアの声が、リリィの耳に届いた。

 刹那、その場にミリアの抜け殻が倒れる音がした。


 ──最悪だ。また、こんな……。


 最悪な結末だ。

 どうしたら、幸せな結末を迎えられのだろうか。

 リリィは死の淵で、文字通り必死に、思考を回していた。


 ──リィンカーネーション。


 1001周目。

 リリィは脳裏に、惨烈な光景が張り付いていた。

 今にも叫びたいくらいだった。


 でも。同時に少しだけ期待もしていた。

 ミリアは1000周目、路地裏でのキスを。強く深く、忘れないと言ってくれた。

 もしかしたら、覚えていてくれているかもしれない、と。


 やがてミリアはやってきた。

 それは、いつもよりも早かった。

 いつもとは確実に違う時間に、ミリアがリリィの前にいた。

 いつも来る時間だけは、変わらなかったのに。

 今回は、何かが違っていた。


 ──こんなに早く来てくれたのは、私のことを覚えているから?


 ミリアに、リリィは祈るような想いで問いかけた。


「わ……私は、リリィ。……ミリア。私のこと、覚えてない……?」


 返答を待つ。

 リリィにとって、これほど一秒を長いと感じた事はなかった。

 キスをしたときは、とても早いのに。


 ミリアは、少し考えるように唸ったが。

 しかし諦めたかのように、リリィに言い放った。


「……そんなこと言われても。……そもそも、知らない。かな」


 希望は残酷に、バッサリと断たれてしまった。

 リリィは反射の様に、その場に泣き崩れた。

 そんなリリィの横を、腫れ物を見るような目──かはリリィには分からないが。それでも、そそくさと家の中へと入っていったのは確かだった。


 ──もう。ダメなのかもしれない。


 リリィは地面にポタポタ涙を落としながら思った。

 もう。何故か色々と変わってしまっている。

 何が引き金となったのかは分からない。

 けれどミリアが早くにここを訪れた。

 それがもう、事実としてここに存在してしまっている。

 また。他のことも、色々と変わってしまうかもしれない。

 これでまた。新しく始めろって。

 もう。無理だ。



    ※



 家の前で、暫くが経過した。

 そして私は、冷静になった。

 三日間のことについて、考えた。

 涙を流しながら、考えた。

 きっと、最初の段階で、何かを間違えていたんだ。

 それどころか、全て根幹から間違っていた。

 ミリアに、自分が描く幸せ像を勝手に押し付けていた。


 第一。第一だ。

 あんな親がいる時点で、ミリアに幸せなんて訪れない。

 和解なんて、甘ったれた考えだったんだ。

 あんな禁忌を犯すくらいだ。

 そんなやつが、ミリアと話し合いをするだなんて、有り得ないことだ。

 簡単に分かるはずなのに。どうして分かっていなかったんだ。


 私がミリアの家族になれたら良かったのに。

 そう思うけど、それはどうしたって不可能なことだ。

 女神である私と、人間であるミリア。

 でも。私は、ミリアと一緒にいる時。対等だと思えていた。

 普通の女の子になれていた。

 だからと言って、人間になったわけではなかった。

 私は女神だ。何をしていたんだ。

 女神の立場なのに、幸せになろうとしていた。ミリアと結ばれたいと思っていた。

 それが間違いとは思いたくないけど、しかしそれは神としての役目の内なのだろうか。

 ミリアとの好感度を上げずに、済ます方法なんて考えればあったはずだ。

 彼女の家族を幸せにする方法は。もう答えは出ている。

 ミリアの父さん──デーヴィドは最早ミリアの家族ではない。家族であってはならない。

 だからこそ。私がこの手で、デーヴィドを殺そう。


 これこそ幸せ像の押し付け?

 しかし。いてはならない存在ということは、それは分かるから。

 殺せば。ミリアが死なないのは確定する。

 人の命が尽きる時、使用された魔法もまた消えるのだから。

 願い人のために、悪を殺す。それは至って合理的な考えだと思う。


 だからと言って、今回、ミリアは必要じゃない。

 ミリアもこんな急に泣き出す変人と、関わりたくないだろう。

 それに。これ以上好きになっても。

 どうしたってお別れは来てしまうのだから。


 足踏みは終わり。

 そして始めよう。

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